12.盗人vsにゃんこ
ゴミ山到着。
月明かりの下、遠くに朽ちた小屋を確認。
側に、二枚組の鉄板。
この下に、モジャ。
ここからは慎重に行く必要がある。
慎重に慎重を重ね、そこへ慎重を上書きした所に慎重をまぶす。
それ程に用心を重ねねば、恐らくまた逃げられる。
深呼吸。
二回、三回と深呼吸。深呼吸。
……深呼吸。
「落ち着きましたか、シルティさん?」
「ええ、多少は」
「もう一度深呼吸しましょう。はい」
「……ふぅ。……重ね重ねすみませんリリデス、先は随分と迷惑を」
「いえいえ……。……思えばシルティさん、私と出会った時も似たような感じでしたね……」
「? そうでしたっけ」
「第一印象は『情熱的な人』でしたからね……。ギルドに誘われた時のこと、思い出してしまいました……」
「ああ、言われてみれば……。あなたというとんでもない才能を目撃した瞬間でしたからね。興奮していたのでしょう、今のように」
「シルティさんから見て、モジャさんもやはり?」
「彼女の技術、私の常識を遥かに超えます。出会ったことのない……未知の技術とでもいいましょうか、計り知れぬ物を感じます。今ではミナトの驚きにも得心がいきます」
「シルティさんから剣をすりとるぐらいですからね……どうやったんでしょう?」
「全く分かりませんが、ひとまず構いません。信頼関係を築けば、いずれは教えてくれるでしょう」
「そのためには、まず仲間に……ですね」
「その通りです」
ここからが勝負だ。
どうやって近づくか。
あの店主は三つの方法を示した。
足音をさせずに近づく。我々には不可能だ。
音を別の音に紛れさせる。異音がしただけで今の彼女は逃げる、間違いない。
ならば取りうる方法は最後のひとつ。
「とにかくじっと待つしかありません。彼女が出てくる所をおさえましょう」
「持久戦ですねえ……」
ここにモジャがいる確証もない。
別の出入り口から逃げられる可能性も大きい。
それでも待たねばならない。いくらでも待とう。彼女を仲間にするためならば。
物陰で二人、じっと潜む。
「これ、恐らく朝までかかりますよね」
「朝で済むか、昼までかかるか。夜になっても出ないか……。リリデス、あなたは途中で帰っても」
「まさか! 最後までお付き合い致しますとも」
「心強いですね」
三十分経過。
当然モジャは現れない。
一時間経過。
なんの兆候もない。
二時間経過。
猫がすり寄ってくる。かわいい。
リリデスが、気付く。
「……ここ、猫が多いですね」
「ええ、そうですね」
四、五匹の猫が、そこらをうろうろしている。
随分人馴れしている様だ。先程の猫も寝転がってリラックス。
大変にかわいい。
「……シルティさん、あそこを御覧ください。あれ、猫用の餌置きではありませんか?」
「おや。そのようですね」
「もしかしてあれ、モジャさんが用意したのでしょうか?」
「他に人が住んでる様子もありませんし、そうかもしれませんね」
「猫がお好きなんでしょうか?」
「可能性はありますが」
「なるほど……。…………」
「……どうしましたリリデス?」
「……実は私、動物の鳴きまねが大の得意で……。特に犬や猫、カラスあたりは他の追随を許さぬレベルでしてね……」
「……はあ」
「ええ」
「……」
「……」
「…………。いや、そう言われましても」
「いやいや、本当に! 本当なんですよシルティさん! 少女時代の青春を注ぎ込んだ傑作ものまねでしてね……!?」
「貴重な青春をなんという浪費……」
「もしモジャさんが大の猫好きだとしたら……。猫の鳴きまねでモジャさんを誘き寄せられるかもしれませんよ!」
「以前見たクレインものまねは惨憺たるものでしたが……」
「そ、そうですか……? 一応自信作だったんですけども……」
「ひとまずものまねは……。そんな古典的方法に引っかかるとも思えませんし……」
「そうですか……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……っ。…………」
「……? シルティさん?」
一度そんなこと言われると。
すごく聞きたくなる。
すごく聞きくなってきた。
リリデスの、猫。
「……リリデス」
「はい?」
「…………猫、おねがいします」
「! い、いいんですか……!?」
「……お願いします」
「で、では……! んんっ……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……アァァァァァア゛ーーーァァオォォア゛ァ゛……」
「……」
「ァアアーアアウウゥウ……! ゥウアア゛ァ゛ァアアアアオオオオア゛ア゛ァア……!!」
「…………」
猫。いや、猫だが。
何故よりによって威嚇時の声なのか。
滅茶苦茶似ているが。似ているけれども。
毛ほどもかわいくない。
「……ウァア゛ァ゛ァア゛アアアァアーアウウウゥゥ……! ア゛ア゛ァ゛ァアーオ゛オォォオアァア゛……!! ア゛ァ゛ァアァーアァウウゥ!!」
猫だ。確かに猫だ。
そのうえ二匹の猫声を巧みに使い分けている。喧嘩している猫だ。
青春を浪費しただけのことはある。あるが。
毛ほどもかわいくない。
かわいくない…………。
「ゥウ゛ア゛ァアァァアアアオオァア!! ァ゛ア゛ア゛アアオアオオア゛ア゛アァアッ!?」
「……リ、リリデス。もう結構です。もう充分……」
「ァァアアアーーオオォァア゛ア゛!!?」
「……!?」
目がキマっている。
猫が憑依してるとしか思えない。
怖い。本当に怖い。ものすごく怖い。何よりかわいくない。
それにしたって声が大きすぎる、これはまずい。
異変を感じたモジャが逃げてもおかしくない。
リリデスを揺さぶり、正気に戻す。
「リリデス。リリデス……」
「ァ゛ア゛アアーーォァアア゛ア゛ァ゛!!?」
戻らない。
リリデスが猫と化した。
完全なる化猫である。怖すぎる。
怖いがなんとかしなければならない。このままでは本当に逃げられ……
「んもー? どうしたんですかにゃんこちゃん? 喧嘩しちゃあ駄目……で……」
「あ」
「ゥア゛」
「え」
出た。
「……ッ!!? どっ……おっ……えええぇぇぇええ!?」
「リリデスッ!」
「フゥァア゛ア゛アオオ゛ギャラニャラオララァアゴアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛ぁ゛ぁ゛あ!!??」
化猫突進。
パニックの盗人。
捕獲、成功。
「ア゛ア゛ア゛ーオ゛オ゛ァ゛!!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ご゛め゛ん゛なさい゛ごめん゛な゛さ゛殺さ゛な゛ッッああ゛あ゛っ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁああ゛あ゛!!?!?」
「ミ゛アァ゛アア゛ァア゛ア゛アーオ゛ァアアア゛ア゛アァ゛!!??!?」
「や゛あ゛ああ゛あっ゛ああぁ゛ぁ!? あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁあ゛あ゛!!? あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ああ゛あ゛あ゛!!!?」
「……」
美しき月明かり。
照らされるゴミ山のスラム。
化猫と盗人。きったない二重奏が続いていく。
「フシァア゛アアアオ゛ァ゛ア゛゛アア゛ァ゛アァ゛ア゛アララ゛゛アァ゛ア゛オァア゛!!!?」
「あ゛ああ゛あ゛゛あ゛ぁあ゛ぁ゛ぁ゛ああっ゛!!??! ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あああ゛ああ゛あ゛ぁ゛ぁっ゛!??!? や゛ああ゛ああ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁあ゛゛っ!!?!?」
月光も台無しの夜であった。




