9.盗人尋問
「――お、おしっ、おしまい、です! み、皆さん楽しかったですね~……!?」
「…………」
「…………」
拷問中、颯爽とカルランマンが助けにやってくる妄想をしていた。
カルランマンはやってこなかった。非情である。
モジャを見ると、顔を赤らめて俯いていた。本当にかわいそう。
しかしなるほど、確かに泣き止んだ。
「……さて、気を取り直して。尋問の再開といきますか」
「うええぇ……!? い、い、今の、今の時間はなんだったんですか……!?」
「モジャ、あなたがちゃんと話してくださいませんとまた拷問が始まります。正直にお話しください」
「!? わ、わわ分かりました全部お話します……っ」
「ちょ、ちょっと!? 罰ゲームみたいな扱いにしないでくださいませんか……!?」
「ええと、ではまず。あなたは昨晩、ここに侵入して盗みを働いた。それは間違いありませんね?」
「ま、ま、間違いありません、ごめんなさいぃ……っ」
「篭手はこちらで見つけましたが、金庫のお金はどちらに?」
「こ、こ、腰のっ! 腰のポーチに……っ! ま、まだ、まだ使ってないですから許してぇぇ……!」
「あ! 本当ですありましたよシルティさん!」
「ああ、ほっとしました。……では他に盗んだ物も返してもらいましょうか」
「うええぇ!? ぬ、ぬぬ盗んでません盗んでません!! 篭手とお金だけで……! 本当です本当です本当ですぅ……っ!!」
「かまをかけましたねシルティさん……」
「我々の見落としの可能性もありますから」
「う、うう、本当にその二つだけです……! ごめんなさい、ごめんなさいぃ……っ」
「ついでに私のスケッチも返してもらいましょうかリリデス」
「駄目でーす返しませーん」
「盗人猛々しいとは思いませんかモジャ」
「え……? な、なんの話で……?」
「ふふふーん」
「……さて。これで盗品を取り戻すという我々の目的は早々に達成しましたが。リリデス、どうします?」
「あ。一応答え合わせと、例の疑問を……。あと折角の機会ですし、ちょっと色々聞いてみませんか? シーフの方と会うのは珍しいことですし……」
「そうですね。……モジャ、あなた裏口から侵入しましたか?」
「え? そ、そ、そうです、その通りで……」
「……ふむ、確かにうっすらと香水の匂いがしますが。これは犬避けですか?」
「!!? な、ななな、なんでし、知っ……え!?」
「ばっちり当たってますね、流石ミナトさんです」
「う、うう……!?」
「では例の疑問を。モジャ、あなた何故篭手を盗んだんですか?」
「……え?」
「これさえ盗まなければ犯行の発覚は遅くなり、我々があなたを捕まえることもなかったでしょう。何故です?」
「あ、そ、それは……その、じ、じ、実は、最近っ、ギルド……っ、あ、盗賊のギルドを、ぬ、抜けましてですね……?」
「それで?」
「そ、それで、ちょ、ちょっと稼ぎが少なくなって……そしたら、立派な篭手があるから、こう……よ、欲が出ましてぇ……危ないかなとは思いつつ……け、け、経験上、大丈夫かな、って……ふ、ふへへ……。結局買い叩かれちゃいましたけど……」
「……」
「……」
「え? ど、ど、どうしました……?」
「な、なんか普通に大した理由じゃありませんでしたね……」
「まあ、そんなもんでしょう」
要は欲を出しての油断らしい。
技術の割にお粗末とはミナトの言だが、本当にただのお粗末であった。
あまり突っ込んで考えなくてよかった。
「ミステリー小説だとこういう身も蓋もない理由はよくありませんよね……」
「ミステリー小説じゃないから大丈夫です」
「だから何の話で……?」
「……あ、そういえば。モジャさんはどうして盗賊ギルドを抜けたんです? 所属していれば篭手だっていい値段で売れたと思うんですけど……」
「あ、う。いや、そのぉ……お、思ってたのと違った、とい、いいますかあ……」
「というと?」
「だ、だってあそこ……こ、殺しとかはしないんですけど……。ご、強盗とか、脅迫とか、詐欺とか……そういうこと頻繁にしてましてぇ……。お仕事の斡旋も、そ、そんなのばっかりでぇ……。怖い人ばっかりでしたし……。い、いい人もいましたが、なんか、違うなあって……」
「……。盗賊ってそういうものなのでは?」
「私もそう思いますが」
「え!? そ、そうな……そうなんですかね……? こ、こう、静かに盗む、かっこいい感じの……を、イメージ、してたんですけども……う、うへへ」
「……静かに盗むってかっこいいんですかね、シルティさん?」
「いえ、別に」
「えッ!? か、かっこよくないですか……!? かっこいいですよお……! だって、こう……なんていうか……かっこいいじゃないですかぁ……!」
「分かりませんねえ……」
「ええ、分かりません」
「え,えッ!? か、考えてみてくださいよ!? 音もなく侵入して、鍵を開けて罠をかいくぐって……。誰にも気付かれず盗んで、隠れながら逃げて、って……。す、すごくクールだと……思う……んですけども……」
「……」
「……」
「……。あ、あ、あの。そ、それで抜けたんですけども……」
「かっこよくないから抜けた、と」
「まあ……そ、そうなりますかね……? で、でもそういうこだわりってとっても大事ですよね……!? ポ、ポリシーっていうんですか……? 何事にも優先しますよね……!?」
「ぬ、盗みのかっこよさは正直よく分かりませんが……。しかし随分簡単に足抜けできましたねえモジャさん。こういうのって『オトシマエ』みたいなのを付けなければならないのでは?」
「あ、ああ、その。じょ、条件をつけられましてぇ……。一千万稼いできたら抜けさせてやる、と……」
「一千万……!? 随分時間がかかったのでは?」
「え、ええと。それから一週間ぐらいでなんとか……」
「え!?」
「え!?」
「び、美術品、絵画を盗みましてですね……? こ、こういうのって普通は捌けないんですが、そこは流石の盗賊ギルドといいますか……ふへへ……」
「皆さん驚いたのでは……!? 普通なら手放し難い人材かと思うんですけども……!」
「そ、そうですねぇ……その後、また一悶着あったんですけどぉ……。お、穏便に話を進めてくださる親切な方もおりまして……、無事脱退できましてぇ……」
「……。抜けてからはどうしてたんですか?」
「そ、それはまあ……と、盗品売るのが難しくなっちゃったので、げ、現金を主に……。ただ今回うっかり、その、慣れが故の油断といいますか……う、うへへ、えへ……。はぁ……」
「……」
「……」
話を聞くにこのシーフ。盗みの技術は高いが、それ以外に難がありそうだ。
この性格だ、盗賊ギルドも才能に気付かぬまま持て余していたのだろう。
そして個の強すぎるこだわりは集団には適さぬものだと痛感する。
そう。こだわりの強さは集団には適さないものだ。適さぬものなのだ。
「……」
「……? な、なんでこっち見てるんですかシルティさん?」
「いえ、別に……」
「アッ! また失礼なこと考えましたね!? 分かりましたからね! ちゃんと分かりましたからね!」
「リリデスは純粋な子だなあと考えていました」
「え? そ、そうでしたか? い、いやいや、ふふふ。ふふふふ」
「純粋な子だなあ」
「ですから何の話を……」
「……ひとまず我々の聞きたいことは大体済みましたかね」
「そうですねえ。興味深いお話しも聞けましたし、充分でしょうか」
「や、や、やっぱりこの後って……」
「ええ。一市民として、我々はあなたを自警団に引き渡さねばなりません。盗みは立派な犯罪です」
「そ、そうですよねぇ……はああぁぁ……」
うなだれるモジャ。
盗品は帰ってきた、心情としては穏便に済ませても構わないが、犯罪は見逃せない。
重い罰は望まないが、少しは反省してもらいたい。
「では私は自警団の所へ行ってきます。その間、見張りと留守番を頼みましたよ、リリデス」
「分かりました。あ、最後に……。モジャさんって、本名はなんとおっしゃるんです?」
「ほ、本名?」
「『モジャ』は通称ですよね? こんな形での出会いですが、ちゃんと知っておきたいなと思いまして……」
「な、名前は……。ありませんけど……」
「……え?」
「……?」
「で、ですから、名前なくって……。ず、ずっとモジャとか、ボサボサとか呼ばれてましてぇ……。ここまできちゃったというか……」
「……! モジャさん、もしかしてあなた……。戦災孤児ですか?」
「そ、そういう奴ですねえ……。戦災かはわ、分かりませんけど……」
「小さい頃はどのように生活を?」
「ろ、路上で……物乞いしてたと思う……んですけども……」
「……そうでしたか。…………」
「……? リリデス?」
リリデスの目が、変わった。
他者を吸い込まんとする、あの目だ。
和やかさを湛えた表情はもうない。
使命感を帯びた瞳が、光りだした。
「教育は受けていないのですか?」
「え? う、受けてませんが……」
「読み書きは出来ますか?」
「で、できませ……あ、でも数字は読めましてぇ……。計算は自力で覚えました、ふへ……」
「では、小さい頃からずっと盗みを?」
「そ、そ、そうですけども……」
「……そうですか。…………」
「……リリデス」
「…………」
リリデスは、戦災孤児だ。
物心ついた時には、エピクル教運営の孤児院にいた、そう聞いた。
昔話をする彼女はあっけらかんとしていて、あまり悲惨さは感じなかったが。
それでもやはり、こうした境遇に思う所はあるのだろう。きっと言葉にしない、辛い思いは沢山あったはずだ。
なれば、彼女の現在の心情は分かる。
モジャへの同情、力になりたいという気持ちの芽生え、理解できる。
しかし……。
「あの、シルティさん、ちょっとよろしいでしょうか……。こちらに……」
「……ええ」
「モジャさん、少々お待ち下さいね。すぐ済みますから」
「は、はい……?」
二人、声の届かぬ流し場へ。
信仰を語る時と同じ目。強い決心により揺らがぬ目が、私を視ている。
骨が折れる。
「シルティさん、あのですね……」
「リリデス。あなたの考えていることはなんとなく分かります。恐らく彼女の放免……いや」
「……」
「……モジャの面倒を見ようと。そう考えているのでは?」
「……ええ、その通りです。いや、そうするべきかと思います。彼女には支援が必要です。真っ当に生きていくための支援が」
「彼女が孤児で、同様の境遇だから……それで同情しているのですか?」
「ええ。強く、強く同情しています。初めから孤児院にいた私なんかより、きっと辛い子供時代を過ごしたはずです。たくさんの話を……実体験を、聞いてきましたから」
「しかしリリデス。それはあまりに安易……」
「ねえシルティさん。私が彼女――シーフになる可能性だってあったんですよ。孤独の身というのは……簡単に人を倫理から逸脱させ得るものです。私がそうならなかったのは、ただの偶然なんです、運がよかっただけなんです」
「……」
「彼女は、なるべくしてなったのかもしれません。環境が……生の災いが、彼女を陰に追いやったのであれば。ならば環境さえ変われば、彼女は真っ当に生きられるかもしれません。窃盗という悪癖から、救えるかもしれません」
「……私は反対です。染み込んだ生き方というのは、そうそう変えられるものではありません。それに彼女自信がそれを望んでいるようにも見えません。恐らくあなたの救いは、ただの押しつけになります」
「やってみなければ分かりません。やる前から諦めては、成ることも成りませんでしょう?」
「事が成らなかった時……。あなたのことを心配しているんです、リリデス」
「え?」
「救おうとして、裏切られた時。善意が、仇で返された時。きっとあなたは傷付きます。私は、それが嫌です」
「……シルティさんは、本当に……本当にお優しいんですね。本当に……」
「……」
「確かに、傷付くかもしれませんが……。大丈夫ですよ、もう傷だらけですから、平気です」
「平気なものですか。私はまだ覚えてますからね。前ギルドでの布教行為と、それがあなたにもたらした深い嘆きを。……泣いて泣いて、ずっと泣き続けていたあなたを、私は忘れませんよ」
「う……」
黙り込んだリリデス。
あの時の辛い気持ち、忘れられる訳もあるまい。
しかし目は、未だに変わらない。
言葉のやりとりではやり込めたが、納得はしていない。
……。
「……。まあ、このギルドは、あなたがマスターですからね」
「え?」
「マスターの方針には従わざるを得ないでしょう。私は徒労だと思いますが……」
「! シ、シルティさん……!」
「……サポートだけはしましょう。後はあなたに任せます、あなたのギルドなんですから。……でも、裏切られる覚悟だけはしてください」
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます! では、早速モジャさんに話を……!」
少し甘いだろうか。
モジャが彼女の気持ちに応えてくれるとは到底思えないが……。
しかしリリデスは止まるまい。気が済むまでやらせるしかない。
私は彼女を支え、少しでも傷つかぬよう手助けをする。それだけを考えよう。
それにしても妙なことになった。
まさか犯人を更生させようとは。
広間に戻り、早速その旨をモジャに……。
モジャに……。
「え」
「あれ」
広間。
モジャが。
いない。
椅子。解けた縄。
開かれた戸。
…………。
「……ッリリデス! 追いますよッ!」
「! はいッ!!」
逃げられた。
なるほどこれがシーフ。手強い。
教訓を胸に、モジャを追う――。




