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6.リリデスと七色

 今日も当然のようにリリデスはやってきた。当然じゃない。

 カルラン劇場第三弾に怯えたが、今回紙芝居は持ち込まなかった。

 代わりに常識的なお土産を持参している。



「あ、あの皆さん、ケーキを買ってきましたので、どうぞお食べください……」



 暗黒紙芝居の次弾としては穏当であった。

 ケーキを食べながら談笑し、雰囲気だけでも元の鞘に収まりたい思惑が見える。


 しかし我々の対応は変わらず、無視。構ってはいけない。

 先日のような羞恥の大渦の前ではいざしらず、ケーキ程度にほだされはしなかった。

 はずだった。



「シ、シルティさん!? アレ……! アレ……ッ!」


「……え?」



 小声の主は幹部メンバーが一人、ギルドが誇る筆頭魔術師「七色のアエラ」。

 派手な攻撃に便利な補助、果ては回復と多種多様の魔法を高レベルで使いこなし、その名を広く轟かせる逸材。

 その名高き金髪縦ロールが揺れに揺れている。明らかに様子がおかしい、動揺している。


「あのケーキの箱……ッ! あ、あの有名店『ポワロ』の限定品じゃございませんこと……!?」


「……あ」


 そういえば、と思い出す。

 私とアエラとリリデス。女性幹部3人で、よく甘味巡りをしていたことを。

 スイーツに目がないアエラは何かと私達を街へと連れ出した。仲を深めんとする彼女の優しさだったのだろう。

 菓子を頬張りながらうんちくを語るアエラ、それを楽しそうに聞くリリデス、それを穏やかに眺める私。

 楽しい思い出の一幕。


 ――限定品目当てに数時間並ぶも結局買えず、涙目で悔しがっていた彼女の姿もはっきりと思い出した。

 そうだ、確か「ポワロ」である。ポワロの限定ケーキ。


 そこまで思いを馳せた時、ようやくリリデスの狡猾な罠に気付く。

 明らかにこちらへ……というかアエラ個人へと向けたトラップであった。

 よく伺うとあからさまにこっちを横目で見ている。確実に狙い撃ちしている、ものすごいチラチラ見てくる。



「……皆さんはケーキ、いりませんかね……? それでは私は失礼して、この苺をあしらったケーキを……あ、美味しい……!」


「あ、あぁぁ~!? シ、シルティさん!? シルティさん!? あれわたくしが! わたくしが絶対食べたかったストロベリーの……! ああぁぁ~ッ……!


 パクパクと飲み込まれていくスイーツを、ガリガリとテーブルを引っかきながら見るしかないアエラ。

 リリデスの一口は大きい。噛み締めながら食べるアエラとは対照的に、さほど吟味せず放り込んでいく。

 私の方が美味しく食べられるのに、私の方が堪能できるのに、そう言わんばかりの苦悶の表情。



「このケーキ……。苺の酸味と……クリームの甘みが、こう……なんともいえない……なんともいえない奴ですね~……スポンジとかも……いい味の……いい味の奴ですね~……!」


「~~~ッッッ!! ぐぎィイイィィ~~ッ!??」


 下手くそ極まりない食レポ。それが逆にアエラを大きく揺さぶった。

 自分ならもっとうまく感想を述べられる、感動を表現できる、そういう自負を刺激したのだ。


 アエラは揺れた。無視すべき義務、喰らいたい欲望の間で、揺れに揺れた。

 揺れながらコーヒー用角砂糖をボリボリ喰らいながら気を紛らわせ始めた。

 私はその光景を若干引きながら見ていた。

 嘘をついた、かなり引きながら見ていた。


「……」


「……実はもうひとつあるんですけどねぇ~……同じ種類の……苺の……」


「~~~ッ!? ふ、ふ、ふぎいィィ~~~ッ……!?」


 冴え渡るリリデスの挑発。

 そいつを一身に浴び、砂糖の混じった唾液をどばどば垂れ流すアエラ。

 私はこの日、初めて涎をこぼす成人女性を見た。気持ちのいいものではなかった。本当に。



「ふううぅうう~……! ふぐううぅぅ~……ッ!!」



 しかし彼女はまだ負けていない。歯を角砂糖と共に食いしばり、目を血走らせながら耐えている。

 極限の戦闘時においても見たことのない、鬼の形相。

 彼女のことを初めて深く知った気がする。あまり知りたくなかった。



「……ふ、二つ目も……いっちゃいましょうか……ねェ~……?」


「んぐううぅううぅ~~ッ!?? ふうぅううぅ~~ッ……!!」


 リリデスが大きく仕掛けてきた。

 アエラは前傾姿勢で今にも飛び掛からんばかり。こわい。

 二つ目にゆっくりと手を伸ばす化物、それを睨みつける鬼神。一触即発。



 ――しかし七色の魔術師は、ここでも耐えた。

 額には青筋。血走った目に、口から涎の滝と砂糖の流砂。怖すぎる。

 リリデスが二つ目、三つ目と平らげていくその様を、何だか色々なものを垂れ流しながら耐えたのだった。


 気づけば私は彼女の手を、静かに握っていた。

 強く握り返されたその手は、たしかに強者のものであった。

 正直引きながら観戦していたが、それでもその勇姿は称賛に値した。よくがんばった、よくがんばった――。




「……それ。一つくれねえかな、俺に……」


「! どうぞスティキュラさん! 美味しいですよ!」




 晩。狂乱のアエラにボコボコにされ、一層縮こまる暴腕がいた。

 悲しそうな、腫れ上がった眼でじっと床を見つめている。

 がんばれカルランマン、まけるなカルランマン。

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