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2.ブレトンのカルラン教講座②

「――さて続けるぞ。『影』に関してだが、ここまではいいな?」


「いい訳ねえだろ。意味わかんねえしお前の話マジ分かりづれぇよ……。『無いけど在ると思ってもいい』ってなんなん……」


「……ひとつ例えといこうか。スティキュラ、太陽はどこから昇って、どこへ沈んでいく? どういう動き方をする?」


「あァん? 馬鹿にすんじゃねえぞ。東から西に決まってんだろ」


「違う。太陽は動かん。動いているのは我々の住まう星だ。一般常識だ」


「ムカつく~~~~~~! いやそりゃそうだけどさァ!」


「そう。真理として太陽は動かんが、()()()()()動いている。……『影』に関してもそうだ。カルラン教において事物・現象は、真理として実体の『無い』=『影』に過ぎんが……しかし一介の人間として生活している以上、我々は『在る』として認識せざるを得ん。ならばそれはそれでいい、と言うのだ」


「まどろっこしいしクソ程めんどくせえな……。単純に『存在してますよ~』でいいじゃん、腹立ってきた……」


「ここがカルラン教の面白い……というか妙な点だ。『一応これを真理として考えてるけど、別の認識でもそれはそれでいいよ』と抜かすのだからな。……まるで世界観の構築なぞ重要視していないように聞こえる」


「ちょっと待て。それ適当ってこと……?」


「非常に雑だな。唯一存在として置く『虚無』にしても、厳密な定義付けをしていない。『還る故郷』や『一なるもの』……そういった曖昧とした表現で輪郭のみを描き出しているに過ぎない。一通りの説明は聞いたが、はっきり言ってわからん」


「じゃあ俺が分からんのも当然じゃん」


「……おかしいとは思わないか? エピクル教で言う所の『神』にあたる概念が『虚無』なのだぞ? ……何故正確な定義付けをしないのだ? 宗教としておかしくはないか? 崇める対象なのだぞ?」


「……なんで?」


「思うに。カルラン教における『虚無』とは、『神』に対抗して()()()()()置いたものに過ぎんのだ。絶対の『在る』=『神』に対し、絶対の『無い』=『虚無』を据えた。……しかし『無い』ものを核として世界を描き出すことはできん。故に『虚無』を『在る』として捉える矛盾が生じたのだ。……こうなれば普通、『虚無』に特殊な意味内容を付与しようものだが、結局は雑な表現だけで終始する始末」


「それって破綻してねえの……?」


「破綻している。……論理や数式まで利用して世界を定義付けんとしてきたエピクル教とは大違いだな」


「そんなもん信仰してたのかアイツ……。っつーかそんなので信者集まんの……?」


「リリデスはこう語っていた。『カルラン教は世界構造を理解するための宗教ではない』と。……生存上における『苦』からの救済こそが第一義であり、そこを起点にして発生した信仰である、と」


「ああ。いつものアレだな。『死こそ救済』っていう……」


「……普通は逆なのだ。まず世界ありき、その世界観に沿って行動指針や他の教義が生まれるものなのだが。……カルラン教は違う。まず救済や死に関する教義があり、そこからその理念に沿った世界構造を、とりあえず拵えているようにしか思えん」


「あー……? ……後から世界を考えてる……ってこと?」


「『影』も『虚無』も、世界観自体が便宜上創ったものに過ぎんのだろう。いわば後付けだ。だから歪になるし……その後付けで創った世界観すら『別に見かけ上の認識でも構わないよ』という主張。なんとも投げやりではないか」


「やる気ねえなァ……。教祖はなに考えてんだよ……」


「リリデス曰く。教祖カルランは、世界解釈に関しては特に言及していないようなのだ。この妙な世界観は、後世の弟子らによって『一応』作られたものでないかと推測していた」


「そういうのも分かるもんなの?」


「経典の語彙や文法の使用頻度を章ごとに分析したらしい。数人の手によって書かれたのは確実と言っていた」


「……。そんなことまでしてんのかリリデス……」


「少し脱線したが……。わかったかスティキュラ。ここまで話して」


「クソほどめんどくせえことだけ分かったけど……。しかし後付けの世界観か。ははは、なんか脳筋って感じでいいな!」


「カルラン教が、徹底した反エピクル思想だということに気付かないか」


「え」








「――『生』より『死』を尊きものとする所からはじまり……。『在る』に対して『無い』を置く。『神』に対して『虚無』を据え、『厳密』な世界認識に対して、『曖昧』とした世界認識で良しとする……。どうだ、全てアンチ・エピクルに聞こえないか?」


「……」


「『虚無』だの『影』だの、何故こんな矛盾多き世界観を設定したのか? ……『存在崇敬』への拒否反応であると考えれば、全て納得がいかないか? 論理的正しさよりも、そういう『世界』にしたかったのだろうな、カルランの信者たちは」


「…………」


「ネタばらしをするとだな。……カルラン教は、エピクル教への反発から生まれた信仰らしいのだ。教祖カルランは、元エピクル教の信徒だ」


「………………」


「当時、余りに多くの悲劇を目にした教祖カルランは、『存在崇敬』へ疑念を抱き……果ては『神』を憎悪し……そこからカルラン教が誕生した、と。……そう教えてもらった」


「……………………」


「……スティキュラ。お前が考えていること、私には分かるぞ」


「……当たったら一杯おごるぜ」


「『教祖カルランとリリデスが同じだ』と。そう考えているな」


「来月おごるね来月」


「今おごれ今。……私も、お前の話――彼女がカルラン教に目覚めたきっかけを聞いて驚いたぞ。……彼女にしてみれば、まるで教祖カルランの人生を辿っているかのようだろうな」


「……。使命感とか……覚えちまってんのかな……」


「だろうな。しかし得心がいった。彼女のあれほどの強固な信仰の理由が……」



 過去の教祖に己を重ね合わせているとすれば。

 こいつは厄介極まりない。

 まさか生まれ変わりとは言わんだろうし、そんな教義もなかろうが。

 リリデスは確実に、『背負って』いる訳だ。教祖カルランを。




 …………。





「もうひとつ。最後に怖い話をしてやろう。私がお前に伝えたかった、『リリデス』の一面についてなんだが」


「……なんだよ。トイレにはついてきてくれんだろうな」


「一人でいけ。……『リリデスと長く付き合いそう』と思うなら、お前は知るべきことだ。私が知る、彼女について」


「……? なんだってんだよ、もったいぶんなって……」


「今まで私が語ったカルラン教についてなんだが」


「お、おう?」


「あくまで経典に記された教えであって、リリデスの考えではないのだ」


「うん。…………うん?」







「――リリデスはな。教祖カルランが提唱したであろう基本教義に関しては、確固たる信念で語ってみせた。死を救いとする教義……。疑う素振りもなく、真理であることを確信するように。熱く、真っ直ぐ語った」


「そりゃまあ、いつものリリデス……」


「一転して。……例えば先の世界解釈――特に『虚無』の捉え方に関して、彼女の語り口は実に不満気であった。……教義の不備や矛盾、未熟さを判然と理解し……それを隠さず、私に語った」


「? そりゃ、そんな矛盾だらけじゃ……」


「単なる狂信者が、己が信仰する絶対の教えをそんな風にして語るか? それでは背信者だろう。……しかしリリデスはな、そのように語ったのだ。分かるか、この意味が?」


「……。つまり?」


()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、カルラン教を。……中興の祖として。より完成度の高い宗教にするべく」


「……」


「現に彼女は、教えのいくつかに修正を施している。先の世界解釈も、全くの別物になっているだろう。……どこまで進んでいるかは分からんが」


「…………」


「……スティキュラ。お前が思ってる以上に、リリデスは恐ろしいのだぞ。戦闘力だの、殺人への抵抗の低さだの、そういう話ではない。仮に彼女がか弱き者であったとしても、変わりなく恐ろしい人間なのだ」


「………………」


「彼女は単なる『狂信者』ではないのだ。……絶えず批判を行い、修正し、改善し、より完璧な宗教を形作らんとする……。『宗教家』なのだ。分かるな、この恐ろしさが?」




 スティキュラは、酒を眺めている。

 何も喋らなくなった。トイレには行けるだろうか。

 ついていくつもりはないが、この空気は変えねばなるまい。




「……どれ、そろそろ二軒目に行くか」


「……あ、ま、待った……。二軒目の前に……。お前の意見を、ちょっとこう……。参考までに聞きたいんだけどさ」


「なんだ」


「リリデスがさ……。エピクル教の信仰を取り戻すことって……あるかな? ってさ……。ほんのちょっとでも……。1%でも……」


「……。私の印象では」


「……」


「絶対に、無い」







 二軒目には行かなかった。

 カルランマンは肩を落とし、とぼとぼと帰っていった。

 一人でトイレに行ければいいが。


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― 新着の感想 ―
カルランに対して宗教としては破綻しているが最後の寄る辺としては満点だなという印象だったけど成り立ちを見れば納得できた。そしてそれを宗教として満点までに持っていこうとするリリデスよ……
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