6.何を学びし冒険者①
「――落ち着いてくださいモジャさん。深呼吸しましょう。我々がついていますから。大丈夫、大丈夫……」
「だ、だって……ッ! は、はぁッ、はぁ……ッ!? こ、これ……これ……ッ!!?」
落ち着けぬのも無理はありません。
ここは初心者の訓練用ダンジョン。危険を排して改装されたはずの場所。
本来、死人が出るなどありえないのです。
そのありえないはずのことが起きているのです。
そして、その異常事態に一層拍車をかけるのが、死体の損傷。
一つ目は、真っ黒焦げの焼死体。
二つ目は、全身穴だらけでズタズタの死体。
三つ目は……。
「惨い……」
「う、ううぅ、おえ……っ。はぁ、はぁ……ッ!?」
「…………。血は固まっていますが、腐敗は見られません。つい最近のものですね」
「シルティさん、どういうことでしょうか。全ての死体が一様ではありませんが……」
「明らかに異常ですね。まるで魔術による攻撃のような……」
「……というと、もしや仲間割れですかね? 何か仲違いをして、とか……」
「その可能性はもちろんありますし、私もそう考えておりました、が……」
「…………。ええ、これは、もう……。違うようですね……」
「あ、あぁ……ッ!? あ、は、はぁーッ……! はぁー……ッ!」
扉の先から放たれ始めた、強烈な威圧感。
モジャさんのような鋭敏な感覚を持たずとも、はっきりわかる殺意。
「あちら」がこちらに気付いたようです。
何か、いる。
「に、逃げ……ッに、逃げましょう逃げましょう!? これ……ッ! これぇ……っ」
「落ち着いてくださいモジャさん、落ち着いて……。シルティさん、逃走という手は?」
「厳しいですね。相手はこちらに気付いております。下手な逃走をうって隘路で背面攻撃されるのが最も危険でしょう。上層には罠もあることですし」
「モジャさんだけ逃してはどうでしょう? 我々がいるにせよ……魔法を扱う相手ということであれば、あまりに危険です」
「そうですね。共に戦うよりは良いでしょうが……。モジャ、動けますか?」
「はひぃッ!? わ、わか……ッ。はぁ、はぁッ……!? う、うう……っ!?」
「……。シルティさん」
「ええ」
突然の事態、平常心を完全に失っているモジャさん。
この様子では音もなく逃げ隠れる、というのは難しいでしょう。
それも致し方ないことです。こんなものを見せられては……。
となると……。
「……ここで敵を迎え討つのがベストでしょう。準備はいいですか」
「もちろんです」
「相手が何であれ、魔術を扱う敵だと推察されます。最も危険な部類……気を付けてください」
「心得ています」
「だ、あ……ッ!? ま、まっ待って……まってくだし、いぃ……!?」
「大丈夫ですよモジャ。我々にまかせてください。……リリデス、私は防御に注力しモジャを全力で護ります。あとは隙を見てあなたが」
「はい」
シルティさんが防御障壁を展開します。
守備に集中したシルティさんであれば、まず攻撃は通さないでしょう。
モジャさんを護っている間、私が突っ込んで敵を仕留める。これしかありません。
万全の態勢で敵を待ち構えます。が……。
「…………来ませんね。こちらが来るのを待っているのでしょうか」
「扉を開いた瞬間、攻撃してくる魂胆でしょうか」
「では私が扉を開きます。リリデスは私の後ろから相手をうかがってください。モジャは一番後ろへ」
「は、はひぃ…………ッ」
「……でしたらその前に。すみません、少しよろしいでしょうか」
「…………。ええ。手早くお願いします」
「はい」
――再度、亡骸の傍らへ。
彼らは、虚無の眠りへとつきました。
そのこと自体は素晴らしき幸福であり、祝福すべきことです。
もう、惨憺たる生に苦しむこともないのですから。
ですが。
床をガリガリと掻きむしったかのような跡。
苦悶の表情を浮かべた顔。這った血のしるべ。
死の直前まで、苦しみに喘いだ、数々の痕跡。
…………。
「どうか……虚無の抱擁の懐で……。安らかに……。穏やかに……」
祈りを。
神なき祈りを。
否。我が貴き「神」――虚無へと捧げる祈りを。
そして慈悲を。
徒に苦しみと悲しみを生み出す「何か」へ。
あたたかき救いを、今。
…………。
「……いきましょうシルティさん」
「開けます」
「ひぃ……ひぃ……ッ!」
扉が、開かれます――。




