7.リリデスと狩人と質実と
今日も今日とてリリデスはやってきた。
スティキュラはこれでもかと小さく丸まっている。
アエラはというと、テーブルいっぱいにスイーツを並べている。
「ふふふ、先にこちらでスイーツをキメておけば問題ない寸法ですわ。シルティさんもおひとつどうぞ」
「……ありがとうございます」
万全の防御で迎え撃つ七色。
暴腕が物欲しそうにちらと見る、アエラが睨む、余計丸くなる、最早球である。
リリデスはというと、本日は特に土産を持ち込んでいない。静かにコーヒーを飲んでいる。
そのまま特に何も起きることなく、ゆるやかに時間が流れていった。
アエラは半分ほどスイーツを食べ終えた。私も事務作業を淡々とこなしていく。
談笑する者、読書をする者、計画を練る者……誰もがリリデスのことを忘れ、思い思いの時間を過ごす。
……その機を見計るかのように、静寂は突然破られた。
「……ものまねしますっ! ご清聴ください!」
「!?」
「ええと……。『コーヒーブレイク中のギルドマスター、クレインさん』やりますっ!!」
「!!?」
急展開。
コーヒーブレイク中のギルドマスター、クレインさんが始まってしまう。
全員身構えた。身構えたのが余計、まずかった。
「『うぅーん……いい香りぃん……。キミもそぉ思わなぁいリリデスくぅん? んっふふんんふふぅん……』」
――外部の者が見た所でしらけるだけあろう、ものまね。
完全なる内輪ネタであった。
しかも驚くぐらい似ていない。面白くないのだ。
決して反応してはいけない状況の中、そいつが炸裂してしまった。
「……ッ」
最初に震えだしたのは幹部「儚き狩人ミナト」。
探索や索敵が得意で、長期の野外活動では必ずレギュラーとなったミナト。
いつも物静かに佇み、優しげに微笑んでくれる彼は――笑いに人一倍弱かった。
儚き顔が儚さとは程遠い苦痛に歪む。口中で食いしばった歯が音を立てる。
その顔面を見たアエラが少し震えた。恥と同様、笑いも感染するのだ。
――しかし儚き狩人は耐えた、耐えてみせた。
きれいな顔を歪ませながら、はにかむに済ませたその内なる根性。
私は感嘆の念を禁じ得なかった。
「『……やぁっぱり豆からだよねぇコーヒーって……。豆から……みんなもそう思わなぁい? アッ思わないのぉ? なぁんだんっふふふふぅん……』」
二発目の爆弾。全く似ていない。面白くなさ過ぎる、面白過ぎる。
次に震えだすは幹部「質実たるブレトン」。
回復のスペシャリストでありながらその類まれな頭脳で、常に的確な状況判断を下してくれたブレトン。
いつも厳しき無表情で、さりとて優しき心で我々を見守ってくれる彼は――笑いに人一倍弱かった。
質実どころではない、最早変顔と化しつつも耐えるその顔面。
アエラの震えが大きくなる。縦ロールがゆさゆさしている。
――だがブレトンも耐えた。耐えてみせた。
真一文字の口に見開く目玉と鼻穴。質実たる通り名に恥じぬ矜持。
私は尊敬の念を禁じ得なかった。
が、しかし――。
「……くふっ、ふ、ふふふふふ……ッ!! ふふ……ッ!」
とうとう決壊し、耐えきれず漏れる笑い。
彼女の勝利、我々の敗北を決定づける音であった。
その声の主は――リリデス。
全員笑い出した。
このギルドはもう駄目であった。