13.盗人に光を
「――ひっ、ひぃっ、ひっ、ひ、ひぃん……っ、ひ、ひっ、ひんっ……」
「ごめんなさいごめんなさい……。モジャさん、ごめんなさい……」
合唱も終わり、モジャの言葉にならぬ咽び泣きが延々と続く。
私は彼女に心の底から同情心を抱いた。
猫だと思ったら四足歩行の化猫リリデスが突撃してきたのだ。
失神したっておかしくあるまい。彼女は頑張った。
「モジャさん泣き止んでください……もう二度としませんから……」
「だ、だっ……ひっ、ひぃ……っ。にゃ、にゃんこぉ……ひっ、ひっ……」
「本当に二度としないでくださいねリリデス。正直今までで一番怖かったです……」
「ふ、封印します……」
リリデスに優しく抱き抱えられながら震え続けるモジャ。
なんとか落ち着かせなくてはならない。
ならないのだが。
困った。
彼女を見ていたら、冷静ではいられない。
「いけません、興奮してきました」
「!? ひ、ひぃ、ひぃぃん……っ!?」
「!? な、何か誤解を与えるような発言が……!?」
「失礼、アレな意味ではありません。……モジャ、我々はあなたを捕まえに来たのではありません。話をしにきたのです」
「ひ、ひっ……!?」
震える彼女の手を、強く握りしめる。
募る思い、ストレートにぶつける他ない。
「……モジャ。私はあなたに感動したのです」
「う、う……!?」
「私はあなたを誤解していました。ただの一介のシーフであると。しかしそれは違った……。モジャ、私は……」
「……?」
「あなたが欲しい……」
「ッ!!? ひ、ひあ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああ゛!?」
「ッ!!? シ、シルティさん! アレな意味に! アレな意味に聞こえます!」
「失礼、アレな意味ではありません。……モジャ、私はあなたに感動したのです。高度な技術に身体能力、土壇場で発揮したあの胆力、化猫を見ても気絶しない強い精神力……」
「最後はちょっと違いません……?」
「あ、あうぅ……?」
「モジャ。あなたを我々のギルドへスカウトしにきました。我々と共に、冒険者になりませんか?」
「ス、スカウ……え?」
「はい。今後泥棒稼業はやめて、私達と一緒に冒険者になりましょう、そうしましょうそうするしかありません決まりですねありがとうございますでは手続きはこちらの方で今後ともよろしくおねがいします」
「!? あ、ちょ、ちょっ……あ、あうう……!?」
「シルティさん、冷静に……!」
「失礼。ええと……モジャ。冒険者になりましょう。冒険者になりましょう。冒険者になりましょう。冒険者になりましょう。冒険者になりましょう」
「ひぃッ!?」
「シルティさん……」
「……申し訳ありません。少し落ち着きます」
深呼吸。深呼吸。深呼吸。
しかし落ち着いた所で、これ以上何を話せばいいのだろう。
気持ちばかりが溢れて言葉が固まらない。やはり対話とは難しいものだ。
少し困っていると、彼女の方から語りかけてくれた。
「あ、あ、あの……。ぼ、冒険者……って……わ、私……を、ですか……?」
「! ええ。あなたを、です」
「な、な、何で……?」
「私はあなたに惚れ込みました。あなたが培ってきた技術、冒険者として必ず輝きます」
「い、いや……。でも。私、泥棒しか……」
「それは違います、あなたが自分の能力の活かし方に気付いていないだけです。私にはそれが、たまらなく惜しいのです」
「……」
「……モジャさん。私達は、あなたに更生してもらいたいと……。そう思っているんです」
「こ、こ、更生……ですか……?」
「はい。あなたの歩んできた人生がどんなものかは分かりませんが、とても辛い境遇であったことは推察いたします……。しかし今までがそうであったからといって、これからもそうである必要はないのです。泥棒はやめて、今後は私達と日の当たる世界を歩きませんか?」
「モジャ。どうか私達と一緒に」
「……あ、あ、あの。……その。……」
「……」
「……」
「ふ、普通に嫌です……」
「……冒険者になりましょう、冒険者になりましょう、冒険者になりましょう、冒険者になりましょう」
「マァァアアーオォア゛ァ゛……」
「ひああぁ゛ぁ゛ああ゛あ゛!? や、や、やっぱり脅しじゃないですかああぁぁあ!!?」
「……何故嫌なのですかモジャ。だって冒険者が……冒険者に……冒険者……ぼうけん……」
「いやだって怖いですもん! さっきからずっと怖いんですもんお二人ッ!!」
「そ、そんな事ありません! 我々のギルドはアットホームな職場ですよ!?」
「この世で最も信用出来ない文言じゃないですかそれ!?」
「真っ当な道を歩いてみたいとは思わないのですかモジャさん……!?」
「だ、だ、だって……! わ、私、ずっとシーフとしてい、生きてきた訳で……! ……っそ、そりゃ最初は、仕方なく盗んできた訳ですけども……。で、でもこの生き方は、今は……す、すごく気に入って、いる、と、いいますか……」
「しかしモジャさん、シーフというのは……!」
「り、理解されずとも……っ! わ、私は、それが、か、かっこいいと……! そ、それをやめるというのは……。やっぱり、その……。で、できませんよ……。私、シーフですもん……シーフが、いいですもん……!」
「モジャさん……」
「ふむ……」
「ご、ご、ごめんなさい……」
分からない、ではない。
これほどの高い技術を持った人間。
己が仕事に対しての矜持がなければ嘘だ、楽しさを感じていなければ不可能だ。
生粋のシーフなのだ、彼女は。
……。
「……ではこう考えてはどうでしょう。シーフをやめるのではなく……。シーフでありながら、冒険者となるのです。シーフのままに、冒険者になりましょう」
「……? シーフのまま……?」
「ええ。もちろん我々のギルドに入る以上、法に抵触する窃盗行為は見逃せません。それだけはこちらとしても譲れぬ線ですが……」
「……」
「法に抵触せぬ『シーフ』のあり方とてあるでしょう。そのあり方の中で、今まで磨いてきた『盗み』の技術を活かせる道とてあるはずです」
「……え、え? …………? そ、それって……その、どういう……?」
「私はシーフへの造詣が深くありませんし、あなたの理想とするシーフ像次第でもありますが……。法を犯すことが本質ではないはずです。音もなく侵入し、鍵を開け、罠をかいくぐり、気付かれず盗み、隠れながら逃げる……。冒険の最中、そういった技術が役立つ場面はたくさんあります。合法のものとして」
「……」
「盗賊ギルドを抜けた今。――販路もなく、そのため存分に盗むこともままならなず、燻っている今。あなたが『シーフ』として真に輝ける場所は、冒険の中にあると。私はそう確信しております」
「う、うう……?」
「……今すぐの返事でなくとも構いません。しかしあなたが現状を変えてみたいと思うなら……。どうか我々を訪ねてきてください。歓迎いたします」
「あ。う……」
「合わないな、と思ったら辞めればいいのです。気軽に考えてみてはいかがでしょう? 私達はあなたを待っていますよ」
「ええ! 待っていますよ、モジャさん! 是非、是非!」
「う……」
「……伝えるべきことは伝えました。お騒がせしましたねモジャ。では行きましょうリリデス」
「ええ。それではモジャさん。いずれまた……!」
「あっ…………。…………」
伝えるべきは、伝えた。
これ以上の言葉は尽くせない。
これで駄目なら、諦めもつく。
いやつくだろうか。つかないかもしれない。多分つかない気がする。参った。
……スラムから抜け、月夜の夜道。
リリデスと共に事務所へ。
期待と不安。来てくれるだろうか。
「それにしてもシルティさん。私、改めて感服致しました」
「なにがです?」
「私が指し示そうと思っていた道は、シーフであることをやめさせて更生させる道でした」
「それがベストなんでしょうけどね」
「しかしシルティさんは、シーフでありながら更生させるという道を指し示しました。……モジャさんの性格を考えれば、これこそ正しき導きであると。強くそう思います」
「……。来てくれるといいんですけども」
「……来てくれなかったらどうします?」
「その時は。そうですね」
「……」
「……一緒に傷付きますか、リリデス」
「ふふ。ええ、是非……!」
やけ酒用に、酒を何本か買っていった。
祝杯用になることを願いつつ……。




