8.ギルドの冒険②
「……廃墟、でしょうか」
「ええ。廃墟、ですね」
一時間にも満たぬ旅路の先に待っていたのは、崩れた外壁と数本の柱。
屋根は既になく、どこにも続かぬ階段の痕跡があるばかり。
建物としての役割を終えてからはただ緑に覆われているだけ、そんな風情です。
「なんでも昔、ここには小さな教会があったそうです」
「教会……言われてみればこの柱、エピクル教のもので間違いなさそうですね。相当に古い様式……」
「さすが元聖職者。詳しいですね」
「む、昔の話です……」
たしかに現国教の建造物のようですが、今ではあまり見ない形状。
初期~中期の建築様式かと思いますが、ほぼ崩れていてはっきりとわかりません。
それ以上にはっきりしないのは、何故シルティさんがここを目指したか、なのですが……。
「……ふむ。……」
「……?」
しみじみと廃墟を眺めながら、歩き回るシルティさん。
ずんずん進んでいた時とは打って変わり、どこかふわふわした足取り。
私もそれにつられてふわふわ従うばかり。
「……こんなに小さかったかな、ここ」
「? 以前ここに来たことが?」
「ええ。十歳の頃に一度」
「十歳? 流石にその年齢で森を歩くのは危険だったのでは……」
「危険だったでしょう。小型とはいえ、魔物も出ますから」
「というと、何か大きな目的が?」
「……。そうですね、目的……。……」
「シルティさん?」
ふふ、と自嘲気味な笑み。
静かにぽつぽつ、語りだすシルティさん。
「……私、結構過保護に育てられまして。色々と強制事が多い家庭だったんですよ」
「……立ち居振る舞いから、裕福なご家庭出身とはお見受けしておりましたが」
「まあ、そうですね。裕福ではありましたが、それ以上に窮屈だったんです。家がとにかく嫌いで……。この御時世、贅沢な悩みではありますが」
「悩みは人それぞれですからね。特に子供の時分というのは……」
「で、家出してみたんですよ」
「……え!? 家出!?」
「ちょっとした反抗心です。もちろん行く当てなどありませんでしたが……。昔、祖父からここの話を聞いたことがあったんです。近場に深い森があって、魔物がいて、朽ちた教会があって……。で、行ってみようかな、と」
「なにか惹かれるものでもあったのですか、ここに?」
「廃墟に興味あったというのもありますが……。多分、どこでも良かったんだと思うんです。ただ、つまり……」
「?」
「冒険が、したかったんです」
「……あ」
冒険、と口にしたシルティさん。
自嘲気味だった顔が一転。
爽やかで、本当に楽しそうなお顔に。
「初めての冒険だったんです。木剣と、覚えたての魔法だけを頼りにして。魔物と戦ったのもその時が初で」
「大丈夫だったんですか……?」
「子供の魔犬でしたからなんとかなりましたが……。怖くて、足が震えて……だけど不思議と身体は動いてくれて……楽しかった」
「楽しい……」
「で、怖がりながらも数時間ぐるぐるさまよい歩いて、ようやくここに辿り着いた時。……今までの人生で、一番の感動だったんですよ。『私はどこへだって行ける』、そういう感覚が湧き上がりまして。駆け回って喜びました」
「……シルティさんにとっての、原体験ですか」
「ええ。本当に、本当に感動したんです。本当に……本当に怖くて、心細くて、でも、楽しくって、楽しくって」
「帰ってから相当怒られましたでしょう?」
「一ヶ月ほど軟禁生活でしたね。あれは辛かった……」
「冒険の代償は大きいですねえ……それも冒険の醍醐味でしょうか、ふふ」
「その通りですね。様々な危険を犯して、得たものは強烈な叱責……。一見すると何も得ちゃいないのですが、それでもあの時の昂揚感が――自分の足で歩いて、戦って、辿り着いたこの景色が忘れられず……。そして今でも冒険を続けている訳です」
「ここで冒険者シルティさんが誕生したんですね」
「ええ。……ということで、あなたにここを案内して……。私にとっての『冒険』がどんなものか、少しでも知ってもらいたいなと思ったんですが」
ため息を一つ。
でも、ちょっと楽しそうなため息。
「まさか何も起こらず、それどころか数十分で着くとは……。それに記憶ではもっと巨大で立派な廃墟だったんですが……思い出はあてになりませんね」
「ふふふ。そうですね」
「すみませんリリデス。あれやこれやとあなたに偉そうに言っておきながら。今回も冒険失敗、ですね」
「いえ、そんなことありませんよ。なんとなくですが……冒険、少しは学べた気がします」
「そうでしょうか?」
「シルティさんの少女時代の……感動した体験、とても伝わりました。とても、とても……」
「これで今回がピクニックじゃなければ、もっと様になったんですが」
「ふふ、ピクニックだって好きですよ!」
「……でしたら、ちょっとはピクニックらしいことでもしますか」
「まあ。ふふふ」
持ってきた糧食――固くて荒いバゲットと、少しのバター。そして干し肉。
カリカリに炙って、二人でゆっくりと、時間をかけて食べました。
いつにもまして美味しい、美味しいごはんです。
寂れた廃墟が、なんとも愉快に思えてきます。
シルティさんの思い出話は続きました。
冒険者に成り立ての頃の話。失敗談に成功談。強敵との戦いにギルドとの出会い……。
いつもの凛々しい表情ではなく、あどけない少女のようなお顔。
冒険への興奮や憧れ、今でも続く熱が私にも伝わり、胸が熱くなるようです。
「私はどこへだって行ける」。
この言葉が、力強く胸に刻まれた、そんな「冒険」の一日でした。
どこへだって、行ける――。




