2年生・晩秋 夕暮れは鎌倉
10月も末に差し掛かり、暑さもすっかり落ち着きを見せる中、俺は休日に千葉駅で待ち合わせる。
先月、俺は碧に告白して、改めて二人でデートらしいデートをしようと誘った。
ただ、どこに行けばいいのかはイメージしていなかったので、行き先に悩んでいた。
「鎌倉行ってみたいな。」
碧が言う。俺は少し驚いた。
「鎌倉なんて渋いけど、いいの?俺は大仏くらいしかわからないけど。」
「大仏様も勿論そうだけど~。」
碧がクスクスと笑いながら言う。
「え、他に何か名所あったっけ?」
「う~ん…やっぱり鶴岡八幡宮じゃない?」
碧は恥ずかしそうに答える。
俺はそういうスポットに疎いので、それとなく相槌を打つ。
「そうか、歴史が好きだったのか。」
「まぁ、それもあるけど…」
碧はそれ以上は言わず、濁してしまった。
「わかった。じゃ。10月末に二人で鎌倉に行こう。」
そんな流れから、千葉駅で待ち合わせて鎌倉に行くことになっていた。
早めに支度をして家を出ようとした際、母に捕まり結局遅くなってしまった。
待ち合わせ場所に着くと、碧はスマホを見て待っていた。
その佇む姿だけでも妙に引き寄せられるものがあった。
颯爽と近づくと、碧はこちらに気づいて微笑みながら手を振った。
「お待たせ、ごめんごめん。」
「行こっか。」
碧は気にせず駅の中へ進む。
カシュクールのニットでショルダーオープンな秋らしいトップスに、ハイウエストのチェック柄ロングスカートの姿はいつも以上に素敵だった。俺はお洒落には疎いものの、もう少しまともな格好をしてくればなと内心恥じていた。
改札を抜けてホームに出ると、電車を待つ二人。
「2人で電車に乗るのは初めてだよね。」
「そうか、そうだね。」
碧の言葉で改めて思う俺は、まだ少しばかり照れがある。
無理もない。こういう気持ちになれる女性に会うのは初めてなのだから。
ホームに電車が到着すると、二人横並びに座る。
碧の良い香りがする。これだけ近い距離になるのも花火大会以来か。
「意外と遠いんだね。」
碧が路線案内図を見ながらポツリと言う。
「そうだね。ドーナツでも買っておけばよかったか。」
俺は冗談半分に言うも、碧の横顔をまじまじと見るのも初めてで、少し緊張していた。
「まぁドーナツは帰りでもいいよ。」
「そうだな。」
今はドーナツよりも碧の顔を見ていたかった。
そんな素直な気持ちを言葉に出来るはずもないが。
お互いの学校生活と、バイトの話をしていたら、いつの間にか鎌倉近くになっていた。
鎌倉駅を東口に出て、ロータリーまで来る。
「小町通りを行けば鶴岡八幡宮はすぐだね。」
俺は地図を見ながらナビをして、小町通りを二人で歩く。
「色々お店があるね。」
「そうだね。」
「鎌倉ってもっと緑が多いと思ってた。」
俺が何も知らない感じでいう。
「それは酷過ぎ。鎌倉って歴史ある街だから、逆に言えば昔から栄えてたってことだよ。」
「なるほど、そうか。」
俺は碧に窘められる。
鶴岡八幡宮に着くとカップルが多くいて、俺は少し疑問に思った。
「結構カップルいるよね、ドラマかなんかあったのかね?」
「え~?」
俺が話すと碧は驚きの表情だ。
「本当に知らないの?鶴岡八幡宮ってカップルのデートコースで有名だよ。」
「え…そなの?」
俺はドキッとして変な汗までかいた。
2人で並んで本堂にお参りを済ます。
碧は何をお願いしたのだろうか?
そのまま階段を降りると受付の方向に碧が手を引く。
「こっちこっち。」
「え?なになに?」
「これ買いたかった。」
縁結びのお守りだ。ペアになっていて、水色とピンクという、如何にもペアなデザインだ。
思い出作りには良いかもしれない。
「いいね。買おう。」
「お守りは買うんじゃなくて貰って寄付する、だからね。」
「わかったわかった。」
この分じゃ俺は碧には頭が上がらない。
鶴岡八幡宮を後にした俺たちは来た小町通りを引き返す。行きの道のりで気になっていた大仏さん焼きが目に留まり、二つ買って食べ歩く。
「ドーナツじゃないけど…」
「一緒に大仏食べませんか?ってね。」
お揃いの縁結びのお守りが、お昼の小町通りでそっと寄り添う。
お昼を過ぎ、民家のカフェにお邪魔する。
「あ、ここ雑誌で見たことあるところかも?」
「え?有名なのかな?」
「隠家的なところだと思うけど、やばい、テンション上がる~。」
碧が珍しく興奮している。
たしかにレトロ感があり、タイムスリップしたような感じがする。
碧はオムライス、俺はハンバーグライスを注文した。
「最初は碧が鎌倉って言ったとき、地味な気がして不安だったけど、来てみたらすごい楽しい。」
「でしょ~?何でも試してみないと分からないって。」
「碧のハイテンションも見られたしな。」
「うっせ!」
碧は恥ずかしそうに変顔で返す。
出先の変化が、二人のテンションをいつもと違う色に染め上げる。
「この後は、高徳院で空クンの大仏様を見に行こうよ。」
「わかった。って俺の大仏様じゃないし!」
「あはは。お待ちかねでしょ?」
「いや、大仏しか知らなかったんだって。」
碧は今日もイタズラに笑う。この時が一番幸せだ。
鎌倉駅から江ノ電に乗り換え、高徳院で大仏を見る。子供の頃に一度家族で見に来たが、もうすっかり忘れている。
「大仏が少し縮んだ気がする。」
「いやいや、空クンが大きくなったんだよ。」
ここに来ると鎌倉に来た感じがするのは、俺の知見の無さだろうと卑屈にも思う。
「どしたの空クン?」
「いや、鎌倉を知らな過ぎたなって思って。」
俺は少し感傷的になる。その時、気のせいか碧は微笑んだ気がした。
「よく見ると大仏と空クン顔似てるよね。」
「似てるか!」
碧がまたイタズラに笑う。
「空クンも、もっと笑って。ほら楽しもう。」
その碧の笑顔を抜いて俺は一つ大きくなった気がした。
「碧~!」
燥ぐ碧を俺は呼び留める。
「何~?」
「ちょっと遅くなるけど折角だから海岸まで出よう。」
俺の提案に碧は笑顔で返す。
稲村ケ崎の海岸まで出るころには、夕方になっていた。
オレンジと青のトワイライトの空が幻想的な世界を創り出す。
海岸通りに並ぶベンチに二人は腰掛ける。
「はーあ…海の風が気持ちいいな。」
碧が両手を上に伸ばして海風を堪能する。
日中は人込みもすごいが、この時間はそこまで人もいなく、イイ感じの静寂が辺りを包む。
「もう夕暮れ時だね。」
「あ、ごめん、帰ったら夜だもんな。大丈夫?」
「うん、ありがとう。」
俺も時間をすっかり忘れていた。
「そうじゃなくて、秋は夕暮れっていうでしょ。」
碧は続ける。
「秋は夕暮れが一番いい時間。そんな瞬間に鎌倉で二人きりなんて、ロマンチックじゃんかさ。」
碧が俺に頭を寄せてきた。
俺は一呼吸する。
「恋は夕暮れ。」
「え?」
「この夕暮れに恋の気持ちを伝えるのが最高に感じるんだ。それなら、恋は秋にするものだよなって。夕暮れが最高の秋にさ。」
俺は碧の肩に手を回す。
「そう…かもね。」
碧のカラダの力が抜ける。
「碧。」
「ん?」
「これからもずっと、❝一緒に好きでいませんか?❞」
ー波の音は二人の言葉を邪魔しない。
「うん、❝一緒に❞だよ?」
二人の影が一つになると、海風が吹く。ペアの縁結びのお守りはクルクルと絡み合った。
次回投稿は9/15(日)です。❝2年生・冬 クリスマス編❞を予定しています。