6章おまけ「約束を違えぬ女」
「魔法が扱えるっていいですねえ。とっても羨ましいです」
「リリデスは使えないんでしたね」
「どうも魔力を放出できない体質らしく。小さい頃からいっぱい練習したんですけれども。はあ……」
「幼い時から魔法の修練を? 孤児施設で教えるとは珍しい」
「こんな時代ですからね。身を守る術は身につけさせようという方針でして。もちろん魔術だけでなく、たくさんの事を教えてもらいました」
「いい環境だったみたいですね」
「ええ。一般的な学問に社会常識、礼儀作法にミューゼリオン口中法……サバイバル知識や料理のレシピに至るまで、たくさんの事を……。施設を出ても立派に生きていけるように、と……」
「こんな事を言うのもなんですが、本当に恵まれていましたね。施設といっても色々あるようですから……」
「はい。素晴らしい環境の中、愛されながら育てられて……。……あ、モジャさんが帰ってきたみたいですよ! 励ましてあげましょう!」
「…………」
「――リリデス、ちょっと。先日の会話についてなんですが……」
「はい?」
「ミュ……ミューゼリオン……口中法? ……に関してですね」
「それがどうかしました?」
「その……。…………なんです、それ」
「……? なんです、と申されましても……」
「……初耳の単語なんですが」
「え……? ミューゼリオン口中法を知らない……?」
「知りません」
「……まっさか~! だめですよシルティさん、私をからかおうなどと。全部お見通しですよ!」
「いや、本当に知らないというか……。多分誰も知らないと思うんですが……」
「そんなはずないじゃないですか! いくら私が世間知らずとはいえ、流石に騙されません! まったくシルティさんったら!」
「……では後日、モジャに聞いてみてください」
「ええ! もし知らなかったら、お詫びにブリッジで一日を過ごす事としましょう!」
* * * * *
「あ、あの、シルティさん……?」
「どうしましたモジャ」
「リリデスさんが突然ブリッジを……」
「うわ本当だ……。ひくほど反ってる……」
「人間ってこんなに反れるんですね……」
「私は約束を違えぬ女……」
「やめてくださいリリデス、人間性を違えつつあります」
「やめません……。約束を違えぬ女なので……」
「モジャ、一緒に座ってみましょうか」
「はい」
「んごおっ!?! や、約束を違えぬ女……っ」
「リリデスハンマーを乗っけてみましょう。手伝ってくださいモジャ」
「はい」
「ッゴアアアアアァアッ!!?」
「――で。なんです、ミューゼリオン口中法って」
「か、簡単に説明しますと……。ご飯を安全に食べる為の技術なのですが……」
「ますますよく分かりませんが……」
「……例えば、ここにあっつあつの出来立てスープがあるとしましょう。イメージしてみてください、さあ」
「イメージしました」
「実際に用意したスープがこちらになります」
「イメージさせた意味」
「……この湯気立つスープ、お二方はどう飲みます?」
「どうと言われましても。まあ、普通に」
「わ、私は少し冷ましてから飲みますかねぇ……」
「もしこの熱々スープを一気に、火傷せずに飲む事ができるとしたら。……どう思います?」
「……地味に凄いと思いますが」
「ふふ……。……ごくごく!」
「!! ……地味にすごい」
「『ごくごく』って言いながら飲む人始めて見ました、すごい……!」
「そこではありません。……どうです、本来火傷するレベルのスープですが、私はこうして一気飲みできるのです!」
「なるほど。これがミューゼリオン口中法」
「こんなのは序の口! お次はあっつあつの小籠包をイメージしてください、さあ!」
「イメージしました」
「実際に用意したのがこちら」
「いつ作ってるんです貴方」
「これを一気に頬張り、食べ尽くせるとしたらどうです?」
「地味に……いや、普通に凄いです」
「もぐもぐっ!!」
「……普通にすごい」
「『もぐもぐ』って言いながら食べる人始めて見ました、すごい……!」
「だからそこではありません。……と、このように熟達したミューゼリナーは火傷知らずなのです!」
「ミューゼリナー……」
「まだまだこんなものではありませんよ! もしもこれがグッツグツに煮えたぎった灼熱の石焼鍋であったとしたら!? さあ、石焼鍋を」
「イメージせずとも?」
「あっるんですねぇ~こっちらあぁ~~~」
「メチャクチャ腹立つ顔してますよモジャ」
「これ以上ないぐらい腹立ちますねシルティさん……」
「ごくごく!!!!!!11」
「そしてノータイムで飲んでいる……!」
「す、凄い……!」
「ガッフォッゴエエエエエ!!?」
「魚を喉にひっかけている……!」
「そりゃそうなりますよ……」
「――と。これがミューゼリオン口中法となります」
「色々と言いたい事はありますが、確かに驚きの技術です」
「まさかローカル技術だったとは私の方が驚きでしたが……。思い返してみると、育ての母が個人的に編み出した技なのでしょう。飲食における悲しき過去を語っておりましたから……」
「というと?」
「母は過去、教会のトップたる大聖司教とお茶を共にしたらしいのですが……。緊張のあまり、熱々の紅茶を飲もうとして失敗。毒霧のごとく相手の顔面にぶちまけたらしく」
「愉快な母親ですね」
「私達には決してそのような失敗はさせるまい、と考えたのでしょう。この技術を教える熱量は凄まじいものがありました……。水分補給は全て熱湯だったり、煮え滾ったアヒージョを毎日食べさせられたり……」
「モジャ、虐待対応ダイアルを……」
「189……」
「つ、通報はおやめください!! 愛ある教育! 愛ある教育でしたっ!!」
「そうして施設育ちの子どもは全員ミューゼリナー、と」
「あ、いえ。ミューゼリナーとなれるのはほんの一握り……。私も会得までに五年の歳月を費やしましたので」
「あなた変な事ばかりに青春を費やしますね……」
「変じゃないニャン……。それより、早速お二方もチャレンジしてみませんか」
「無論」
「ぐ、具体的にはどういう技術なんです……? 熱さに耐えてるんですかぁ……?」
「口中に『嵐』を巻き起こし、一瞬にして飲食物を冷ましているのです。そのためには特殊な呼吸法と舌の動き、この二点が重要となります」
「なるほど。コツはあるんですか?」
「私の口に指を入れてもらえればよく分かるんですけれど」
「そうですか」
「私の口に指を入れてもらえればよく分かるんですけれど」
「そうですね」
「私の口に指を入れてもらえればよく分かるんですけれど」
「帰りましょうモジャ」
「はい」
「いや、本当に!! それが一番の近道でしてね!? ほら、どうぞ!!」
「流石に口に指突っ込むのは嫌ですよ……」
「ヘレンケラーだってサリバン先生の口に指突っ込んだじゃないですか!?」
「発声獲得エピソードと同じ次元で語るな」
「――あ。よくよく考えたらそれ、私もできるかもしれません」
「え? 指も突っ込んでないのに……?」
「突っ込みません」
「しかし会得には最低でも数年は……」
「要は熱々の物を火傷せずに食べられたらいいのでしょう? 何か用意してください」
「わかりました。今からグラタンを作りますので三十分程おまちください」
「と言いつつ?」
「あっるんですねぇ~~~どうぞぉ~~~」
「やっぱり腹立つ……。まあいいです、では早速。んぐっ」
「……え!? ひ、一息に!!?」
「うへえ、すごいですねシルティさん……!」
「ど、どうやって!? ミューゼリナーでもないのに何故……!?」
「口内を氷魔法で冷やしてみました。ほら、このように」
「ッ!!?!?? …………ゆ、指を突っ込んでみてもいいですか!!?!??」
「良いわけあるか」
「ま、魔法使えるなら簡単に再現できちゃうんですねぇ……。一瞬で……」
「…………っ。い、いえ! ミューゼリナーはこんなものではありませんッ! 例えばこの煮え滾った食用油! これを飲み干せますかシルティさん!!?」
「いや、それはちょっと……」
「私は出来ますッ! いや、やってみせますッ!! ミューゼリナーのプライドにかけて!! 魔法なんかにまけませんっ!!」
「やめなさいリリデス。体調崩しますよ」
「いざッッッ!」
「あっ」
* * * * *
「――ああ、今日は大変でしたねモジャ……」
「ほ、本当に油を飲むとは……」
「その後ずっとオエーオエーやってましたね……」
「油なんて飲むから……」
「介抱で疲れましたよ……」
「で、でもちょっとだけ満足そうな顔してましたねリリデスさん」
「プライドを守り通したのでしょう。彼女は立派なミューゼリナーでした。きっとこの国で一番の……」
「めっちゃ感化されてません……?」
「……それにしても本当に驚きましたねモジャ。流石はリリデス、私は心底感服しましたよ」
「そ、そうですねぇ……。とても無駄な技術だとは思いますけど、凄いと言えば凄い……」
「あ、いえ。口中法ではなくて」
「……え、何がです?」
「まさか本当にブリッジで一日過ごすとは」
「ずっとブリッジだったの!!?!?」
~Fin~




