10.盗人vs導きの光
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! ひぃ、ひぃっ……、ひぃ……っ!」
「リリデス! あそこです!」
「心得ましたッ!」
「うひいぃ!!? ひぃ、ひぃ、ひぃ……っ!」
気付くのが早かった。まだ視認できる距離にいる。
遠いが、まだ充分追いつける。
しかしこの期に及んで逃げるとは。
やはり更生の可能性は薄いだろう。
リリデスには悪いが、やはりこのまま自警団へ突き出……
「!? リリデス、何故あなたハンマーを……!?」
「あっ!? な、なんか反射的に……!」
「ッ!? い゛や゛あ゛あ゛ああ゛゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛!!?」
「ものすっごい怯えさせてるじゃないですか! 聞く話だって聞きませんよこれは……!」
「そ、そんなつもりでは……! ああぁ、私としたことが……!」
超重量級の武器を持ちながら、私と同速で追うリリデス。半端じゃない。
往来の石畳を破壊しながら獲物を追う姿はまさに化物。
恐怖で泣き叫ぶモジャ、最早対話どころではあるまい。
もうなんのために追っているのかも分からなくなってきた。
「……まあいいです。引き渡すにせよ更生させるにせよ、捕まえてから考えましょう」
「な、なんとかなりますから! なんとかしますから!」
「はぁ、はぁっ、はぁ、ひぃ、ひぃ……! ……ふっ!」
「! 流石に身軽ですね……!」
建物の壁を駆け上がり、屋根伝いに逃げ始める。
素早さもさることながら、身のこなしが尋常ではない。
しかしこちらとて身体能力は負けてはいない、彼女を追い屋根へ……。
「ではいきますッ!」
「!? リリデス、あなたは地上から……!」
「はッ!!」
地を蹴るリリデス。
空中へ飛び上がるリリデス。
颯爽と屋根へと降り立つリリデス。
例の超重量級ハンマーを抱えているリリデス。
「あっ」
崩れ落ちる屋根。
消えゆくリリデス。
終わった……。
「ああぁぁぁあぁぁぁごめんなさいいぃ……っ」
「…………」
リリデス脱落。
……気を取り直し、一人で追跡。
家屋の修繕費やらなんやらが頭をよぎるが、一旦忘れることとする。
壁を駆け、屋根へ。
家々の間を飛ぶように逃げていくモジャ。
身軽さはあちらに分があるが、なんとか食らいつく。
「ひぃ、ひぃ……っ!」
(さて、どうするか……)
攻撃魔法を使えば、彼女を止めることはできる。
だが傷を負わせる訳にもいくまい。やはり接近は必須。
仮に相手が立ち向かってきても、こちらとて剣技には自信がある。
無傷での制圧、訳はない。
問題はどう追いつくかだが……。
「は、はあっ、はぁ、はぁ……っ! はぁ、ひぃ、はひぃ……!」
段々とモジャの動きが鈍くなってきた。
体力は圧倒的にこちらが有利。そのうえ相手は恐怖で平常心を失っている、あとは時間の問題。
このまま見失わないよう追跡するだけでいい。
「……! う、うう……っ!」
振り切れないと判断したのか、また地上へ。
もう体力の限界か、飛び跳ねる気力もないようだ。
そのまま逃走を続けるも、既に敏捷さはない。
徐々に距離を詰めていく、と……。
「……っ! はぁ、はぁ……はぁ……っ!」
「!」
橋上。
モジャが突如振り向き、対峙してきた。
まだ顔には怯えが見える。息も絶え絶え、汗で髪の毛がべったり額に張り付いている。
しかし、決心を固めた目。
「はぁーっ、はぁーっ、はぁ、はぁ……っ! うう……っ!」
「む……」
どこに隠し持っていたのか、右手には短剣。
逃走は諦めたようだが、抵抗は続ける様子。
だが好都合だ、これならば無傷で確保可能。
相手はシーフ、搦手に注意を払う必要はあるが、対応はできよう。
こちらも剣を抜き、一気に距離を……。
……。
「ッ!!?」
剣。
腰の剣が、ない。
馬鹿な。
忘れた?
いや、そんなはずは。
さっきまでは確かに。
何故。
「はぁーっ、はぁーっ……ふ、ふへへへ……っはぁーっ、はぁーっ……!」
「……ッ!?」
モジャが、私の剣を持っている。
理解出来ぬ状況。近付いてすらいないはず。
いつのまに。どうやって。
「……ええいっ!」
「あ……」
剣が、橋の上から川へと放り投げられた。
途端にまた逃走を開始するモジャ。
大事な愛剣だ、すぐに拾いに行かねばならない。
しかしそれでは、もう追いつけない。どうするか。
いや、こうして迷っている時点で、もう……。
「…………」
逃げられた。
余裕で制圧できると、そう思っていた。
しかし結果はどうだ。完敗だ。
呆然と、立ち尽くす。
剣を探さねば。
しかし体が動かせない。
……。
「シ、シルティさぁあぁん……! す、すみません、すみません……っ! あ、あの、モジャさんは……!?」
ようやく追いついてきたリリデス。
状況を説明しなければならない、のに。
出た言葉は。
「……素晴らしい」
「え? シルティさん?」
「……リリデス。決めました。事務所での前言を撤回します」
「な、なんです? どうしたんですかシルティさん? というかモジャさんは……」
「彼女、ギルドに入れましょう。冒険者にさせます」
「……はい!?」
陽が落ちんとする橋の上。
夕日に照らされながら、静かに、だが強く決心した。
盗人モジャ。
必ず、ギルドに引き入れる。




