5章おまけ「空を飛ぼう!」
――事務所へ行くと、リリデスが箒に跨っていた。
跨がりながら、ダンダン、ダンダンと室内を跳ね回っている。
表情は至極真面目である。一心不乱に、ダンダンと跳ねる、跳ねる、跳ねる。
目があった。リリデスは微笑んだ。
にこやかに、またもダンダンと跳ね出した。
リリデスが、おかしくなった。
そう、思った。
すぐ、思い直した。
元々、おかしかった。
いつも通りであった。
「…………」
驚くことに、モジャまで箒に跨っていた。
否。跨がらせられていた。リリデスに。
「跨がらせられていた」。言いづらい。合っているか不安になる言葉。
……無視して、一人でコーヒーを飲む。
その周囲を、リリデスが跳ね出した。
おもむろに、耳元で囁く。
「空を飛びたい――。ですよね、シルティさん?」
「別に」
「!!?!??!!??!?!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!?!?」
「感嘆符多ッ」
リリデスの驚愕。
箒を落とし、呆然と突っ立つ。
まるで世界が壊れたかのように――。
* * * * *
「あ、ありえ、あり、ありえません……!? そ、そ、空を飛びたいと思わない人がいる、いるだなんて、いる……!? え、いた……!?」
「そこまで驚かなくても……」
「驚きますよ!? 普通飛びたいでしょう!? 空ですよ!? ねえモジャさん!?」
「いや、ぶっちゃけ私もそこまで……」
「!??!???!?!?!??!!!??!?!??!?!?!?!?!?!?!!!???!?」
「疑問符多ッ……」
驚きのあまり、とうとう震えだすリリデス。
これまで培ってきた人類への認識が破壊されたようである。
狭すぎる認識が不安である。
「……まあ、気持ちは分かりますが。あのデーモンの飛行魔法……。確かに驚嘆の一言でした」
「ですよね!? ですよね!? あんな技術を一人で独占するなんてズルですよね!? 私達だって飛んでもいいですよね!?」
「色々と調べたのですが……。やはり、私の学んだ体系には一切ない魔術です。あの漆黒の攻撃魔法とて、どういった属性なのかさっぱり分からず」
「で、ですが! あのご老人に扱えたという事は、魔術師の人達……シルティさんにだって扱える余地があるということですよね!?」
確かに、可能性はある。
先程から彼女達がやっている、箒に乗って空を飛ぶというイメージ。
これが失伝せし古代魔術に拠って伝えられてきた形象であるとしたら……。
「……しかし魔術体系が分からぬ限りなんとも……。個人特有の魔法という線もありますし」
「可能性があるなら探求すべきです! 空を飛べるんですから! 空を!!」
「……。空を飛べたとして、リリデスはなにをしたいんですか?」
「違いますシルティさん! 空を飛ぶのは手段ではなく目的なのです! 人類は空を目指さねばならぬのです! 空を!!」
よくわからないが、熱意だけは分かった。
遊び心を忘れぬは、冒険者としての嗜み。
応えねばなるまい、彼女の夢に。
「……飛んでみますか、空」
「……え!?」
* * * * *
――鳥は魔術で空を飛ばない。
羽ばたきよる揚力と推進力。これで空を自由に飛び回る。
自然の造化が魔法に劣るなど、誰が決めた?
人類は素朴な力だけで、空を飛べるはず――。
「この書物の計算方法を使えば……空を飛ぶための翼の大きさをおおよそ割り出せます
「な、なんと! 魔法によらず物理力で……?」
「あなたの超圧倒的フィジカルさえあれば……人間が空を飛び回る事も可能であると、私は確信しています」
「! お、お願いしますシルティさん! 私は空を……飛びますッ!」
「ではリリデス、あなた体重を教えてください。これを元に計算します」
「……39kg」
「その身長で……?」
「ガリッガリですよそれ……?」
「い、いきなりそういうデリケートなことを聞かないでください! 割と気にしてるんですから!」
「あなたの高身長ならそれなりの体重なことは知っています。恥ずかしがらずに、ほら」
「……42kg!」
「リリデス……」
「結局骨と皮のみでは……?」
「42kg! 42kgです! 私は42kgッッッ!!」
42kgらしい。
190cm。42kg。
BMI11.63。即刻入院させるべきではなかろうか。
「……そもそもなんですがリリデス。あなた、身長も本当に190cm程度なんですか?」
「え!!? な、何を……!?」
「確かスティキュラが210cmらしいんですが……。それと比較するとこう、もう少し……いや、かなり高……」
「ジャスト190cmですがァ~~~~~~!?」
「…………。では190cmの体重42kgということで」
「お願いしますッッッ」
「いずれにしろ絶対マッチ棒体型ですよね……?」
190cm前半でサバを読むのであれば、私であれば自称189cmにする。
つまりはそういうことであろう。そういうことであろうが、仲間への情だけは捨てない。彼女は190cmである。そして42kgである。
「では計算をしましょう。42kgということは、N=412N、飛行速度は相当大きく見積もり20m/sとして……」
「…………」
「…………。片翼、約1.7mもあれば。面積にして1.4㎡……」
「! な、なんかいけそうな大きさですね!?」
「あなたの驚異的パワーと、夢への推進力を加味すれば可能な数値。早速翼の制作に取り掛かりましょう。フレームには軽量な竹を用いまして……」
「はい!!」
早速材料を手分けして集め、制作に取り掛かる。
こうなるとリリデスは優秀である。
本の知識を吸収し、翼弦も己で求め、設計図を自ら描いていく。
地頭の良さが伺えるというもの。
「……シ、シルティさん? 誤った前提で割り出した結果って、意味あるんですか……?」
モジャ。地頭の良さが伺えるというもの。その通り。
因果の関係性をよく知悉している。素晴らしい。
しかし人生における醍醐味はもっと知らねばならない。
「モジャ。生きる上で、『面白さ』を追求するのも大切な事だと思いませんか? あなたのシーフとしての強いこだわりのように……」
「…………。な、なんとなく……分かります」
「いいですか。リリデスの体重は42kgであり、BMIは11.63です。現状、一番大切なことです」
「そ、そうですね。リリデスさんは190cm42kgのモデル体型です、分かります!」
これぞ冒険者。私の見込んでいた通りであった。
我々は完遂する。リリデスの自由飛行を。
そして見届ける。リリデスの自由飛行を。
「できましたッ! 翼ッ!!」
「素晴らしいッ。場所は用意しています、いざ飛びましょう、自由へ!」
「はいッッ!」
――やってきたるは断崖。
高さおよそ200m。
魔法でどれ程の肉体強化を施したとて、普通であれば死は免れない。
「いきましょうリリデス! 飛びましょう、空を!」
「はいッ! リリデス、いきますッッッ!!」
――リリデス飛翔。
空へ。自由へ。理想へ。
「オ゛ッッッッッッ」
――リリデス落下。
地へ。重力へ。現実へ。
「…………」
「…………」
「……モジャ」
「な、なんです?」
「予想出来た分、思ったほど面白くありませんでしたね……」
「鬼かなにかで……?」
* * * * *
「――ひ、ひどいですよみなさん!? あのまま帰るだなんて!!?」
「怪我はありませんでしたかリリデス?」
「ありましたよ!? ほらみてください、この打撲痕と擦り傷を!!」
「いたそう」
「とっても痛いです!!」
「鬼かなにかで……?」
呟くモジャに、私は心から同意した。
~Fin~




