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4.盗人推理

「――結論から言いますと、犯人は素人ではないと思います。盗みを生業にしているプロの……いわゆるシーフではないかと」



 予想外の結論。

 ほぼ身内の犯行と踏んでいたが。

 とはいえ、元仲間を疑わずにすむならそれにこしたことはない。



「我々の関係者ではない、と?」


「はい。それは断言できるかと思います。その根拠に、三つの痕跡を見つけました」


「早速聞かせてくださいミナトさん!」


「まず第一に……金庫にピッキングしたような形跡があります」


「え!? わ、分かるんですか? どれです?」


「鍵穴付近、うっすらと脂のようなものが見えるんです。確認してみましょう」


「脂?」


「ほら、これです。かろうじて分かるぐらいですが……。渦巻き状の『紋』もありますし、指で触った形跡かと」


「言われなければ気付きませんね、これは」


「? 何故これがピッキングの形跡になるんでしょう?」


「シルティさん、試しに金庫を開けてみてください」


「……開けました。ああ、なるほど」


「ね? 普通に金庫を開ける場合、鍵穴の付近なんて触らないでしょう? 側面部や取っ手ならまだしも、ここに跡が付着するのは不自然です。ですからこれ、もしかして鍵穴をいじっていてついた跡なのでは、と」


「な、なるほど」


「で、仮に金庫をピッキング出来る人間であれば……事務所の出入りも同様でしょう。合鍵は使わず、技術で侵入したのではないかな、と」


「ふむ」


「まあ、昔からある金庫ですから……何かの拍子についたということも十二分にありますし、確実な痕跡とは言えません。クレインさんが過去、ふざけてピッキングごっこをした可能性も無いではありませんし」


「リリデスはしましたか、ピッキングごっこ?」


「し、してません。まだ」


(まだ……?)








「で、第二に。微かなんですが……この事務所、わずかに香水のような匂いがします」


「え? ……駄目です、さっぱりわかりません……」


「私にも分かりません」


「鼻が利く僕でも微かに分かる程度です。来客者の残り香かと思ったんですが、事務所の出入りはお二人だけとのことですし。恐らく犯人の残した香りです」


「ははあ……。でも匂いを残すなんて、逆にシーフらしくないと言いますか……」


「犬や狼を利用して、匂いで獲物を追跡する方法あるじゃないですか。それへの対策かなあって」


「香水程度でなんとかなるものでしょうか。訓練された犬は微細な香りも嗅ぎ分けるといいますが」


「これは噂話に過ぎないんですが……犬の鼻を麻痺させる、特殊な調合を施した香水があると聞いたことがあります。凄腕のシーフはそれを自前で調香して利用するとか」


「動物相手の対策まで……。凄いんですねシーフって……」


「まあ、本当に噂として聞いただけなんですけどもね……。それにこの香り自体、ずっと前の――それこそギルド分裂前の残り香に僕がいま気付いた、という可能性もありますし……これも確実な痕跡ではありませんね」


「……すみません。もしかしてなんですけどミナトさんって……私達の残り香とかも分かるんですかね……?」


「ええ。それこそギルドのメンバーは全員匂いで嗅ぎ分けられますよ」


「……」


「……」


「……え? ど、どうしました?」


「シルティさん、私も香水とかつけましょうかね……?」


「今度二人で買いに行きましょうか」


「え!? あ、ご、ごめんなさ……あれぇ……?」









「ええと、気を取り直して……。第三の理由なんですが……。これが決定的でした。僕が断定するのは、この痕跡がためです」


「そんなにはっきりとした痕跡が?」


「ええ。外で見た足跡。あれは普通じゃありません。異常な……本当に異常な歩行技術です」


「具体的にはどのように?」


「接地面があまりに少なすぎるんです。お二人が目を凝らして分からなかったのも無理はありません、極力足跡を残さないようにする歩き方なんですよ。つま先立ち以上というか……まるで親指一本で歩いているような……。そのうえほとんど体重もかけていないのでしょう、跡の付き方、雑草の潰れ方も極々僅かでした」


「よく気付きましたねミナトさん、そんな足跡……」


「正直、一つだけ見ても足跡だとは気付きませんね。全く同じ跡が点々とあるからこそ、ようやく気付ける。そういうレベルです」


「ふむ」


「そして驚くことに、歩幅が一定じゃないんですよ。普通、身長ぐらいなら分かるものなんですが……。それすら分からぬよう歩いています。こんなの初めて見ます、全く情報が読み取れないんです」


「……」


「僕も音をたてない歩法は使えますし、得意ですが……。こんな歩き方は絶対に出来ません。追われる立場だからこそ生み出した技術、そう思えます。正直脱帽というか、感嘆してしまいますね」


「……なるほど、よくわかりました」



 やはり彼に頼んで正解だった。

 この三点、我々では決して気付けなかったことは間違いない。

 しかし。



「ミナト。あなたの推理、私も納得しましたが……。一つひっかかることが」


「そうなんですよねえ……。やっぱり穴が……」


「? すみません。何か問題でも?」


「考えてもみてくださいリリデスさん。部屋を荒らさず、退出する時すらまたピッキングし直して鍵をかけていく……。明らかに犯行発覚を遅らせる目的を持っていますよね? もし盗まれたのが金庫の中だけだったら、恐らくずっと気付かなかったはずです」


「……あっ」


「ね? なんで篭手なんか盗んだんでしょう? そんなのすぐバレちゃうじゃないですか。技術の割に、そこがお粗末すぎるんですよ」


「実際すぐ発覚しましたしね」


「……? すると、どういう……え? 結局関係者ということでしょうか……?」


「うーん……あの足跡を見てしまったからには、やはり僕はシーフの線を推します、それも超凄腕の。……犯人に事情があって、こんな一貫性を欠く行動をしたんじゃないかな、と」


「推測すべき手がかりは何もありませんし、考えても無駄でしょうね。大した理由など無いかもしれませんし」


「そうですね。無理な推察は獲物の像をブレさせます。不明な点は一旦そのままにしておく、というのも手でしょう」





「では我々で推理できる事は大体この程度ですかね。それでは……」


「あっ。ひっかかることといえば、実は私もひとつありまして……」


「リリデスさんも何かお気付きに?」


「おや。興味ありますね、リリデスの推理」


「……この事務所内、一番高価な物が盗まれてないんですよ。篭手は盗むのに、それに目を向けないというのは不自然というか……」


「? それは一体……」


「それこそ、この救済槌(リリデスハンマー)です!」


「ああ、ハンマーですか」


「ああ、ハンマーですね」


「ハンマーです! お二人も御存知の通り、これはアダマン製の特注武器……篭手より遥かに貴重なはずなのに何故でしょう? 何かこれにも意味が……」


「重すぎるからじゃないですかね」


「重すぎるからでしょうね」


「あっはい」


「僕持てませんもんそれ」


「リリデスしか振れませんよそれ」


「はい」






「さて、迷探偵リリデスはさておき……ありがとうございますミナト。大変参考になりました。流石です」


「あ、ありがとうございましたミナトさん、私に推理は無理です……」


「あはは……。まあ僕が推理しようがしまいが、犯人が捕まる訳ではありませんからね」


「そんなことありませんよ。他の者を疑わずに済む、それだけで十分に過ぎます」


「とはいえ、この後やることは一つですね?」


「ええ。リリデスの篭手を探す他ないでしょう」


「……というと、質屋ですとか防具屋ですとか、よろず屋ですとか……そういう所をしらみ潰しに、ということでしょうか? 気が遠くなりますねえ……」


「僕もさほど詳しくはないんですが……相手をシーフと仮定するなら、もう少し範囲を狭めてもいいと思いますよ。裏の人間がたくさんいる地区といえば、ほら……」


「ええ、あの地区に行くしかないでしょう」


「はい。あの地区です」


「あ、もしかして……あそこですか」




 王都における影の地区。

 様々な事情を抱えた者が生きる裏通り。

 スラムへ――。

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