9.スティキュラ、託される
「――あ、どうも、おはようさんっす……」
「おはようございますスティキュラさん……」
「ん……。おはよう」
ママさんとキミエラ。
目の下には隈。寝れなかったようだ。なんだか申し訳ない。
俺はなんとか眠れたが、夢でリリデスが出てきてうなされた。
リリデスは俺を武器にして敵をなぎ倒していた。苦しかった。
「あれ、エーリスは起きてねえのか」
「あら……。いつもでしたらもう起きて奇声を発してる頃ですけれど……」
「発させるなそんなもん」
「今日は寝させてやるといい。大方眠れなかったのだろう」
「……そうですね。では我々だけで朝食を……。スティキュラさんはパン派? ナン派?」
「朝からナン食えちゃうのここ……?」
パンをいただく。
とりとめもない話をしながらの朝食。
リリデスについては、誰も触れなかった。
キミエラに色々聞きたいことはあるが……。
「スティキュラ殿。朝食を食べ終えたら私は帰るが……。貴殿はどうする?」
「ああ、俺も帰るよ。街道まで案内してくれりゃありがたいんだが……大丈夫?」
「流石に日中なら迷うことはあるまい。安心してくれ」
「信じるぞ……。帰る前にエーリスにも会っときてえところだが」
思った矢先。
勢いよく開く扉。
勢いよく入ってくるガキ。
「ッッキアアアアオォァアアアッオアッオアッオアッ!! みんなッおはようッッッ!」
「おはようございますエーリス。今日も元気一杯ですね」
「おはようエーリス。もう食べているぞ」
「奇声について注意をだな」
「それよりこれ見てみんなッッ! これ見て見て見てッ!」
「あら? それは……」
「手紙書いたッ! リリちゃんにッ!! ほらほらッ!! いっぱい書いてやったッ!!」
「!」
紙。紙。紙。手紙の束。
封筒に入り切らないぐらい、大量の手紙。
こいつ、寝ないで書きやがったな。
(……手紙、か)
……リリデスも別れ際、手紙よこしたっけな。
謝罪と感謝がしたためられた、なっがい手紙だった。
なるほどねえ。これも「影響」だったりすんのかな。
「エーリス。あなた……」
「ママ、あたし決めたんだ。リリちゃんの信仰を取り戻す、って!」
「……!」
「リリちゃんが元に戻るまで、何度でも手紙出しちゃう! 何度も何度も、何度も何度も何度も!」
「……。エーリス、あなたも見たでしょう、変わってしまったリリデスを……。あの子は……」
「やってだめなら、そん時ゃそん時じゃん! まずはやろうよ!! ねね、キミちゃんもそう思うでしょ?」
「む……?」
「キミちゃんだってさァ! リリちゃんとまた仲良くなりたいでしょ!? 絶対そうでしょ!? じゃあやってみようよ!!」
「……。…………」
「なにうつむいてんの! 前見ようよ前! ほら、スティキュラだって協力してくれるって言ってるし!!」
「言ったっけ……?」
「そういう眼をしている……!」
「してっかな……。……ま、しゃあねえ! 乗りかかった船だ。その手紙、時間ある時に届けといてやるよ!」
「スティキュラぁ~♥ お礼にチンコ見てあげる~♥」
「お前の欲だろそれは」
手紙の束を受け取る。
「リリちゃんへ」。割としっかりした字だ。意外。
その下には大きく「果し状」の文字。何書いてんだコイツは。
「あ! 読んじゃ駄目だよ!? もうスケベなんだからスティキュラ……。ちょっと待ってて、なんかデッカい紙で包むから、ええと……」
エーリスが包み紙を探しにどこかへ。
……ママさんを見る。不安そうな顔で、手紙に視線を注いでいる。
キミエラを見る。うつむき、静かに何かを考えている。
「っつー訳で……。……いいッスよね? これぐらいは……」
「……」
「……ママさん?」
じっと、便箋を眺めるた後。
静かに、呟くように。
「……預言者エピクルは」
「……え?」
「――預言者エピクルは。その長き旅路の途上で一度だけ、信仰をお捨てになりました……」
「……」
「ですがその後、艱難辛苦の試練を乗り越え、己を深く反省し……。より強固な信仰を得るに至りました。奇跡を起こし、多くの民衆を巻き込む程の信仰を……。神は彼を見捨てず、改悛にお応えになったのです」
「……」
「……どうか、あの子にも……。どうか……。……どうか……っ! エピクルの辿った軌跡を、どうか……っ!」
「……おう。とりあえず、できることはやってみっからさ」
俺の手を強く、強く握りしめ。
振り絞った声で。強く強く、願うように。
そうだよな、このままでいいはずないもんな。
みんなのリリデス、だもんな――。
「――またねえええええキミちゃん! スティキュラ!! また遊ぼうねーッ!!」
「おーう! 返信もって来てやっからよ! 少しは大人しくなれよなーッ!」
「また会おうエーリス。壮健で」
「絶対だよー! じゃああねええええええッ!!」
……帰る俺達を、大声で見送るエーリス。
何度も何度もまたね、また遊ぼうねが続く。
何度振り返っても、ずっとずっと手を振っていた。
こうして見りゃかわいい奴なんだが。
「じゃ、案内よろしくな」
「うむ」
キミエラも、多少は元気を取り戻したようだ。
力強い足取りの後ろをついていく。
二人で共に、また森へ――。
「――リリちゃん、返事くれるかなぁ……。きっとくれるよね?」
「……きっと無視はしないでしょう。……そうですね、時間はかかるかもしれませんが……やってみる甲斐はあるでしょう」
「うんうん! ずっとずっと続けっから! リリちゃんが音を上げるまで!!」
「……きっとスティキュラさんが来たのも、偶然ではないのでしょう。これは神の思し召し……。リリデスのため、神がお遣わしになった使者なのかもしれません」
「その通りだね! リリちゃんは必ず元に戻るッ! 絶対信じてっからね、あたし!」
「……エーリス。ありがとうございます。……あなたは本当にいい子ね……。その真っ直ぐさに、私はいつも救われる思いですよ」
「んもぉ~ママったらぁ……。お礼にチンコ見てあげるぅ♥」
「チンコありませんよ私」
「じゃあたしは寝るねぇママ……。ぶっちゃけもう限界……」
「全く、それにしても夜更かしだなんて……。フラフラじゃないですか、もうっ……!」
「ごめぇええんん……。私の顔に免じて許してくりゃれ……」
「……。ふふ。まあ、今日だけは許しましょうか。さ、早く眠ってらっしゃい」
「へへっ。それでこそあたしのママよ……!」
「私は今日という日を、リリデスのため……祈りに費やしましょう。誠心誠意、祈りましょう」
「あたしの分もお願いねぇ……。じゃ、おやすみぃ……」
「はい、おやすみなさいね。……。…………。……………………――」
「――天にまします全き神よ。朝露たる儚き身の我が願いを、どうか……。どうかお聞きください……。
「……我が愛しき子、リリデスに温かなる御慈悲を……。どうかあの子の罪をお許しくださいまし……。悪しき足跡を清め……御身の温かき御光を……。
「……どうかもう一度、祝福を。生まれし時と同様の讃歌を……。あの子にこそ相応しき、最大限の……恩寵を……。あの子にこそ、相応しき……。
「……そして願わくば……願わくば……あの子の信仰を、どうかお取り戻しください……。在りし日の、純真であった信仰を……どうか、どうかまた…………。
「――我らが最高傑作の信仰を。どうか、どうかお取り戻しくださいまし……。どうか……どうか…………」




