9.リリデスと善意
家路につく中、先の会話の「一件」を思い出していた。
三ヶ月ほど前――まだリリデスへの認識が「新興宗教にハマった少し変な子」であった頃。
兵や自警団、複数のギルドと連携し、とある盗賊団討伐の任を受けたことがある。
単なる賊ではない。一流ギルドを凌ぐ実力と統率力をもつ、軍隊とも言うべき組織。
いくつかの村が、賊の手により滅んでいた。
我々は最後まで参加すべきか話し合った。
大義名分があるとはいえ、今回は人間が相手である。魔物を殺すのとは訳が違う。
この任務を引き受けるということは、殺人の業を背負うことでもあった。
それでも最終的には決定が下された。
実力あるギルドが参加しないのは無責任、そう言ってのけたギルドマスターの顔には悲壮な決意があった。
無論、参加は任意である。断ったからといって非難するはずもなかった。
それでも我々幹部は参加した。賊らのあまりに残虐極まりない行為に、言うも憚れる所業に、大きな義憤があったからだ。
かくして多くの組織から実力者が集まった。
しかしそれでもなお、山間に築かれた要塞は容易に突破できるものではなかった。
突破口が見つからない、無理にいけば多数の被害が出る、手詰まりの状況。
あちらには強力な魔術師も複数在籍している、遠距離攻撃も障壁に阻まれ効果が薄い。
作戦会議が開かれる中、身も蓋もない作戦が提案された。
リリデスであった。
「ご安心ください、私が突破口を開きます」
「どうやって開く気だ?」
「突っ込みます」
全員唖然とした。まともに取り合わなかった。
しかし彼女は有言実行した。突っ込んでいったのだ、一人で。止める間もなく。
二度目の唖然であった。賊とて唖然としただろう、唖然が三つ重なった。
折り重なった唖然の中で。
リリデスは襲いくる暴力と殺意に、それ以上の暴虐と善意で応えた。
そう、「善意」に違いなかった。彼女は確かに賊を本気で救う気でいたし、実際に救ってみせた、カルラン流で。
――彼女の驚異的な働きで我々は勝利した。数人の重傷者を出すも死者は無し。考えられない大勝利である。
対して賊70余名のうち、60以上が死んだ。リリデスが殺傷した人数は50を超えたようだ。
正確な数はもう分からない。原型をとどめた死体が少なかったので、逆算して数えるしかなかった。
飛び散った何百もの肉片を目の当たりにした時、その中で優しく微笑む彼女を見た時、第一声を聞いた時。
誰もが、言葉を失った。
「今日はたくさん、たくさんお救いできました……!」
とびきり柔らかな笑顔が、あまりに異質過ぎた。
彼女の真の不気味さを、全員が知ることとなった。
善意と優しさの中で、彼女は殺していた。たくさんたくさん、人を殺せていた。
頬をすこしだけ染めて、いつもの言葉を吐く。
「明日も全生命に、カルランのお導きがありますように……!」
この日からギルドの凋落は始まった。
ブレトンの調べから、「カルラン」が法にも記された邪教と発覚したのもこの頃であった。
恐れから多くの人が離れた。残ったメンバーにも妙な噂が立つようになる。
ギルドへ持ち込まれる依頼もきな臭いものが増えた。人を相手取るような、匿名の依頼ばかりが。
今までのようにリリデスと触れ合える者は、いなくなった。
クレインは信仰を、そして布教活動をやめるよう、再三に伝えた。何度も何度も伝えた。
ギルドとその仲間を守るため、そしてリリデス自身を救うために。
しかし彼女は取り合わなかった。
ギルドとその仲間を救うため、なにより自分自身を守るために。
そうして迎えた除名の結末。
それでもリリデスはやってくる。カルランの光により、私達を何かから守り、何かから救うためにやってくる。
「リリデスが悪い」と人は言うだろう。しかし私には、どうしても彼女にその言葉を適応できずにいる。
誰もが善意で動いていたからだ。善意そのものを否定できない私には、「過ち」としか表現できないのだ。
善意が故の、過ち。
こうして横溢する善意の中で、とびきり清らかなリリデスの善意のもとで、ギルドそのものが破局を迎えつつあった。
リリデスの善意、クレインの善意、暴腕の、七色の、狩人の、質実の善意。
善意、善意、善意。
世の中とかく善意が蔓延していて、ままならない。