1.ブレトンのカルラン教講座①
仕事を終え、帰らんとしていた時。
スティキュラから飲みの誘いがあった。
妻子が待っているからと断る。
では次の日はどうか、じゃあ三日後は、一週間後は。
とかく私と一対一で飲みたいらしい。
切羽詰まった表情。何か頼み事があるようだ。
妻子が待っているからと断る。
翌日、彼は『ポワロ』のケーキを携えやってきた。
贈り物までよこすとは。ありがたくいただく。
妻子が待っているからと断る。
翌々日。またもケーキを携えやってきた。
今回はアエラの眼前でそいつをよこしてきた。
――殺気。戦慄のギルド内。冷や汗が背を伝う。
命は惜しい。予定を作ってやる。
「――いやあ悪いなブレトン! お前と話したいことあってよ!」
「意外と策士な奴……」
「まあまあまあまあ! とりあえず飲もうぜ、へへへ!」
「飲むのは構わんが早く本題を話せ。何か頼み事があるのだろう」
「んじゃ早速なんだが……。あのさ、ちょいと宗教について教えてほしくてよ」
「……宗教? 筋肉信者のお前がどうしたことだ。なんのための筋肉だ」
「筋肉差別やめろや。いや、実はだな。ちょっとリリデスに会いに行こうと思ってんだけどさ……」
「……本当にどうしたのだ? とうとうカルランマンとしての自我に目覚めたのか? おめでとうカルランマン」
「アレを思い出させるんじゃねえよ! まあ、ちと長くなるんだが……」
丁寧に事情を説明される。
遭難、保護、リリデスの家族、友人の話。
そしてリリデスの過去。
いやはやなんとも……。
「随分帰りが遅いと思ったら。なるほど、そんなことが……」
「帰っても誰も何も言わねえからマジ驚いたんだけど。心配しろよ少しは……」
「お前なら死にはせんだろ。信頼だ」
「物は言いようだな……。まあとにかく、あいつに会う前にさ。色々勉強しとこうかなぁ~って。……なんか長い付き合いになりそうな気がしてな」
「ふむ。……」
「ほら、お前そういうの詳しいじゃん? それにリリデスにあれこれ聞いてただろ? 『例の一件』以降さ」
「本人に聞くしか調べようがなかったからな。……興味深かったよ」
「まあそういう訳でよ、ちょっとエピクルやらカルランやら教えてくれっと助かるんだが」
「そいつはいいが……。具体的には何が聞きたい?」
「ああ、んじゃまずさ……。キミエラと喋ってから気になってたことなんだけども……。エピクル教って『存在』? を……崇める? 感じなんだよな?」
「『存在崇敬』だな。エピクル教における最も基本的かつ重要な教義だ。古くは前身であるユピクテス教におけるドグマの……」
「いや歴史講義はやめてくれ……。……えっとさ、キミエラは小石を眺めながら存在云々を語ってたんだけどよ。……そんなのも崇めちゃうの?」
「基本はそうだが、『存在』にも階級はある。『神』を頂点とし、神界、自然法則界、生命界、物質界……と続いていく。『界』の中でも人間は上位、植物は下位等々、詳細な序列がある。宗派によって多少の違いはあるがな」
「あ、やっぱ生きてる方が偉いんか」
「そうだな。故に『生』を脅かし、『死』を招くような『存在』に関しては、崇める対象でありながらも忌避すべきものとなる。優先順位はある訳だ」
「ふーん……。それに対してカルラン……っつーか、リリデスはどう考えてんだ? 死だの虚無だの言ってっけども、いまいちわからんというか……。カルランには神様とかはいねえの? 何が一番偉いの?」
「……カルラン教の世界観か? 一応、あるにはあるんだが……」
「一応? なんだ一応って」
「少し面倒な話に……。いや、むしろ良い機会か」
「?」
「……よし分かった。私がお前を、立派なカルランマンにしてやる」
「それはやめて」
「長い付き合いになりそう」。
そう思うスティキュラにとってみれば、「リリデス」を知る上で最適な話題かもしれん。
恐らく、私だけが知っている彼女の一面。それを理解する、これ以上ない導入に。
…………。
「……簡単に言うと。カルラン教に神はおらず、代わりに『虚無』を……まあ、一応は崇める、といったものだな」
「エピクル教みたいに『存在』を崇めたりとかってのは無いの? 虚無だけ?」
「カルラン教においては、基本的に『存在』自体が無いと考える。例外を除いて、全てが『影』だ」
「影?」
「そういう比喩を使っていた。……我らをとりまく『存在』に見えるものは、全て実体のない『影』に過ぎない、と。我々自身すら、だ。目に見える一切はかりそめ、という見方だな」
「また訳のわからんことを……」
「いや。この手の世界解釈は古来からある類型の一つでな、珍しいものではない。……ところでスティキュラ、影はどうやってできる?」
「え? ……こ、こう……光の持つ……ナントカ線が……物質へ……作用……?」
「いやそういう事ではなく。……影があるなら、それに先立つ『物』がなければならないだろう? 影とは、光が『物』に遮られて生じるものだからな。ならば『影』を生み出している『物』=『存在』はあるはずだ。……このタイプの世界観では、大抵この『存在』を唯一なる本質とし、崇める方向へ向かうパターンが多い」
「お、おお? おお……」
「実体なき『影』ばかりの世界にも、唯一たる『存在』はある、ということだ。ここまでは大丈夫か?」
「うーん。まあ、なんとなく……」
「カルラン教においては、その唯一存在が『虚無』という訳だ」
「……ん? 存在……なのに虚無なの? あれ? 虚無ってそもそも『何も無い』って意味じゃねえの? それって在るの? 無いの?」
「お前の疑問も最もだ。いわばこういう主張だからな。唯一存在=『在る』ところの虚無=『無い』ものが、影=『無い』ものを生み出している、と」
「? 待て待て、意味わからんぞ……。だから在るのか無いのどっちなんだそれ……? ……結局世界にはなんにもない、っつーこと? 無いが無いものを生んでんの?」
「それが違う。カルラン教において『虚無』はちゃんと存在として『在る』と言うのだ。……そしてあろうことか、『影』も『無いけど、在ると考えて構わない』などと妙なことを言い出した」
「……なるほどなァ」
「わかったのかすごいな。私には何一つわからんかったぞ」
「よかった~~~! わかんね~~~!! 最高~~~!!!」
「落ち着け。……まず『影』についてだ。我々を取り巻く一切は『影』であり、かりそめに過ぎぬが……それらを『存在』として認識して生きている我々にとってみれば、一概に否定するものではない、と。『在るもの』と思って差し支えない、と主張する」
「そうか。ところでこの魚うめえな」
「……休憩するか」
「乾杯~~~~~~!」
こいつ反応は正しい。分からないで当然なのだ。
だがリリデスを知るには、この宗教の不明瞭さを理解せねばならん。
私も尽力せねばなるまい。
これらを知るは、カルランマンとして生まれしこいつの宿命――。




