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ランド・ウォーカー  作者: 紀一
樺太
21/21

兄弟

ユジノサハリンスクを出たカイ達は、アオイを加えてドリンスクに向かった。そしてドリンスクの地下居住区で出会った青年イリヤから、正教の司教がランド・ウォーカーを集めていると聞く。

一方、フェイの亡骸を見送ったシャンは樺太に展開するゲリラ集団と行動を共にしていた。

21 兄弟


 カイは地下にそびえる教会の前に立っていた。地上の大聖堂と同じく白い柱が、天井までの見上げる距離を貫くように支えている。白色の鋭い照明が柱の白に反射して、地下の空気に光の粒を拡げていた。白い柱が連なる中を奥へ進むと、突き当りに金色の壁面に縁どられた絵画が現れる。ベールを被った女性が赤ん坊を抱いている絵。聖母マリアと神の子であるキリストだ。

「地下にもこんな立派な場所があるんだな」

 タケルはカイに付き添って大聖堂下の居住区を散策していた。飯沼アオイを引き抜く手続きを終え、レイはさっさと部屋で本を読み始めたので、カイは暇潰しに居住区内を見て回ろうと思ったのだ。カイが動けばタケルも動く。そんなこんなでタケルも荘厳な教会の前に立ち尽くしているのだ。

「集合住宅はチャチな感じだったのにな」

 白光に包まれる教会は、ここに来るまでに見た無機質な集合住宅の群れとは比べ物にならない存在感を放っている。ここの居住区はロシア人達が居なくなり、今は自衛隊員が仮の住居としているだけなので、規模に比し人が少ない。そのせいもあるのか、いっそうもの悲しい静けさに沈んでいた。

「ロシア人にとって、住む場所より教会の方が大事だったんだろ」

「ああ、日光の奴らみたく? でも日光では殺しは禁物だったよな。ロシア人の神は殺しも赦してくれんのか」

 タケルは金に囲まれた荘厳な絵画を見上げる。ここに描かれた彼らの神は慈悲に満ちた穏やかな顔をしているのに。

「知らねえよ、俺は無神論者だ。ただ、聞いた話だと一神教の方が攻撃的になり易い傾向があるらしい。自分達の信じるもの以外は悪だと思い易いんだろ」

 カイもタケルと同じくマリアと幼いキリストを見上げた。間違っても、日本人を殺して奪って来い、など言いそうにない顔をしている。

 そしてカイが気付いたのは、白い柱や壁に所々残されている傷跡だ。引っかいたり切り付けたような傷ではない。壁の傷をまじまじと見るカイを見て、タケルも近くにあった傷跡に手で触れた。

「これは……何か金属のような固い物が勢いよく飛んで来たんだな。爆発物だろ」

 タケルの分析を聞いたカイには真っ先に思い付く事柄があった。レイがこの居住区を回す地底人達を死滅させるために送り込んだ死体爆弾だ。ロシア人達が地上で死んだランド・ウォーカーを葬る前、一度居住区へ持ち帰る慣行を利用し、死体をいったん空にして土と時限爆弾を詰め込んだ代物だ。全ての土から必ずしも霧が湧く訳ではないが、樺太のように年中霧が湧いているような場所では、たいていどの土からも湧く。

「ここで爆発したのか」

 今となっては土も砂もきれいに片付けられた教会の床。タイル張りの足元に視線を落としながら、カイはふとマリアとキリストの肖像を見上げた。

「地底人達も、まさか兵士の死体が兵器になっているとは思わなかったんだろう」

「ただ、レイの作戦にはロシア人の協力があったはずだぜ」

「協力?」

 カイは壁の傷を見て回っているタケルを振り返った。タケルはいつになく真面目な様子で教会の中を検分している。

「床や壁の傷、ちゃんと教会の奥の方に集中してる。それに、この居住区は地下通路で博物館跡へ繋がっているわけだから、できるだけ多くの地底人達がここへ集まったタイミングで爆発しないと逃げられちまって意味が無い」

「誰かがタイミングを見計らってたのか」

「そう。霧のせいで地上と電波でやり取りすんのは難しい。そうなると、地下に居た誰かが直接起爆したんだ。この居住区も博物館跡も、当時はロシア人の拠点だったんだし、中に入れるのはロシア人だけだ」

「……裏切者か」

「普通、協力者の存在は明かさない。それで俺達には嘘を吐いたんだろ」

「レイの作戦に協力した奴は、ここの地底人がみんな死んで、どう思ったんだろうな」

 ぼんやりと肖像を見上げるカイに、タケルはいつも通り鉄パイプ片手に返す。

「やっと戦いが終わる。死なずに済んで良かった、じゃねえか?」

「そうかもな」


 翌朝、予定通り大聖堂の前には飯沼アオイの姿があった。必要最低限の荷物と、いくつかの調理器具を袋にまとめて持って来ていた。そしてこれから旅行にでも行くかのように楽しそうな笑みを拡げている。

「おはよう!」

「朝から元気だな」

 アオイの一声に返したのはタケルだった。カイとレイはアオイが来ている事だけ確認し、さっさと車に乗り込んでいく。

「レイ、昨日はよく眠れました?」

 そんな問いかけも無視して、レイは迷いなく助手席に座ってドアを閉めた。その姿にタケルが声を上げようとしたが、諦めて渋々後部座席に向かう。

「さあ、これからどこに行くの?」

 嬉々として乗り込んだアオイは運転席で地図を確認するカイに言った。カイは地図のある地点を示す。

「まずはドリンスクだ。その後どこまで進めるかはまだ分からない」

「なるほど、ドリンスクね」

 アオイは地図を確認すると後部座席の背もたれに身を預ける。

「ドリンスクにはここから逃げたロシア人が住み着いてるって聞くな。もちろん、俺達の拠点もあるからまるっきりロシア人だけに囲まれるわけじゃないけど」

「遂にロシア人とご対面だな! 生まれて初めて会うぞ」

 隣に座るタケルが楽しそうにしているのを見て、アオイもにこりと微笑んだ。

「見た目が違うから、何となく不思議だよな。でも、話してみると同じ人間なんだって分かるよ」

「あいつらの事を同じ人間だと思うな。さっさと行くぞ」

 アオイの発言を押し潰したのは助手席で足を組んで硬い表情をしたレイだった。そんなレイに、運転席のカイがあらかじめ念を押す。

「そのロシア人のふりを、お前はこれからするんだからな。お前は日本政府からの使者である俺達を本土へ連れて行く役だ。ちゃんとやれよ」

「自分の役割は承知してる。俺に命令すんな」

「……はいはい」

 車はエンジン音と共にユジノサハリンスクを出て行く。廃墟が溢れる街の景色が過ぎて行き、徐々に森が深くなってきた。今通っている道は舗装の傷みは目立つものの、タイヤの大きな軍用車両であれば通れないほどではなかった。普段も行き来があるのか、ドリンスクの方からユジノサハリンスクへ向かう自衛隊車両も数台すれ違った。山間部ではゲリラが潜んでいる危険がある中で、こうして自衛隊車両を見かける事は心強くもある。


 深い森に囲まれた人気のない道で、石ころのように棄てられたフェイの死体を確認したのが昨日の事だ。シャンは間宮海峡で船が難破し、何とか辿り着いた陸地で出会ったゲリラ達と行動を共にしている。シャンが聞いた話によると、彼らの目的はサハリンから日本人を追い返し、全ての権限をロシア人が取り戻す事だと言う。疑わしくなるほど単純明快な目的だ。シャンの目的は、無駄な戦闘を避けてロシア本土へ渡るための一時的な身の置き場に過ぎないのだが。

 人手不足に悩まされている彼らの中に中国から流れ着いたシャンが入り込む事はさほど難しくなかった。銃火器が扱える事、それが加入条件だったからだ。

 彼らは森の奥地を開拓して小さな拠点を作り、根城にしている。どうやらこうした小規模な拠点を束ねる人間が居て、その上に更に報酬を支払う元締めが居るようだ。まだ新参者な上にロシア人でもないシャンがゲリラ達の構造を深く知るには時間を要する。

「シャン、今日はドリンスクへ向かうぞ」

 幸い、ロシア語は心得ているので言語面の不便はない。

「ドリンスク……ユジノサハリンスクへのエネルギー供給を妨害するのか」

 シャンの言葉にゲリラの男は首を横に振り、つまらなそうに拠点の奥を示した。

「違う。今日は司教が勧誘に行くそうだ。その護衛だとよ。つまんねえ仕事だ。日本人を殺さなけりゃ、報酬はもらえねえってのによ」

「……勧誘。ドリンスクにまだ使える人材が居るのか。居たとしても、既に自衛隊に使われているのでは?」

「さあ、どうだかな。その辺は司教の勝手だ。俺達の知った事じゃねえし」

「司教が無駄骨を折ったらお前達の報酬にも関わるんじゃないのか」

「そんなルールはここにはねえよ。あの司教が使えねえと思えば、女神が首を挿げ替えるだけだ」

 そう言うと男は自分の持ち場へ就くべく戻って行った。シャンは男が示した先、拠点の最奥にある司教と呼ばれる男が住む家を見やる。すると聖職者の身なりをしたふくよかな男が姿を現す。男は機関銃を持った数人の若者に護衛されながら軍用車両に乗り込んだ。

「行くぞ、シャン!」

 さっきの男が車両の運転席から顔を出してシャンを呼んでいる。シャンは自分の装備を確認して車に乗り込んだ。

 分厚い装甲の軍用車両、機関銃を持つ兵士、そのような物々しい輩に囲まれていてもなお、司教と呼ばれる男は笑顔だった。あの男も地上で生きていられる人間なのだから、本物の聖職者などではない。シャンを乗せた車は偽物の聖職者を護衛するべく、ただ静かに後へ続くのだった。


 深い緑に囲まれた視界が、少しずつ開けて来た。樺太の東側、オホーツク海までわずかな距離に迫るドリンスク。街に近付くにつれて木々の合間に廃墟が点々と現れ、人が確かに生活していた痕跡が見て取れる。

「あれ、何だ?」

 不意にタケルが緑に浸食された地面を指さした。レイはその示す先を見て、後部座席のタケルにロシアの地図を寄越す。

「線路だ。ここにあるだろ」

 タケルはレイが寄越した地図をよくよく見た。確かに線路の記号があるが、現在は使用不可となっている。

「あ、本当だ。でも使えねえんだな」

「日本もそうだが、電力供給と整備の問題で鉄道は殆ど使用不可だ。ただ、ここは元々全線非電化だった上にディーゼルや燃料電池に事欠かないから、線路と車両さえ整備できれば物流がさらに便利になる。あいつらに活用できなかったなら、俺達がやるまでだ」

「さすが、レイ。そこまで考えていたのに自衛隊を辞めるなんて、惜しいなあ」

 後部座席から聞こえてくるアオイの声に、レイは一瞬眉をひそめてから淡々と返す。

「統治の事を考えるのは当然だ」

「生き残ってるロシア人も、鉄道が復活したら喜んで使うんじゃねえか?」

 タケルの観測はレイにとって不快だったが、確かにそれは事実だった。ユジノサハリンスクで地下居住区を稼働停止にしたあの作戦。あれに協力したロシア人が居た。この事実はレイを含めた数人の上層部しか知らないが、それだけロシア人と言えども戦いを望んでいた訳ではないと言う事だ。戦いを望むのは、いつでも実際には戦わない人間なのだから。

「きっとそうなるよ。俺がビーフストロガノフのレシピを聞いたロシア人も、ユジノサハリンスクには居づらくなったから、兄弟の居るドリンスクへ行くけど、生活が便利になってくれれば日本人でもロシア人でも何でも良いって言ってたから」

「それはランド・ウォーカーが言ってたのか」

 カイは所々アスファルトがひび割れた道を慎重に進みながらも、アオイの話に興味を示す。

「そう、ランド・ウォーカーだ。地底人ならもう少しロシア人である事に執着するだろうね」

「……だろうな。今時ナショナリズムが生き残ってるとしたら、奴らの中だけだ」

 四人の乗る車両は、少しずつ深くなる廃墟の墓場を奥へと進んで行く。

 ドリンスクの街は、長年風雨に晒された廃墟が更に緑に浸食され、自然の岩や倒木と殆ど見分けがつかないほど廃れていた。ただ、廃墟のせいで背の高い木が少ないため、そこにかつては人の生活域があったのだと推察できる。そんな景色の中、カイは地面に続く轍を頼りにアクセルを踏む。すると廃墟を呑み込む緑の向こうに自衛隊の防爆壁が見えて来た。どうやらここに来るまでにすれ違った自衛隊車両は、この拠点とユジノサハリンスクとを行き来していたようだ。

 防爆壁に囲まれた拠点の周囲には、朽ち果てて半分ほどの高さになった集合住宅の残骸が点々と立ち尽くしている。

「この街は地上には使える施設が無いのか」

 カイのぼやきを拾ったのは助手席のレイだった。

「いや、この先に石炭火力発電の施設がある。今はまだ再稼働してねえが、人手がそろえばすぐにでも稼働できるはずだ」

 それを聞いたタケルがシートにもたれて溜息を吐く。

「ロシア人って奴らはますます分からねえ。こんなに地下資源に恵まれてんのに、何で日本に南下してくるんだ? ロシアに居た方が楽に暮らせるじゃねえか」

「霧だろ」

 呟きと共に答えたのはカイだ。用心深く車を進めながら、頭の中にはあのモスクワの写真を思い浮かべていた。

「霧が濃くなりすぎると日照時間が減って気温が一気に下がる。いくら地下資源が豊富とは言っても、地上が北極じゃエネルギー施設のメンテナンスも難しい。資源はあっても使えない状態になる」

「結局は霧か。俺達も死なないってだけで、霧に囲まれたらどっちみち地下に潜るしかねえのかな」

 タケルの呟きに答える人間はこの車には居なかった。いや、答えようが無かった。

 車はレイが指示した通り、ドリンスクの街を更に奥へと進み、ひときわ大きな廃墟の手前で停まった。レイが言うには、この建物の下にドリンスクの地下居住区があるそうだ。規模としてはユジノサハリンスクとは比べ物にならないほど小規模で、三十人程度が暮らせるほどだと言う。

「今日は昼までここに留まり、ゲリラに関する情報収集を行う。俺はロシア政府の人間、お前達は日本政府からの交渉団だ。くれぐれも勝手な行動はするな」

「はい」

 歯切れの良い返事をしたのはアオイだけだったが、カイとタケルもそれぞれ何も言わずに頷いた。その様子を確認したレイは父親が残していった身分証をポケットに仕舞い、廃墟に向かって歩き出す。その足取りにはどこか重たいものがあったが、自分の目的を果たすために必要な方法を受け入れた一歩でもあった。


 シャンはロシア製の軍用車両に乗り込み、その後部座席で窓の外に広がる異国の地をただ眺めていた。この島を覆うもの、それは深い緑と廃墟、そして黒が滲んだ空気だ。ここと比べれば北京はまだ良い環境だと言える。北京を出て北上し、吉林、ウラジオストク付近まで行く道のりでも感じていた事だが、やはり霧が最初に出た北へ向かうほど空気は重く黒ずんでいく。このままシベリアを抜けてアメリカを目指すと言っても、果たして人が踏み入れられる環境なのか、そんな疑問をフェイはよく口にしていたが、シャンの意志は変わらなかった。

「シャン」

 隣に座るロシア人の男が外を眺めるシャンを呼ぶ。シャンはこのゲリラ集団と行動を共にするようになってから、この男の率いるチームに配属された。名前は覚えていないが、今のところシャンは不便していない。

「今回は勧誘の護衛が任務だ。ドリンスクには自衛隊が拠点を作ってやがるから、もしも銃撃戦になったら司教のジジイを回収してさっさとズラかるぞ」

「了解した」

 淡白に答えるシャンに、男はおかしそうに笑う。

「お前も物好きだな。中国からわざわざやって来て日本人と戦うなんてよ。いくら俺達に拾われたからって、助けられた分を返せばそれ以上協力する義理なんざねえだろ」

「……そう言うお前は何故命を懸けて日本人と戦うんだ。愛国心でもあるのか」

「まさか。お前もじきに分かるさ」

「…………」

 そう言って口角を上げる男を、シャンは訝し気に見返した。シャン自身もそうだが、霧が濃くなってからと言うもの、色白な人間が増えた。それにしてもこのロシア人は青白い。その青白い男の口が再び開く。

「そう言えば、もう一人の中国人の事で新たな情報があったな」

 シャンは体ごと男に向き直って鋭い目を向けた。

「自衛隊の車両から死体が放り出されたところを見た奴が、その車のダッシュボードに赤い置物があったってよ」

「……赤い置物」

「あそこで死んでた中国人、お前の知り合いなのか?」

 シャンは深く頷いて呟いた。

「俺の弟だ」


 レイは廃墟の奥にある石の階段を地下へと降りて行く。カイもその後に続きながらひときわ大きな廃墟を見回した。住居ではなく、天井が高くて広い空間を有した建物だ。いったい何に使われていた建物なのか、今となってはそれが分かるような痕跡も無い。

 石の階段を降りて行くと最初の密閉扉があり、更にその先の通路を進むと重厚な鉄の扉が現れる。その扉の近くにちっぽけなボタンがあった。レイがそれを押すと、どうやらブザーのようで、扉の向こうから微かに呼び出し音が聞こえてくる。それから程なくして、鉄の扉の一部が動いた。そこは分厚いアクリルがはめ込まれた覗き窓になっていて、透明な四角の向こうに青い瞳が現れた。

「めっちゃ見られてるぞ……」

 タケルが居心地悪そうに覗き窓の向こうに見える青い瞳を見返している。何も訊かれず、ただ見られているだけと言うのも落ち着かないものだ。

 するとレイが覗き窓の瞳に自分の身分証を見せた。すると扉はすぐに開き、その向こうから一人の男が顔を出す。

「政府の人?」

 投げられたロシア語にレイが流暢に答えた。

「ああ。日本政府からの使者を本土に連れて行く任務中だ。ここでいったん休息したい」

 男はレイの向こうに居る三人の日本人を見る。この男自身は軍人でも役人でもなさそうな、簡素な格好をした若者だ。

「日本政府の使者って、鉄パイプを持ち歩くのか?」

 タケルは自分の鉄パイプを指さす男を見て、それを肩に担いだ。

「何? これ持ってちゃマズいの?」

 レイはそう言うタケルを一瞥してから男にうっすら笑って見せた。

「変な奴も居るんだよ」

 タケルはレイが何を言ったのか分からず、ただ楽しそうに頷く男を見ているしかなかった。男はレイに笑顔を向け、居住区の中に招き入れる。

「なるほどね。まあ、別に良いんだけど。俺もただ今月の門番ってだけだし。どうぞ。何も無いけど、トイレくらいなら貸すよ」

「どうも」

 そう言ってレイは三人に手招きした。

「入れるぞ、来い」

 それを聞いてレイに続くカイに、タケルは声を潜めて耳打ちする。

「なあ、レイの奴さっき何て言ったんだ?」

 カイはにやりと笑って包み隠さずそのままを返した。

「変な奴も居るってよ」

「は? 変な奴?」

 タケルは前を歩くレイを睨んで舌打ちするが、ここは我慢の一手と踏みとどまった。

 四人は居住区内の空き部屋に案内された。応接間と言うよりは、普通の居住スペースのようだ。台所、居間、トイレ、風呂など、一般的な家屋と同じような造りだ。

「ここはユジノサハリンスクみたく大きくないから、こう言う小部屋がひたすらあるだけなんだ。ここは空き部屋だから自由に使ってよ。あ、俺はイリヤ。何かあったら入口の管理部屋まで来て」

「分かった。この居住区には住人が共同で使うスペースは無いのか」

 情報収集をする上で、一軒ずつ部屋を回るわけにもいかない。

「一つだけあるよ。さっき歩いて来た通路を突き当りまで行くと教会がね」

 するとイリヤは思い出したように声を張った。

「そうだ! そう言えば、今日は教会に司教が来るって兄さんが言ってたよ。ランド・ウォーカー向けに有難いお話があるんだって。俺には関係ないから忘れてた」

「ランド・ウォーカー向け? 正教の説教は区別があるのか」

 イリヤは流暢なロシア語がカイの口から飛び出したのに驚いていたが、日本政府からの使者だと言われた事に今更ながら納得した。そして違和感を滲ませた表情のまま頷く。

「そうだよ。俺達とランド・ウォーカーは宗教観が違うだろ? だから同じ話を聞いてもお互いに理解できないんだ」

「司教の説教を聞きに行くランド・ウォーカーがそもそも居るのか」

 カイはランド・ウォーカーが宗教に帰依するとは俄かに信じ難かった。シズマのように日光の慣習が肌に合うと言う理由でルールに従っていた例もあるが、そのシズマであっても東照大権現を信じてはいなかったのだから。

 カイの問いに答えるイリヤは、一瞬言い淀んでから何事も無かったかのように頷いた。

「……居るよ。じゃあ、俺はこれで失礼するね。今時政府の人なんて珍しいから、たぶん皆協力してくれると思うけど。あ、帰る時は一声かけてね。昼飯作ってる時は管理部屋の奥にある台所に居るから」

「ああ、そうしよう」

 イリヤが部屋を出て言った途端、荷物を下ろしたアオイがカイの肩をしっかり掴んだ。カイはいったい何事かと目を丸くして為されるがままアオイを振り返る。

「カイ! 彼は何て言ってたの?」

「え、ど、どの辺の話だよ……」

「全部」

「えっと……この先に教会があって、今日はそこに正教の司教が来るから人が集まるって事と、何かあったら入口の管理部屋に居るから声かけてくれって。あと、帰る時は一声かけてくれって言ってたな。昼飯を作ってる時は……」

 そこまで言って、カイは嫌な予感を覚えた。そして今まさに自分が失言した事に気が付く。

「昼飯を作る?」

 アオイの眼が輝いた。カイはじりじり近付くアオイから何とか離れつつ頷くしかない。

「そ、そう言ってた。昼飯を作ってる時は、管理部屋の奥にある台所に居るって」

「それだ! 行こう!」

 そこに待ったをかけたのはレイだった。

「勝手な行動はするな。教会で聞き込む方が、聴取対象が多い。カイを連れて行くなら教会だ」

 レイの冷たい視線をものともせず、アオイはカイを引き寄せて満面に笑みを拡げる。

「教会はレイが行けば充分ですよー! 政府から来たお役人なら、司教自ら話すんじゃないですか? 俺はカイと一緒にさっきの彼に会いに行きますよ。俺だってこう見えて馬鹿じゃないんですよ? カイと話してた時、彼は少し言い淀んでた時がありましたよね?」

 カイは目でタケルに助けを求めながらも、アオイの言う瞬間を思い出した。

「……確かに、そうだったな。司教の説教なんざ聞きに行くランド・ウォーカーが居るのか訊いた時だ。あいつは居るって言ってたけど、何となく含みがあった」

 アオイは大きな瞳でレイの冷たい緑の瞳を見返す。

「ほらね? さっきの彼に聞き込みした方が良いと思いますよ? ね、レイ?」

 レイは異様に張り切るアオイをじっとり睨み、遂にはそっぽを向いた。

「極力早く戻って合流しろ。俺もイリヤが言い淀んだ事が気にかかる。そもそもランド・ウォーカーに信仰心があるとは思えねえし、司教って奴がどんな手を使ってランド・ウォーカーを集めてるのかも怪しい。一人で探るにはリスキーだ」

「分かってますよー。すぐに行くから、それまで頑張って下さい!」

「…………」

「行くよ、カイ」

「は? 今すぐ?」

「司教が来るまでに色々聞き出したいからね」

 面倒な男だが一応仕事をする気はあるようだ。カイはアオイに引きずられるように連れて行かれるが、咄嗟にタケルの腕を掴んだ。

「行くぞ、タケル」

「うん? ああ、もちろん」

 タケルはレイに手を振って慌ただしく部屋を出て行った。


「管理部屋ってここかな?」

 部屋を飛び出したアオイは、さっさと先頭を歩いて入口の傍にあるドアの前で立ち止まった。ロシア語で何か書いてあるが、読めない。そこにやっとカイとタケルも追い付く。

「……そうだ。俺が話すから……」

 カイが言い終える前に、アオイはドアをノックしていた。

「居ますか?」

 通じるはずもないのに堂々と日本語で問いかける。その姿を眺めながら、タケルは自分の鉄パイプをそっと撫でて言った。

「あいつこそ変人じゃん」

 これにはカイも同感だ。

「間違いねえな」

 すると管理部屋のドアが開き、イリヤが青い瞳を丸くしてアオイとその後ろに居る二人を見やった。

「あれ……何かあった?」

「君に訊きたい事があるんだ」

「……え?」

 困惑するイリヤ。そこにカイが慌てて割り込んだ。

「あんたに訊きたい事があるらしい」

「俺に?」

 アオイは大きく頷いて笑顔を爆発させる。

「ロシアの料理を教えて欲しいんだ」

 カイが訳すと、イリヤは不思議そうに背の高い日本人を見る。おかしな人物はあの鉄パイプを持つ大男だけだと思っていたが、こちらの大男も変わっている。

「別に良いけど……大したものは作れないよ」

「大したものじゃなくて良いんだ。普通のものが一番美味いから!」

「は、はあ」

 言葉が通じてもなお困惑しているイリヤ。アオイの言葉を訳しているだけだが、カイは無性に恥ずかしくなってきた。それでもイリヤは管理部屋の扉を大きく開けて三人を招き入れる。

「どうぞ。狭いけど、中で教えるよ。ちょうど昼飯を作ろうとしてたんだ」

 その仕草を見るなり、アオイはカイに食いつく。カイは反射的にタケルの後ろに隠れた。

「ねえ、ありがとうって何て言うの?」

「……Спасибо」

 アオイはイリヤに向き直って笑顔で言う。

「スパシーバ!」

 イリヤは困惑しつつも、小さく笑って頷いた。


 管理部屋は確かに小ぢんまりとしていた。二人程度で使う事が想定された造りのようで、入ってすぐの場所に来訪者などの記録を取るための事務室がある。その奥にキッチンとダイニングがあった。

「今日はボルシチを作るんだけど、それでも良いの?」

 カイはアオイにそれを伝える。

「今日はボルシチだけど良いのかって」

「ボルシチって何?」

「ビーツを使ったスープだ」

「良いね、ビーツって赤かぶみたいなやつだろ」

 それを聞いてカイはさっそくビーツを取り出すイリヤに頷いた。

「材料はこれね」

 イリヤはキッチンにボルシチの材料を並べて行く。タケルは物珍しい光景にすっかり興味津々だ。アオイに至ってはポケットからメモ帳とペンを取り出して記録し始めた。

「これがビーツ。さすがに日本にもあるかな」

「珍しい部類だが、似た野菜もあるから大丈夫だ」

 カイに頷き、イリヤは続いてその他の野菜を示す。

「あとは、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、トマトね。トマトは缶詰だけど」

「なるほど。その辺はすぐ入手できそうだな」

 メモを取りながらアオイは真剣な面持ちで呟いていた。

 次にイリヤが取り出したのは、肉の燻製だ。

「ここでは生肉がなかなか手に入らないんだ。だから今日は燻製肉で作るよ。これは牛肉の燻製。トゥションカを入れても良いと思う」

 トゥションカと言ってイリヤが見せたのは何のラベルも無い缶詰だった。カイはそれを見て以前学んだロシアの保存食を思い出した。確かトゥションカは肉をタマネギなどと煮込んだ缶詰だ。

「今に始まった事じゃないけど、ロシアは元々家庭で保存食をたくさん作るのが普通なんだ。ピクルスもよく作るよ」

 カイを通してイリヤの話を聞き、アオイはしみじみ頷く。

「北の知恵だな。俺の地元も雪深い場所で、漬物や乾物、発酵食品も昔からよく作られてたよ」

 それを聞いたイリヤは食材を切りながら、どこか一抹の悲しさを浮かべる。

「そうか。俺達は案外似てるのかもね」

 野菜を細かく切り、イリヤはガスコンロにそこの深いフライパンを置いた。そこでまずはジャガイモ、ニンジンなどを炒める。

「火が通りづらい野菜を炒めたら、ビーツを入れてまた少し炒める」

 キッチンにはタマネギの甘味のある香ばしい香りが広がった。その心地よい空気の中、タケルは生まれて初めて見るビーツと言う野菜に目を丸くする。

「強烈な色だな」

 イリヤが切るビーツと言う赤カブに似た野菜は、断面も外見と同じく目の覚めるような真紅だった。それが他の野菜に加わり、フライパンの中は一瞬にしてビーツの赤一色になった。

「ボルシチって元々はウクライナの料理だったらしいよ」

 イリヤの話を訳す前に、カイがその話に興味を示した。さすがにボルシチの歴史までは知らなかった。

「ウクライナって、ロシアの隣の国だよな」

「そう。俺が聞いた話だと、霧が湧いた当時、ロシアはウクライナと戦争をしてたらしい。でも霧が湧いて、今はどうなったのかこの辺の人は誰も知らないんだ」

「そうなのか」

 イリヤの話をかいつまんで訳し、カイはフライパンの中で赤一色に染まった野菜を見る。赤と言えば共産主義の象徴だ。

「こんな感じで火が通ったら食べ易く切った肉を入れるんだ。今日は燻製肉だけどね。生肉でも全く問題ないよ」

 ブロックだった燻製肉は薄くスライスされ、フライパンに飛び込む。野菜の甘味で満たされていた香りに燻製の深みのある香ばしさが加わった。これだけで既に美味そうだが、イリヤはそこにトマトの缶詰を入れる。

「ここに水を少し足して煮込むんだ。味付けは塩コショウで良いと思うよ」

 アオイはフライパンで煮える赤いスープをじっくり眺めて熱心にメモしている。そんなアオイにイリヤは味見用に小皿に取ったボルシチを差し出した。

「食べてみなよ」

 ペンとメモを仕舞ったアオイは目を爛々と輝かせて、その小皿を受け取る。白い皿にはインクのように鮮やかなスープが湯気を立てている。それを一口で飲み干し、アオイは何度も頷いて小皿をイリヤに返す。

「ビーツって甘いんだな。でもそこにトマトの酸味が効いてる。生肉でも脂があってコクが出そうだけど、燻製肉の香りも合うな」

「そう。俺は燻製肉で作るのもけっこう気に入ってるんだ。兄さんも好きだからこっちの方が多いかな。最後にサワークリームを乗せる事もあるよ」

「へえ、酸っぱいのが好きなの?」

「酸味がある物はわりと食べるかな。発酵食品とか保存食はそう言う味が多いからかもしれないけど」

「そうか。レイに食べさせるにはもう少し酸味を抑えた味にしよう」

 アオイはメモを取りながらそんな独り言をぼやく。それから顔を上げ、イリヤに微笑んだ。

「君の兄さんは幸せ者だな。こうやって美味い食事を作ってくれる家族が居て。そう言えば、俺がユジノサハリンスクでビーフストロガノフの作り方を訊いたランド・ウォーカーも、ドリンスクに兄弟が居るからそっちへ移住するって言ってたっけ。もしかしたらここの人かもね」

 カイを通してその話を聞き、イリヤは青い瞳を大きくしてアオイに返す。

「それ、たぶん兄さんだ! 兄さんは少し前まで軍に協力してユジノサハリンスクに行ってたんだけど、戦況が良くないからって戻って来たんだよ。日本人にビーフストロガノフの作り方を訊かれたって言ってた」

「奇遇だな! まさかあの時の……君の兄さんはランド・ウォーカーなのか」

「そうなんだ。報酬が良いからって軍に入ったんだけど、このままだと負けるだろうから戻って来たんだ。サハリンの軍は殆ど壊滅してるから、追われる事も無く戻って来れたよ。こう言う事に関しては君達の方が詳しいだろうけど」

 その話を聞いて純粋にご門を呈したのはタケルだ。

「戦わなくて良かったのか? その内ここも日本人に統治されるぞ」

 そんな問いを投げられても、イリヤは何食わぬ様子でコンロの火を消し、ボルシチが冷めないように蓋をした。

「別に良いよ。正直、今日政府の人を見て今更何しに来たんだって思ったくらいだから。俺達は命を脅かされずに暮らせればそれで良いんだ。地上は霧が濃くなってるようだけど、まだここで生きていけるし。上に立つのが日本人だろうがロシア人だろうが、どっちでも良いよ」

「そう言うもんか」

「ロシア語が話せれば困らないし」

「……まあ、確かに」

 地底人のわりに合理的な考えのイリヤに、さすがのタケルも閉口した。

 すると、そんなイリヤが不意に真剣な面持ちで三人を振り返る。

「君達に頼みがあるんだ」

 カイは突然何かと思いながらもイリヤの言葉を二人に伝えた。その間にもイリヤはキッチンの棚から何かを取り出している。

「このボルシチは兄さんと俺の昼飯だからあげられないけど、代わりにこれをあげる。これで俺の頼みを聞いてくれないか」

 棚から出て来たのは、大きな瓶に入ったピクルスだった。キュウリにディル、ローリエ、ニンニクなどのハーブ類がたっぷり入っている。キュウリはまだ鮮やかな緑だ。

「これはこの間漬けたピクルスなんだ。まだ浅漬けだからこのまま食べても良いし、十月くらいまで発行させればスープに入れたりサラダにしても良い」

 アオイは瓶詰のピクルスに興味津々だ。下から横から瓶の中を覗き込む。

「酢で漬けたの?」

「ロシアのピクルスは塩をお湯に溶かして漬けるんだ。酸味はまろやかだし、変に甘くないよ」

「それは良いな」

 すぐにでも未知の依頼に手を出しそうなアオイを、カイが制止した。

「アオイ、まずは依頼の内容を聞いてからだ」

 だがアオイはすでにピクルスの瓶をしっかり腕に抱えている。

「いや、俺はやる。これが欲しいから」

「……あのな」

「良いんじゃねえの? 俺もあれ食いたいし」

 呑気に言ってカイの肩を叩くのはタケルだ。これまで物珍しそうにキッチンの中を眺めていたかと思えば、タケルの視線も今や瓶詰のピクルスに釘付けだった。

「カイだって食いたいだろ」

 タケルが指さすピクルス。カイはまだ色鮮やかなそれを見て、これから進む発酵の過程を想像する。十月になったら、あれはどんな味になるのだろう。

「…………」

「ほら、良いって。で、頼みって何なの?」

 タケルが身振りでイリヤに先を話すよう促す。イリヤもそれを理解し、声を潜めて話し出した。

「今日司教が来るって言ったろ。司教が来ると、決まってランド・ウォーカーを何人か連れて行っちゃうんだ。しかも一度付いて行ったランド・ウォーカーは今まで一人も戻って来ない」

「出家したの?」

 アオイの問いにイリヤは首を振った。

「違うと思う。俺達は司教がランド・ウォーカーにどんな話をしてるのか分からないから証拠はないんだけど……皆は司教がランド・ウォーカーを何か別の目的で連れ去ってるんじゃないかって思ってるんだ」

 思いがけず飛び出した司教絡みのきな臭い話に、カイは真剣に耳を傾け始める。

「今日の集まりに兄さんも行くって言ってたんだ。それで、君達には兄さんが司教に連れて行かれないように助けてやって欲しいんだ」

「でもよ、お前の兄貴がどうしても行くって言うなら止められないんじゃねえか?」

 タケルの尤もな意見に、イリヤは青い瞳を細めて頷く。

「まあね。ただ、兄さんの性格をうまく使えば大丈夫だと思う」

「性格?」

 イリヤは首を傾げるアオイに言った。

「兄さんは何より三食美味い食事を食べる事を大切にしてるんだ。それが兄さんの楽しみなんだよ。それができなくなったから軍を出たくらいだ。だから、司教の誘いに乗っても美味い食事は食べられないと分かれば、付いて行かないはずだよ」

 カイは想像もしないこだわりに、やや呆れながらも話を整理する。

「って事は、その司教って奴がランド・ウォーカーを何の目的で使おうとしてるかを突き止める必要があるって訳だな」

 イリヤは大いに頷いた。

「その通り」

 そんなイリヤにカイはひたすら疑問を募らせる。

「お前さ、そこまでして何で兄貴を取られたくないんだ? 俺にも妹が居るけど、一緒に居たいと言われた事もねえぞ」

 背後で噴き出して笑うタケルを睨むカイ。悔しいがこれは事実だった。妹と仲が良いと感じた事はこれまでの人生で一度たりとも無い。

「兄さんは地上から食べ物を持って来てくれる。そして俺が食事を作る。ここみたいに小さな居住区では水耕栽培とか養殖は大規模にできないんだ。だから兄さんが居てくれないと俺も困るんだよ」

「……意外と現金な理由だな」

「もちろん、兄さんが居てくれた方が良いってのは、兄弟だからでもあるよ」

 そう言ってイリヤはダイニングテーブルをぼんやり眺めた。うっすらと安堵の笑みを浮かべながら。

「俺達は毎日一緒に食事をするんだ。兄さんは俺の事を都合の良い給仕だと思ってるだろうけど、俺はさ、こんな穴倉でも一緒に飯を食べる家族が居るって言うの……気に入ってるんだ」

 カイもつられるようにダイニングテーブルを見る。今はそこには誰も居ない。だが、食事の時だけは二人の人間が向かい合って同じ味を共有する。それはこの兄弟の唯一の繋がりなのかもしれない。

「……分かった。やるだけの事をしてやる」

 黒い瞳に静かなダイニングテーブルを映したまま、カイはぼそりと言った。

 イリヤは満面に笑みを浮かべる。

「ありがとう。兄さんの名前はイワン。俺と同じで金髪に瞳は青だ。右の頬に銃弾がかすめた傷があるから、すぐに分かると思う。宜しく頼むよ」


長い話を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

もしもリアクションなど頂けましたら大喜びします。

手間でなければ、どうぞ宜しくお願い致します。

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