5.迷宮を学ぶ
「――さて。ここから先は一本道ではなく、迷宮となっております。ここを抜ければ最下層です」
「ここからが本番ですよ! 敵や罠もたっくさん待ち構えておりますから慎重に行きましょうモジャさん!」
「敵や罠もたっくさん待ち構えておりますから慎重に行きましょうリリデス」
「はい」
「め、迷宮ですかぁ……。どうやって進めばいいんですかね……?」
「ここでは地図の書き方を覚えてもらいます。紙とペンをどうぞ」
「え……地図なんて書くんですか……?」
「とにかくダンジョンというのは入り組んだものが多く……場合によっては迷って出られなくなることすらあります。そのために地図製作は重要なスキルといえるでしょう」
「うへぇ……面倒くさいですね……」
「精巧な地図は学者や他の冒険者が買い取ってくれることもあります。それなりに高値がつきますよ」
「精一杯書きますよぉ!」
モジャさんのペースで、ゆっくりと迷宮内を進んでいきます。
罠や敵にも気を配りながら、確実に地図を作っていくモジャさん。
それにしても初めてなのに大変にお上手。これまた驚きです。
「重ね重ね器用ですねえモジャさん……。私、へにゃへにゃの地図しかできませんでしたよ」
「そ、そうですかね?」
「歩き回っていると方向感覚を見失いがちですからね。モジャはしっかりしていますね」
「ふへ。……なんか褒められてばっかりで、こう……うっへへへ……」
「モジャさんすごい! モジャさんすごい!」
「すごいすごいモジャすごい」
「ふ、ふへへへへ……」
褒める度に顔を赤らめ照れるモジャさん。
きっと慣れていないのでしょう、こうした子は以前もたくさん見てきました。
彼女の低い自尊心を高めるためにも、もっともっと褒めてやらねば。
「こんなにすごいモジャさんには……リリデスポイントを20pt付与しましょう!」
「……え? リ、リリデスポイント……」
「おや。リリデスポイントですよモジャ。これはすごいですね。すごいすごい」
「え? え? す、すごいことなんですかリリデスポイント……!?」
「私はまだ1ptももらったことがありません。これは偉業と言ってもよいでしょう」
「ギルドマスターの私から与えられる最高の名誉です! どうぞモジャさん!」
「あ、ありがとうございます! ええっと……貯めるとどうなるんです?」
「100pt貯まると、シルティさんポイント1ptに変換されます! がんばって貯めましょう!」
「え……ん……?」
「今回は初心者ボーナスとして、私からもシルティポイントを10pt差し上げましょう」
「えッ!!? 大盤振る舞いすぎませんかシルティさん!? 私ももらったことないのに!」
「リリデスも頑張るように」
「むう……!」
「あ、つまり……? ええと……シルティさんptを貯めると……。ど、どうなるんです?」
「いっぱい褒められます! すごいすごい!」
「すごいすごい」
「え? あ、え? わ、わあいわあい……?」
かくして一挙に10.2シルティさんptを稼いだモジャさん。すごい!
私も負けていられません。シルティさんptを貯めるためにも彼女を正しく導かねば。
なによりシルティさんに褒められたい。ああ褒められたい、褒められたい……。
「私も褒められたい……」
「すごいすごいリリデスすごい」
「ふふふ。んっふふふふ」
(大丈夫かなこのギルド……)
褒めつ褒められつ地図を埋めて行きます。
既にコツを掴んだようで、すいすい進んでいく我ら一行。
文字を教えていた時も感じておりましたが、この学習速度は並大抵ではありません。
とはいえ、やはり文字の記入には苦労しているようで。
「あ、罠がありますね。ええと……『罠』ってどう書くんですかね?」
「文字にこだわらずとも良いですよ。罠を象徴するマーク等でもかまいません」
「あ、なるほど。例えばどんなマークがいいんですかね……?」
「リリデスの顔でも書いておきましょう」
「分かりました」
「分からないで下さいません……!?」
地図上に続々と増えていく似顔絵。
まるで随所で私が待ち構えているようではないですか。
誠に不本意です。誠に。
「リリデスだらけになってきましたね」
「うへぇ……なにこの地図……怖……」
「怖いとか言わないで下さいよ! あなたが書いてるんじゃないですかモジャさん!」
「あっ……! そこの曲がり角の先……敵ですかね? 何か気配が……」
「リリデスかも」
「怖……っ」
「ここッ! 私はここッ!!」
「どれどれ……うわっ……! な、なんですかこの通路……棺がいっぱいありますよ……!」
「おっ」
少し広めの通路の両側に、たくさんの棺が並びます。
本迷宮のメインを張る場所とも言えましょう。
いわば「初心者殺し」。ふふふ。
「この棺には殉死者達が収められています」
「じゅ、ジュンシシャってなんです……?」
「高貴な身分の者が亡くなった際、後を追って死んだ人々のことです。希望して自死する者もいれば、強制的に殺される者もいたとか。死後の世界のお供だったり……それこそここのように、アンデッドとして墓を守るためにですとか」
「うえぇぇ……! 昔の人って信じられないことするんですねえ……」
「本当に信じられませんよねえ……死後には虚無が広がるばかりだというのに。死後には虚無が広がるばかりだというのに。死後には虚無が」
「圧が……」
「気にしないでください。では早速進みましょうか」
「い、いや、これ! これ多分、進んだら棺が空いてゾンビがビァーってくる奴では……!? なんか棺の中から気配が凄いですもん……!」
「ふむ。流石に鋭いですね」
「あらら……残念でしたねえシルティさん……」
「ざ、残念って……!?」
「ここは初心者洗礼の場所。悲鳴をあげるビギナーを眺めて楽しむドッキリゾーンでもあるのです」
「な、なんですかその性格の悪い楽しみ方は……」
「冒険者ですし」
「ゲスしかいないんですか冒険者……?」
「まあバレてしまっては仕方ありません、さっさと先に進みましょうか」
「聞きたかったですねえ、モジャさんのかわいい悲鳴……」
「発言がもう猟奇殺人者のソレなんですけど……」
という訳でドッキリ失敗。残念。
襲いくるアンデッドを屠りながら進みます。
ぶんぶんやってやります。ぶんぶん。
「あ。ここも地図に載せないと……。ええと……『危険』ってどう書くんでしょう?」
「リリデスの顔でも書いておきましょうか」
「分かりました」
「何故ッ!? それじゃ罠と判別できませんでしょう!?」
「ではモジャにとっての怖いものとかを書いてみましょうか」
「ああ。じゃあ……。…………リリデスさんを……」
「だから何故ッ!? どうあがいても私じゃないですか!? だから罠と判別出来ませんでしょう!!?」
「ですから猫耳のリリデスさんで差異を……」
「ね、猫耳……!?」
「怖かったですもんね、化猫リリデス」
「猫がちょっとだけ苦手に……」
「こ、怖くないニャン! 怖くないニャン!!」
「怖……っ」
地図に猫耳の私が付け加えられます。
かくして私だらけの地図が出来上がる運びとなりました。
誠に不本意ですニャン。
「不本意ですニャン……」
「怖……っ。……あ! あれ、階段ではないですか? 下層の……」
「ふむ。思いの外早く突破してしまいましたね」
「凄いですねえモジャさん。本来、もっともっと長く探索するものですが……」
「で、でも地図が全然出来てませんよ? ほら、こっち側とか……」
「完璧な地図を作る、ということであれば不十分ですが、今回はこれで充分ですよ。よくやりましたねモジャ」
「そうですか……。なんか夢中になっちゃいました」
「それにしても本当にお上手でしたね! 初めてとは思えない出来です。私だらけなのはアレですけども。本当に」
「うへへ……。ほら、家屋に侵入する時って、大体の構造を想像するじゃないですか? そういうの結構得意でしてぇ」
「い、いえ。侵入したことがないのでちょっと分かりませんが……」
「……これまでの総評となりますが。モジャ、分かりましたでしょう? 私があなたをスカウトした理由を」
「へ?」
「トラップへの対処、敵への警戒、方向感覚に空間把握能力等々……。あなたがシーフとして培った経験が全て、ダンジョン探索において高いレベルで活かされているということです」
「あ……」
「あなたは既に優秀な冒険者なんですよ。それを認識してもらいたいと思い、今日はここに連れてきたんです。どうです、自信はついたでしょうか?」
「……。そ、そうですね。そう言っていただけると、その……。ふへへへ……」
「ええ。本当に素晴らしかったですよモジャさん! 特別に50リリデスptを追加で差し上げちゃいます!」
「あ、ありがとうございます……」
「おや。こんなに優秀なのに50ptだなんて。もっと欲しいですよねえモジャ」
「は、はあ……」
「うーん……仕方ありません! 大盤振る舞いで3億リリデスptを!!」
「やりましたねモジャ」
「インフレ早すぎません……?」
さて、残すは本ダジョンメインのドラゴンゾンビ!
最下層は二部屋だけの構造。特に罠も雑魚敵もいないシンプルな造りとなっております。
流石にモジャさんには戦闘はさせられません。我らで適当に処理して、サンドイッチを食べて終了となりましょう。
謂わばもうゴールみたいなものです。
「レジャーシートにお茶……なんとなんとお酒まで持ってきちゃいました。ふふふ……」
「やっぱりピクニックだ……」
「シュラフにハンモックも用意してあります、使っていいですよモジャ」
「こっちはキャンプするつもりだ……」
そんなこんなで最下層へ。
広く、長い通路の先に巨大な扉が見えます。
あそこの先にボスがおりますが、既にリラックスムードが漂います。
……が。
「あれ。扉の前に……な、なんか転がってませんか?」
「おや。なんでしょうか」
「む。ゴミの不法投棄でしょうか? いけませんね、持って帰らねば!」
「昨今は冒険者によるダンジョン汚染が社会問題化しておりますからね。モジャもマナーをしっかりと守れる冒険者になってください」
「なんかもう登山みたいなノリですね……」
「……ん? ゴミにしては随分大きい気が……。あれ、もしかしてアンデッドでは?」
「おや。おかしいですね、この階層には居ないはずなんですが」
「うへえ……。でも動いてないですし、無視していっちゃ……って、も……。…………」
「…………。…………………」
「……っ」
近付いて。
最初に息を呑んだのはモジャさん。
続いてシルティさん。
私もすぐでした。
「え、は……!? ……ッえ!? えッ!!?」
「これ、は……。…………」
「……リリデス、警戒を。モジャ、私の後ろに」
「……ええ」
周囲を警戒。
敵はなし。
壁面。
無数の傷。
焼け焦げた痕。
「こ、これ……ッ!? え!? だ、だって……初心者ダンジョンって……え!?」
「……切り替えていきますよ二人共。訓練は終了です」
「はい」
「……はぁーッ、はぁーッ……ッ……はぁーッ……!?」
――転がっていたのは、三つの死体。
アンデッドではありません。
我らと同様、冒険者の死体。
ピクニック気分はもうおしまい。
平和に始まり、平和に終わるはずの冒険でしたが。
このイレギュラーこそ「冒険」……というには、あまりにおぞましい事態で――。




