3.ブレトンとリリデス
――スティキュラなき酒場で、一人飲む。
妻子が待っている。しかしなんだか帰る気でもなくなった。
リリデスについて、考えている。
彼女とは随分、会話をした。
例の事件以降、恐らく私が最も言葉を交わした人間であろう。
カルラン教について、様々なことを聞いた。
教義に関して、たくさんの疑問を投げかけた。
「……」
スティキュラには、話さなかったことがある。
というより、話せなかった。
私の過ちについて。
去りゆくリリデスは、我々に手紙をよこした。
謝罪と感謝。それらがしたためられた、分厚い手紙だ。
一度は読んだ。
二度とは読み返さなかった。
読み返せなかった。
前半部。謝罪の言葉で埋めらた部分は、別にいい。
誠心誠意、真心のこもった謝罪文だった。
私とて感じるところのある、良い文章だった。
問題はその後。
私に感謝を告げる、一連の文章。
今までの会話を踏まえ、彼女の「修正作業」の進捗について、事細かに書かれていたのだが。
……。
『――……確かにあなたのご指摘どおり、聖性概念を徹底して排さんとする諸作業は、行き過ぎるがあまり唯物思想へ堕する危険を孕んでおりました。……それは死に纏わる観念を貶める過ちに他なりません。この陥穽へとはまる所をお救いいただき……――』
『――……私の些末的な教義修正へのご指摘も大変有り難いものでした。現象と本質。この二項を用いる世界解釈は、既に暗礁に乗り上げております。そも世界を無理に捉えんとする態度こそ、我々の持つ無意識なるエピクル的傲慢さであったのかもしれません。本宗教においては……――」
『――……"虚無"概念に関するあなたのご指摘はごもっともで、この単語へ付随させる意味や定義の一切が徒労に……むしろ不誠実なものに思えてきます。教祖カルランの、ひいては己の"直感"へと立ち返らねばなりません。不条理状態を意味しながらも、"仄かな温かさ"が、この観念には必要――……』
「ご指摘」。
そんなことをした覚えは、なかった。
ただ単に、不明な点を素直に聞いただけだった。
彼女の信仰を否定するでもなく、肯定するでもなく。純粋に話を聞いた。
建設的な「ご指摘」など、してはいないのだ。
彼女にとっては、違った。
私がぶつけた数々の疑問は、きっと新鮮なものだったのだろう。
今まで誰とも信仰を語ることが出来なかった彼女にとってみれば。
私との会話が、彼女の思考整理の一助となってしまった訳だ。
手紙の結びには、私への強い、強い感謝。
『――……ブレトンさん。他ならぬあなたのおかげで、私はより良き標を得られました。……閉塞し、矛盾が矛盾を生んでいく論理展開の中で、ひとつの風穴を開けられた気が致します。重ね重ねの感謝をここに述べ……――』
――ぞっとした。
私は図らずも、餌を与えていた訳だ。
リリデスは私との会話全てを、血肉としていた。
罪悪感。久しく覚えていなかった、罪の意識。
私は、とんでもないことをしでかしたのではあるまいか。
消えゆくはずの邪竜の子を、育ててしまったのではないか。
……彼女が育てているカルラン教は。
私が栄養を与えてしまったカルラン教は。
果たして今、どうなっているのだろうか。
今後、どうなっていくのか。
「……」
混沌の時代だ。
カルランの教えが、もし民衆に受け入れられたら。
信者が増え、リリデスにすらコントロールできなくなれば。
彼女の言う「死の悟り」ではなく、虐殺を肯定していくようになれば。
「…………」
……スティキュラは、リリデスへ会いに行くという。
長い付き合いになりそうだと、語っていた。
「……そうだな。私もそうだぞ、スティキュラ」
ひとまず。
彼女の「現在地」は知らねばなるまい。
それが私の、果たすべき務め――。




