2年生・厳冬 進路と恋路の行き先
新年も明けて2月に入ろうとする中、今年の冬は特に厳しい寒さに覆われた。
そんな時期、三年生は進路を決める大仕事が控えている。
俺も他人事ではなく、来年はその立場になっているわけだ。
思えばこの1年は順風満帆な年だっただろう。最初は碧との仲も不安があったが、今となれば笑って振り返れる。俺は彼女の優しい微笑には、逞しさすら感じるようになっていた。
あの微笑みが隣にあるなら、俺は自分に気合を入れて活路を見出していけるだろう。
碧に進路を決めたら伝えるという約束をしていたが、漠然としか決めていない俺は、どう伝えようかと悩んでいた。
「陽介。お前、進路どうするんだ?」
「え?あぁ、大学に行くよ。親もそう言うし、ぶっちゃけこれってものも思い浮かばないしな。」
「そうか。だよな。」
俺が立ち去ろうとすると
「空。」
「ん?」
「もしかしたら、俺たちは進路は別だろうけどよ、これまで通りだぞ?」
「水臭いぞ、今更。カッコつけんなよ。」
「うっぜ!」
でも陽介の言う通り、ここでいつものようにじゃれ合って、その気持ちを確認した。
そして陽介とはずっと一緒に過ごしたが、今回の進路後からは別々の道を歩むだろう、そんな気がした。
とはいえ、進路にも友情にもブレはない。
ありがとう、陽介。
その夜、夕飯の際に、俺は父と母に、進路の相談を持ち掛けた。
「実は、高校の後は、専門学校に行こうと思う。」
俺がいきなりそういうと、母が驚く。
「え?空、大学行かないで専門学校に行くの?何の?」
「コーヒーの。」
「あら、茜ちゃんみたいなこと言って。何か言われたの?付き合ってるの?」
母は興奮しだして身体をこちらに向ける。
「母さん、違うんだ。バイトしてたら、俺もお店のスタッフのように、プロとして働けるようになるのもいいかなって。」
「プロって、そんな甘くないのよ。父さんからも言ってやって。」
「まぁ、いいんじゃないか?」
「え?」
俺も母も驚きを隠せなかった。
「何事も経験だろう。仮にコーヒー店員を頑張ってダメでも、そこで得た教訓は若い時ほど、きっと糧になる。自分で決めたんだ。空の意思を尊重してあげよう、母さん。」
思いがけない答えが、この話を丸く収めて俺は自動的というかコーヒーの専門学校に行くことに決まった。
俺はすぐに碧に連絡すると週末に会う約束をした。
「碧、俺、進路決めたよ。」
「お?聞きた~い。どうするの?」
碧がうさぎ跳びして聞いてくる。
「コーヒーの専門学校に行く。」
「お~空クンらしいね。」
碧は目を丸くする。
「いいんじゃない?」
「碧はやっぱり看護師?」
「うん。もう決めてたから。」
二人の目標は決まった。
「来年までは一緒に居よう。」
俺が提示する。
「うーん…」
碧は気乗りしない答えだ。
「目標を達成するまで、私たち会うのやめてみない?」
「え?」
俺は胸に穴が開くような気持だった。
「そんな。せっかくうまくいってるのに?運命的だと思ったのに。別れるの?」
俺はまるで振られたかのように、必死で食い下がっていた。
「運命的だからだよ。」
「は?」
「本当に運命なら、またすぐ元の鞘に戻ると思う。」
「そんな…」
「それに別れるんじゃないよ、それぞれの目標、将来を大事に思い合える仲だって証明できたら、それ以上に素敵な関係もないんじゃないかな。」
碧が俺の目を見つめて本気で言う姿に、もはや返す言葉がなかった。
「まぁ、それはそうだけど。いきなり碧なしの生活っていうのもな…」
「じゃ、明日、私たちが出逢ったマスドで一緒にドーナツ食べて、一度恋をしまっておこ?」
「何か寂しいけど…わかった。」
この時俺は気付かなかったが、碧は俺を恋の暴走からうまく制御してくれたんだと、今の俺にはそう思い返すことが出来る。きっと碧も苦渋の決断だったと思う。俺は碧の決めたことにただ乗っただけだ。
きっと俺にはそんな決断はできない。
決断には大きな力がいる。自分のことだけでないなら尚更だ。
俺が今コーヒーの夢を叶えられたのは、碧のこの決断のお陰もある事を今も感じる。
翌朝、俺はバイトもこれで一度区切りをつけるため、忙しい時期だがやめることを伝えに行った。
「今までありがとうございます。」
「コーヒーの専門学校行くんだって?応援してるね。また落ち着いたら是非来なさい。経験者として迎えるよ。」
小坂さんから心強いエールを送られ、俺は照れながら最後の挨拶を交わす。
「さてと。」
俺が苦手で、でもちょっぴり頼りがいのある茜さんにも挨拶をしに行く。
「茜さん、今まで…」
「碧ちゃんから連絡あって。専門学校行くっていう空クンを入れるように扱いてくれって。」
有無を言わさず茜さんが即答してきた。
「は?碧が?」
「まぁ、でも、空なら大丈夫でしょ。私に恥かかせないように必死でやればきっと楽勝よ。」
「別に茜さんの為にやるわけでは…」
「何よ?」
「はいはい。」
茜さんにはやはり敵わない。
「茜さん、本当にありがとうございます。何かお店のこともそうだけど、違うことも教えてもらったなって。」
「違うこと?」
茜さんが首を傾げる。
「何ていうか…」
俺は捻り出すように考える。
「……」
「そうね。まぁ言わんとしてることはわかるわよ。まぁそうね、一言でいうなら、女心?かしらね。」
出てこない言葉を手を突っ込んで出してくれるかのような御名答。
「…敵わないな。」
「碧ちゃんを大事にしなさいよ。」
茜さんは斜め上を見て言った。
「はい。」
俺はやり残しがないかを確認する。
「では…また。ありがとうございます。」
そういうと俺は星場の出口へ向かう。
「応援してるからさ、頑張って碧ちゃんとまた会いなね。」
茜さんがそう言った気がした。いや、気のせいだったかもしれないが。
自転車に乗り漕ぎ出そうとすると、窓ガラスから茜さんがこちらに小さく手を振っている。
こちらこそありがとう、との思いで頭を下げる。
自転車を漕ぎ、マスドまでは数分で着く。
自転車の進、一直線先に見えるマスドと碧を見ながら、俺は進路と恋路の行き先を決めていた。
ーーー俺と碧の恋は
「ほら、空クン早く!一緒にドーナツ食べませんか?でしょ?」
「ごめんごめん。」
ーーーここで一旦幕を閉じた
「コーヒー頼んどいたよ。」
「ありがとう、それにしても寒いな。」
ーーーでも卒業し、お互いの進路を合格すれば
「じゃ寒くないように、最後にギュッてしとこうか?」
「ここで?いや恥ずかしいわ!」
ーーーまた逢えると確信できた。
「ギュッてしてよ、あ、やっぱ私のこと嫌いでしょ?」
「いや、んなわけないし。好きだし。」
ーーーその時はまたよろしくね。碧。
「じゃ、ギュッてしてみろよー。漢だろ。」
「この!」
「んん?」
「空クン…」
「これは…ギュッじゃなくて…」
「チュッだよ。嫌だった…かな。」
ー一緒にキスして恋しませんか?
「いや…」
「嬉しいよ…」
「俺も。」
大好きだよ、碧。
私も大好きだよ空クン。
厳しい冬も終わり、暖かい春が来る。
俺たち二人はお互いの唇から来年の春の訪れさえ感じていた。
これにて空と碧の恋路は一度お終いとなります。来週にその後の進路等を軽く語るエピローグを投稿予定です。
自分のベタな恋愛を惜しげもなく描いてみたので、すごく楽しかったし、若い時を思い出しました(笑)。少し書き切れなかった事もあるので、次作以降で活かせたらなと思います。
純愛ものでここまで楽しいなら、恋愛企画ものや大人の恋も描いてみたら楽しいかも?と少し構想をしてみようと思います。
最後まで読了していただき、ありがとうございます。
また機会があれば❝一緒にドーナツ食べませんか❞を描けたらと思います。