4章おまけ「ミナトの『恋』」
「ううーっ……。んんー……」
リリデスさん達の依頼を受けてから数日。
僕は今、眠れぬ日々を過ごしています。
見事に件の盗賊を捕まえ、仲間に引き入れたと聞いた時から。
僕の頭はその子――モジャさんなる方に支配されています。
気になって気になって、どうも冷静ではいられないのです。
あの時見た、微かな――そう、微か過ぎる足跡。
誰に対しても情報を与えない、あの奥深き痕跡。
狩人にとって、これ以上に興味深いものが果たしてあるでしょうか?
それを作る人物が――決して会えないと思っていたその人物が、リリデスさんのギルドに。
なにより、シルティさんが彼女を語った時の情熱的な目!
技術の一端を見たであろうあの目こそ、まさしく彼女が「本物」であることを物語っていました!
会いたい。
是非とも、会いたい。
会って、その類まれなる技術の妙を見せてもらいたい……!
しかし相手はシーフ。
ただで技術を見せてくれるとも思えません。
諦めようと何度も言い聞かせますが、ハンターとしての心が、それを許しません。
「……。見て『盗む』……いや、『狩る』しかないのかな……」
シーフを「狩る」。
……これは「狩人」と「盗人」の戦い。
僕の空虚な心が、珍しく燃えてきました。
狩人として。
必ずや彼女を「狩る」――。
* * * * *
「あれが、モジャさん……」
時刻は夕刻。旧ギルド事務所前。
出て来るは三人の女性。
リリデスさんにシルティさん、そしてモジャさん。
距離、約五十メートル。多数の往来。
物陰に隠れつつ、この間隔を保ち尾行を始める事にします。
「……ん? ……? …………??」
「? どうしましたモジャ?」
「う、うーん……? なんか……見られているような……?」
――驚愕。
視線に、気付いた? この距離と人混みで?
この感覚の鋭さ。なんという……!
「見られている? どういうことですモジャさん?」
「うーん……。なんだかねっとりとしたスケベでいやらしくて気持ちの悪い最低な視線を感じまして……」
「なんと!? この雑踏の中に品性下劣で賤しき性犯罪者でも紛れているのでしょうか!?」
「凶悪な変態性欲者がいるのかもしれません。モジャ、今日は送っていきましょう」
――弁明しに出て行きたい気持ちを、必死に抑えました。
初めて浴びせられる罵詈雑言。傷つく心。せ、性犯罪者……。
……とりあえず、僕の耳が機能する限界まで距離をとります。
「……。いや、やっぱり気のせいかも……? うっすら感じただけですし……」
「でしたらいいんですが……」
「心配ですね」
…………。
試しに、また近づいてみます。
「! や、やっぱりいるかも……! 気味の悪い粘着質で卑猥で淫らな視線を確かに感じます……!!」
「や、やはり送っていきましょう! モジャさんを狩ろうとするドスケベハンターがいるかもしれません!!」
「許せませんね。ドスケベハンターの魔の手から必ずやあなたを守りましょう」
――強力な精神攻撃。
折れそうになる心を、必死に保ちます。
……僕、そういう視線なんでしょうか……?
ドスケベハンター……?
…………。
……なんとか気を強く持ちまして。
ギリギリの距離を保ちながら、後を追います。
三人は周囲を確認しつつ、足早に歩いていきます。
ここから見るに、どうも普通の歩法。
しかしこの距離では確かな事がわかりません。
もしや繊細なる高等技術を、今も用いているのやも?
……危険を承知で、もう少し近づいてみます。
狩人としての技術を総動員し、気配を消しつつ――。
「!! い、います! この世の淫猥を全て煮詰めたような、ありえない程に気持ち悪い肥溜めみたいな視線です……!」
「一体どのような倒錯者なのでしょう!? それほどの邪気をもった人非人が野放しとは!!」
「位置さえわかれば、その陰険たる異常性欲者を捕まえてやれるのですが……」
――過呼吸。
たった一言でも潰れそうになる程の重き罵倒。
既にキャパシティを超えた僕の精神。
……もしかして。
自分が気付かないだけで、日頃そういう邪悪な気を放っていたのでしょうか?
実は周囲から「異常性欲者」と思われていたのでしょうか?
裏では「ドスケベハンターミナト」とか呼ばれているのでは?
だとしたらどうしよう、絶対に立ち直れない。死ぬしかない……。
……いけない。被害妄想が次々と……。
悪い考えを振り払うよう、今一度気を強くもちます。
僕にそんな邪な気持ちなど毛頭ないのですから。
そうです。僕は狩人として、シーフたる彼女の技術を純粋に――。
「うーん……。確かにいるんですけれど、気配が消えたり出てきたりしますねぇ……」
「モジャさんの感覚でもはっきりと捉えられぬ者……。もしや盗賊ギルドの関係者だったり……?」
「付け狙う明確な理由はわかりませんが、何にせよ卑怯者に変わりはありませんね」
「ええ、そのとおりですシルティさん!」
「――どんな理由があろうと、女性を尾行するなど最低最悪な行いですからね!!」
――心が砕けた僕は、泣きながら帰宅しました。
誰にも届かぬ謝罪の言葉を呟きながら、苦手なお酒を浴びるよう飲みました。
生まれてきてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――。
* * * * *
「――普通に、頼んでみよう……」
心が折れて尚、僕の情熱は変わっていませんでした。
どうしても、知りたい。彼女の技術の一端だけでいいから、知りたい――。
しかし女性を影から付け狙うなど言語道断の行い。決してもうしません……。
ならばあとはもう、誠心誠意頼むしかない。
しかしどうも望みが薄い気がします。
己の技術を教えるシーフなど、考えられません。
……お金で、なんとかならないでしょうか。
質素な生活を心がけています、蓄えはかなりあるのですが。
とりあえず持てるだけのお金を持って、ギルドを訪ねてみます。
当たって砕けろの精神で――。
「――べ、別にいいですけどもぉ……」
「……えッ!!?」
仰天。
駄目元で頼んでみましたら、あっさり承諾。
絶対に難色を示されると思ったのですが……!?
「ほ、本当ですかモジャさん!? い、いいんですか!? 盗賊としての技術を知られても……!?」
「ま、まあ……。知られた所で、私自身は何も変わりませんしぃ……」
「……!!」
培った技術を、隠さず教える事!
これは己が技に絶対の自信がなければ決して出来ません!
ああ、こっそりと探ろうとした自分が恥ずかしい! 本当に恥ずかしい!!
「本物」を眼の前にして、僕は感激しています!!
「あ。で、できれば、ミナトさんの追跡技術を代わりに教えてもらえれば……。へへへ、私としても嬉しいんですけど……」
「勿論です! 勿論です! 勿論です! 互いに高め合っていきましょうモジャさん!」
「良かったですねミナトさん! こういう技術交換っていいですねえ……!」
「これほど興奮するあなたは珍しいですね。気持ちは分かりますが」
「……あ、で、でも私、言葉で伝えるのは下手なのでぇ、そこは感覚で掴み取ってもらうしか……」
「構いません! 僕の全神経をもって掴み取りますとも!」
「で、では、何をしましょう? 何が知りたいです……?」
「そうですね! どうしようかな!? えーっと……!!」
やはり一番は歩法! 彼女の特殊な歩行技術が知りたい!
どういう足捌きで、どういう体重移動で、どういう速さで……!?
それらの技術を、僕の全感覚で捉えるには、どうしたら……!?
そもそもモジャさん、常人同様の足の形なのでしょうか!?
実は特殊な身体構造を持っているとか……!?
そこも確認しないと……!
これらを端的に知るためには……!!
――――!!
「! そ、それではモジャさん!!」
「は、はい」
「寝っ転がる僕を素足で踏んでくださいッ!! あ、これお金ですッ!! よろしくお願いしますッ!!」
「――おかえりーミナト君。……え、どうしたの? な、泣いてる……?」
「生まれてきてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……!!?」
~FIn~




