月と呼ばれるもの
「もう十二歳なんだ。ある程度は自分の意思で決められるだろう?まぁ応募まであと半年はあるし、十分に悩みなさい」
「でも、まだ十二歳なのよ?まだまだこの家で、なんならこの宿を継いでもらえば、そんな戦いの知識を得るだなんて」
少年の両親は、少年を置いて会話を進めていく。
「そうか。もう十二歳なのか」
彼は思いを馳せる。この時代に生を受けて12年になるということなのだが、得ることも失うこともあまりなかった、というのが彼の感想だ。なぜなら激動の100年をともに過ごした彼にとってこの時代は優しすぎたし、仲間は誰一人として見当たらない、そんな時代に生きる理由をうまく見つけだせなかったからだ。
変わらない毎日。育ててもらっている恩に対して惰性で生きている、そんな今日も一日が過ぎていく。
いつも通りの毎日。そう思っていたのも今日で終わりだと、彼の脳内で何かが告げていた。
「こんにちはー。部屋を何日か借りようと思ってるんだけど、空いてたりしますか?」
ルアという少年は、少しかしこまった口調で父親に話しかける言葉を聞いた。
何故か聞きなれた、だが、この時代では未だに一度も聞いたことがない声に驚き、床を拭いていたモップを落としてしまった。
しかし彼がこの声に、疑いを持つことすらなかった。ずっと聞いていた、何度も彼らを引っ張っていってくれた、何度も立ち上がらせてくれた、その声だったのだ。
「空いてるには空いてるが・・・。その量のお金に見合う部屋はないかもしれない」
「このお金は道中で人助けをしてお礼でもらっただけなので、俺のものじゃないんですよ。俺自身簡素な部屋のほうが過ごしやすいし」
「そういうことか。ならこの部屋が空いてるんだが・・・」
父親が部屋の説明をしている。
床を拭きながら受付を盗み見る。やはり見覚えがある顔であった。赤髪がよく映えるまだ幼い顔つきながらも、前線を走り回った凛々しさを纏うオーラは本物だった。
「君が1番初めか。他の人だと予想してたんだけどなぁ〜」
部屋へと向かっていったのであろう、階段を上っている背に向け放つ。
その背を見つめる瞳の中には輝きが戻っており、笑みが目立つ。
「ルアー!3号室の人がタオル欲しいそうだから持って行ってくれる?」
「はーい!」
母親に言われた通りタオルを持って部屋へ向かった。心なしか、その足取りは軽やかなものに感じられた。
「なにか良いことがあったの?」
「え?何もないけど」
「そうなの?いつもより顔が明るいわよ。抱きしめたくなるくらい!」
「やめてよ母さん。もう12なんだよ」
口とは反対に、本当に口角は上がっている。内心では、旧友にどうやって自分を明かそうか悩みに悩んでいた。それが想像内で収まらないほどにあふれ出しているのだろう。
なんせ12年ぶりになるのだ。それに今は、前までのような命がいくつあっても足りないような戦争の時代ではない。ただ日常を楽しむことができる時代なのだ。
そう考えると、この物足りなさも少しずついいのかもしれないと感じられるようになってきていた。
今はもう寝る時間なのだが、今日一日何をしても彼の頭の中は鮮明な赤色が占領していた。
今まで極力思い出さないようにしていた仲間との日々が、これを機に一つ一つ結び目を解かれていくようにあふれ出していた。時には笑顔で、時には涙で染まっているそれらの思い出は驚くほど今でもはっきりとしていた。
「未練たらたらじゃないか。―――僕」
布団に入ってそう今日一日を振り返っていた。
一度は踏ん切りをつけていた、そう思っていた。それでも、仲間と過ごした時間に代わるものは何もないという事実だけが目の前に現れた。
「ほんとしょうもないな」
そういって12年の中で一番の笑顔で、一番気持ちのいい眠りについた。
「昨日の赤髪の少年を見ていないか?図書館に行くと言って出て行ったが、思ったより遅くなっても帰ってこなかったから起きて待っていたんだが。結局今日この時間になっても帰ってきていない」
「え?」
「まぁ時々あることだからそう深く考えていなかったが、もう11時近いだろ?さすがに心配になってな。俺らは経営で外に出れないし入れ違いになってもいけないから、年も近いルアが行ってくれないか?」
「あぁそれくらいなら。じゃあお昼までには戻ってくるよ」
「すまないな。頼んだぞ」
一つ返事で了承をした。巻き込まれた異質であったりおせっかいな性格もあるから何かをやらかすだろう、そう彼は思っていたからだ。
さすがに初日からやらかすと思っていなかったようだが。
自室に戻り外出の準備をする。
目を閉じて、どこにいるのか把握する。もう一度開いたときその瞳は三日月に光を反射していた。
「なんで公園なんだよ?!」
靴を履き目的地へと向かい始めたはいいものの、想定していたより簡単な場所に驚いて損をしたと叫ぶ。
「父さんが、「金を持っているから拉致られたのかもしれない!」とか言ってくるから少し緊張したじゃんか」
気づけば心配をかけてきた少年と、それを煽るようないらぬ心配をしていた父親の愚痴が止まらなくなっていた。
「そうだ!少し悪態をついてやろう。僕の12年と心配させた罰だ」
こういう流れになるのも、いつもの彼の精神力ならありえないはずなのだが、未だに興奮が冷めていない様子なので、仕様がないと言える。
そして、目的地に着き、目的の人を発見はした。だがまぁ少し苦労を掛けてきた相手に気持ちよさそうな睡眠を見せつけた、当該の少年も悪かったのだ。
でもこの懐かしさを悪くないと感じているのも認めなければいけなかった。
そして一言、
「やぁ起きた?久しぶりだね」
少しの皮肉と、それに似合わないたくさんの愛情をこめて初めての邂逅を果たした。
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