5.クレインの謁見②
終末論。
エピクル教の聖典に書かれた、世界の終わりに関する叙述。
まさに今の時代に相当する、だなんて言われているけれどもどうだか。
しかし信仰心の薄い我々冒険者でさえ、そいつを実感する程に治安が悪い。
魔物の増加に賊の跋扈、犯罪の増加、各地での紛争等々、不安の中で社会が揺れている。
ぶっちゃけ冒険者はそれで儲かる面もあるんだけれども、不健全でなんだかなあ。
「余の在位から数十年……世の乱れ方があまりに酷くなっておる。お主とて感じるであろう」
「いや、知ってるならなんとかしてくださいよ陛下。魔物も賊も冒険者にほぼ丸投げじゃないですか、んもう」
「紛争や対外戦略だけで手一杯の状況なのだ。国の――いや、余の求心力とて低下の一途だ。どれほど宮廷内が荒れているか……」
「暗殺とかされちゃったりとかして。あっはっは」
「うむ。いつもその危険は孕んでいる……覚悟とてある」
「……。軽口のつもりだったんですが」
「なに、まだまだ死ぬつもりはないがな。……なんにせよ国だけでなく、あの教会権力でさえ影響力は低くなりつつある。民はより即物的な……頽廃的な潮流に乗りつつあるのだ」
「で。それがその、僕にどういった関係あるんですかね」
「終末論の記述について、詳細は覚えとるか?」
「わっっすれました」
「うっっすいのう信心……。――『斯て世の擾乱、極限に至りし時、地の底より來る魔の君、御座に君臨せん。衆生艱難多く、血甚だ流れん』……」
「あー、要は魔王がやってきてあれやこれやみたいなことでしたっけ」
「……クレインよ。冒険者として……そういう兆候は感じるか? 魔物を統率するような、大きな意志だとか、悪意だとか……」
「……は?」
「『魔王』のような……強大な存在は感じぬか、と聞いているのだ」
話の行方がよりおかしくなってきた。
魔王といえば、もう千年近く昔のお話に出てくる奴だ。
もう物語としてしか記憶されていない存在な訳で。
「いや魔王て。いつの時代の話してんですか。あほらし」
「余は真面目だぞクレイン」
「まさか本気で終末思想なんぞ信じてらっしゃる訳でもないでしょう? 荒唐無稽が過ぎません?」
「あながちそうでもないのだ。『魔王』は出現する、その前提で動くべきだと判断している」
「……? そこまで言うってことは、何か具体的な情報でも掴んでるんですかね」
「詳しいことは言えんがな……。とにかくお主の方でも注意を払って、情報を集めてほしいのだ。細かいことでも何でも構わん、気付きがあれば報告してほしい。冒険者であるからこそ見えるものとてあろう」
「……本気の本気でおっしゃってるんで?」
「本気の本気でおっしゃっておる」
いまいち要領を得ない魔王到来予想。
まさか聖典の予言だけでそんなこと考えるほど馬鹿国家でもなかろうし。
裏がありそうではあるけど教えてくれなさそうだし。やっぱクソジジイだなこいつ。
「はいはい、仰せの通りに……。魔王でも神様なんでも見つけてくりゃいいんでしょ。三人は集めてやりますよ」
「うむうむ、その意気だぞクレイン。魔王の発見、それこそが『終末』を終わらせる希望となるだろうからな」
「は? むしろ絶望の始まりでしょう? とうとうボケましたかジジイ~?」
「殺すぞ。……この根拠なき不安の時代。お主ならどう終わらせる、クレイン?」
「どう、と言われましても」
「原因があれば、それを断つ。それが近道だろう?」
「そりゃ明確な原因がありゃですけども。この現状はもっと複合的なモンでしょう? そんなもん打つ手……。…………。」
「……分かるか?」
「……お国の方々は、つまり」
「つまり?」
「……魔王を待ち望んでいる訳ですか?」
「……その通りだクレイン。この終末の幻想を終わらせるには、魔王の幻想をもって、ということだ」
にやりと笑ったジジイの顔。
謀り事を企む、嫌な顔。
随分と雑で馬鹿な計画こしらえたもんだ。
「……正気とは思えませんな。魔王なんてモンに現状の『原因』を押し付けて、そいつを倒して解決って……。そんなんで世の中一変なんぞする訳ないでしょ。だって本来の原因じゃないんだから……」
「いいや、変わる。世間を覆う『不安』さえ払拭できれば、必ず改善するし、我々がさせる。その端緒が欲しいのだ。喉から手が出るほどにな」
「だからあ……。それは具体的な政策でですな……」
「予言が聖典の記述というのがこれまた問題なのだ。そのために不安は一層に重みを増し、加速している。……教会権力は低下しつつあると言えど、無意識までに染み込んだ民衆の信仰はそうそうに変わらん。もう正攻法でどうこうできるものではないのだ。……それにまさか我々が、国教の予言を否定する訳にもいかんだろう?」
「無責任が過ぎますよ。まだやれることだってあるでしょう」
「無論、対症療法なら可能だ。魔を討つ、賊を縛る、罪を罰する……。しかし抜本的な解決策は見当たらん。こと後者ふたつは、不明瞭な『不安』こそが理由だからな」
「不安ねえ」
「よいかクレイン、『不安』こそが国家最大の問題なのだ。大抵の厄災は大本を辿れば個々人の不安、その累積だ。不安から猜疑が生まれ、猜疑が害意をもたらし、悪意と化して数々の厄となる……。国の不幸事が尽きぬのは不安のためなのだ。隣人を信用できぬ、その心が国を蝕んでいく。今のようにな」
「……人の犯す罪ならそうかもしれませんがね。魔物の増減に変わりはないでしょうよ」
「見方は変わろう。『終末がために増える魔物』ではなくなる。単なる周期的なもんだと、な。そこが重要なのだ、為政者にとってはな」
「……」
「だからこそ、この国を包む漠然とした不安の……はっきりとした『原因』となってくれる、万人に共通の、強大な敵が欲しいのだ。それこそエピクル予言通りの敵が」
「……まだ居もしない魔王、ですか」
「……まだ居もしない魔王、だ。この国には魔王が必要なのだ。国民の不安を背負ってくれる魔王が」
「ありもしない幻想に頼るとは。本当にボケましたなぁ……」
「それなりの確信はある、安心せい。無根拠のまぼろしに頼るほど耄碌はしとらんよ」
「耄碌してるジジイはみんなそう言うんだなあ」
「なんにせよ国の方針じゃ、肝に銘じよ」
「泥舟の羅針盤だよお……。やだやだ、国がそんなもん漕ぎだしちゃ……」
「その船頭はお主だぞ、クレイン」
「……は?」
「なんだ、まだわからんのか?」
「いや……は?」
「強力な魔王とて必須だが、そいつを倒す者が誰か? そこが最も重要だろう、なあ? 国に関わりの深い人間であれば、国の権威はより盤石となろう、なあ?」
「……」
「なあ、その通りだよなあ? クレイン」
クソジジイ。
「そうだ。爵位も何もない平民のお主……しかし勇者の末裔としてのお主が適任なのだ。この国家の礎を築いた血統の、お主なのだ。この『終末』を終わらせ、民の不安を取り除くのは」
「魔王の次は勇者ですか……。お伽噺がお好きなようですな陛下は」
「勇者の次に、お伽噺に欠かせぬのは……その御一行だな? 優秀なお仲間が揃っとると聞いておるぞ? 暴腕に七色、狩人に質実だったか? 他にも優秀なのがいると聞いとるなあ」
なんでも知ってやがる。
そりゃそうだ。ギルドなんざ国が管理してんだから。
クソ。
「わかったなクレイン。我々は必ず、不安の原因となる『魔王』を発見する。そいつをお前が倒し……この終末思想を終わらせるのだ。『勇者』になれ、クレイン」
「……。うまくいきゃあ、爵位とかくれたりするんですかねぇ? まさか平民のままなんてこたぁないでしょうな」
「お主が望むなら構わんが……先祖が固辞した意味は考えるべきだな、クレイン。勇者パーティー末裔の貴族なんぞ、今や頭と腹ばかり肥大化して戦えもせぬ奴らばかり……。今やお主だけなのだ、勇者の血統だけが……」
「……」
「……いや、もうひとり出てきたか。ギーゼル家の娘っ子が」
「…………」
「結構な凄腕と聞くぞ、ん? いいのかギルド分裂したままで? 魔王討伐には必須じゃないのか、ん?」
「はああああなんでもご存知ですねえこのジジイはよおおおお」
「伊達に王やっとらんわぶわっはははは! ま、今のうちに褒美の内容でも考えとくんだな。大抵のものはやろう」
「取らぬ魔王の皮算用なんぞ、虚しいもんですな……」
「皮算用とは希望の謂だ。希望なき人生の方が虚しかろうよ」
「へいへい、たっぷり計算しておきますよ、皮」
「……さて。おはなしは終わりだの。見つかり次第、トントン調子でぶっ倒して、綺麗さっぱり解決して……『勇猛クレイン』あらため『勇者クレイン』となってもらいたいものだ。民達の光に、な」
「今じゃ『口髭クレイン』とか『糞髭クレイン』がもっぱらの通り名ですけども」
「それはちょっと落ちぶれすぎじゃない……?」
落ちぶれたとて人生は続いていく。
昔ならともかく、今更勇者とかどうでもいいんだけどもなあ。
糞髭よりはいいけども。うん糞髭よりはいいなあ。
いやめっちゃいいな勇者……。
「……ま、ひとまず目は光らせてみますよ。ご期待に応えられる自信はないですがね」
「うむ。頼んだぞ糞髭クレイン」
こいつう~。




