5.ブレトンVSシルティ
スティキュラ。森に入った話をする。
リリデス。静かに話を聞いている。
そしてビーフジャーキー。揺れている。
「……」
右に揺れては、口角があがらんとする。
左に揺れては、口角があがらんとする。
バランスをとり中央に座しては、口角があがらんとする。
あがらんとする口角を必死に押さえつける。
真一文字に口を結び、空気が漏れ出んよう、なんとか保つ。
……気付いていない。
誰も、気付いていないのだ。肩の干し肉に。
私しか、気付いていないのだ。この状況に。
(何故……誰も気付かん……)
リリデス。こいつ。
何故気付かんのだ。己の肩だぞ。共に人生を歩んできた肩だぞ。
そこに異物があるのだ。それも結構大きな異物が。ビーフジャーキーが。
どうなっているんだこいつの目は。ありえんだろ。ありえん。天然にも程がある。
指摘したい。
が、できない。
下手に口を開けば、決壊しそうだ。
それは即ち、己の死――。
「で、ちと遭難しちまってよ。そこであれこれしてた訳だが……」
「遭難……。それはまた大変な……」
肩の丸み。
シーソーのように、干し肉が揺れる。
ぎっこんばったん揺れる。揺れる。揺れている。
しかし落ちぬ。落ちない。決して落ちぬジャーキー。
不安定さこそ己が住処とでも言わんばかりに、化物の肩に寄り添う、肉。
まるで、リリデスに懐くペットのよう――。
(――いかんッッッ!!!!!)
ジャーキーがペットて。ビーフジャーキーがペット。
この発想はいかん。いかんぞ。いかん。んふ。
毎日ジャーキーとお散歩するリリデスを想像してはいかん。終わる。終わってしまう。
首にリードをつけてビーフジャーキーとお散歩するリリデス。ッああ~いかんいかん。
ってか首どこにあるんじゃい。干し肉の首はどこじゃい。リードつけれんじゃろがい。
ッあ~~~いかんいかんいかんいかん。
(……落ち着け。冷静になれ。冷静に……)
というか。
そもそもの話。
どういう状況で、肩にジャーキーが乗ったのだろう。
推察しなければなるまい。理由さえ分かれば、少しは落ち着くかもしれぬ。
「…………」
……例えば。
昼食にジャーキーを食べていたリリデス。
しかし突然の来客。一旦ジャーキーを己の肩に置く。
かくして応対を始めるリリデス。いつしか忘れる、肩のジャーキー。
ないな、ない。
まず肩にジャーキーを置くのがないよ。絶対ないよ。
いくら天然でも肩にはおかないよ肉。見たことないよ。
いやリリデスなら置くか? あのリリデスだぞ? リリデス……。
いや置かないよリリデスだって。
(……。他の者が?)
自分が置いたのではないなら。
……誰かに置かれた? 悪戯で?
シルティ? もしくはモジャという新人?
……いや、それも違う気がする。
どちらにも悪戯をしたような反応が見られん。
リリデスの後方――対面する我々とは離れた位置にある机。そこで会話を聞いている。
反応は至極普通。肉には気付いていない。こいつらが置いた訳ではなさそうだ。
……となれば。
やはりリリデス本人が、置いた訳だ。
自分の肩に。ジャーキーを。
そう認めねば、なるまい。
「……」
そっ……と。
己の肩に、ビーフジャーキーを安置せしリリデス。
優しい、慈しみある表情で。
ジャーキーを置く、リリデス。
ッああ~いかんいかん。
ジャーキーを慈愛の表情で置くリリデスはいかんぞ。
意図が分からんぞ。皿に置け皿に。肩に置くな肩に。
つーかやっぱ置かないよ。慈しみを以て肩にジャーキー置かないよ。
いかんいかんブレトンの馬鹿。変なイメージをするな馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
(…………落ち着け。リリデスから……。目を離すのだ……)
リリデスは駄目だ。見てはいかん。
ひとまず目をそらし、この時間をやり過ご…………。
「……ッ!!??!」
視線。
そらした先。
シルティ。
シルティが。
干し肉を……凝視している。
こいつ、こいつ。気付いた。
ジャーキーに、気付いた。
ようやくだ。ようやく私の他に。
入門してきた。このジャーキー空間に。
……目が、合った。
シルティと、目が合った。
静かに震える私を、認識した。
(……よし)
助け舟。
シルティならこの状況、打開してくれる。
真面目な彼女なら、指摘してくれる。
言ってくれ。リリデスへご指摘してくれ。
「全くリリデスったら肩にジャーキーつけちゃって全くリリデスは全く」とご指摘するのだ。
早く解放してくれ。私を……。
早く……早――。
「…………ッッ!!?」
シルティ。
お前。何故だ。シルティ。
何故。何故。
――無視。
シルティ。こいつ。
ジャーキーを。無視――。
何故だ。何故、指摘しない。
何を考えているのだシルティ。
シルティ。分かるだろうこの状況。
さっき目が合っただろう。小刻みに震える私を、見ただろう。シルティ……。
「…………ッ」
――もしや。
もしやシルティにとっては、日常風景なのか?
肩にジャーキー乗っけるリリデスは、当たり前の日常……。
ッああああああいかんいかんぞ。
常日頃から己の肩にジャーキー乗っけてるリリデスはいかんぞ~。
習慣化してるのかリリデス。お前の日常なのかリリデス。
お前は新たなギルドでの日常をジャーキーとともに歩んでいるのかリリデス。
そしてそれを端から眺めるのがお前の日常なのかシルティ。ああ~。
思えばシルティ、こいつ。リリデス追放時。
ハゲカツラに鼻眼鏡なる邪悪な出で立ちのリリデスに対し、一切のツッコミを放棄して話しかけたことがあった。
そういえば、そういう奴だった。笑いに対し、無頓着。
何を考えているのだ。こいつの考えは、いまいち分からん。
だがシルティ。今はお前だ、お前だけしかおらんのだ。
私を救ってくれるのはシルティ。お前だけなのだ。
助けを求めるように、シルティに目配せをする。
指摘してくれ。ジャーキーを。私の代わりに。
そうシルティに、合図を――。
シルティ――。
「……ッ!!?!!!!??!?」
――シルティが。
ビーフジャーキーを、食い始めた――。
困惑する、我が脳。
意図の分からぬ、彼女の行動。
導く、ひとつの結論。
――挑発。
私に対して、こいつ、挑発を。
……いや、そんな生易しい物じゃあない。
こいつ、私を直接殺しに――。
(…………ッッッ)
――シルティ。
こいつもしかしたら、実は「そういうの」が好きなのではあるまいか?
「くだらないものには興味ありません」とでも言わんばかりの普段の振る舞いは、偽装ではあるまいか?
クールビューティーな面の下では、どうしようもないギャグの一つや二つ考えているのではないか?
真面目な会議中も、実は小粋なジョークを発する隙を伺っていたのでは?
だとしたら。
ハゲ鼻眼鏡のリリデスに喋りかけた時も。
故意に我々を殺しにきて……?
――悪魔。
銀の悪魔。シルティ。
ああ、食うな悪魔。ジャーキーを食うな。
無表情で食うんじゃない。無表情でこっちを見ながら食うな馬鹿。
「そしたらさ。そこに子供が現れて……」
「はあ。子供が……」
最早ほとんど入ってこないスティキュラの語りだが。
どうやら、エーリスなる子供が登場する段。
先日聞いた感じだと、序盤も序盤。
……例えば、こいつの話が約10話分ぐらいの長さだと仮定すると、おおよそ2話あたりといった所。
すると残り8話。
8話て。保つか。保つのか。
いや保たさねばならん。あと8話分、耐えねばならん。
とにかく危険なのは、ジャーキーを無表情で貪りながら私を凝視してくるシルティ。
こいつはやばすぎる。決して視界に入れてはならん。
眼の前だけに集中――。
(ぐッッッ!!!!??)
そうだった。眼の前にはリリデスがいた。
やはり揺れている。リリデスのペットが。毎日お散歩愛しのジャーキーちゃんが。んっふっ。
逃げ場がない。どうしてもどちらかが、視界に入る。
リリデスジャーキー。
シルティジャーキー。
二者択一。
闘争は、始まったばかり――。




