15.リリデスとシルティ
再投稿部分となります、申し訳ありません。
随分飲んだと思う。いつ眠ったのだかよくわからない。
目覚めれば夜の8時。酒盛りはまだ終わっていない。
酔い潰れた暴腕は床に伏している。七色は変な歌をうたっていた。
狩人はさっさと帰宅した様子。質実と口髭が、今後の計画を練っている。
もう飲む気にはなれない。さっさと家路へとつく。
――帰り道、やはり彼女のことを考える。
酔っている間も、頭から離れてくれなかった彼女。
酔いが冷めた今や、ますます頭に浮かんでくる彼女。
もう家にいるのだろうか。どんな顔をしているのだろうか。明日から何をするんだろうか。
ずっとずっとリリデスが頭の中を跳梁している、リリデスに取り憑かれている気持ちがする。
ここ最近ずっとそうだ。こうまで他人を想ったことなどないぐらいに。
リリデスは私のなんだというのか。まるで恋仲のようではないか。
「……」
ギルドの玄関先を通りかかる。
もちろん明かりはついていない。帰ったようだ。
そういえば彼女の家は、どこだったか……。
……。…………。
「……。帰って、いる……?」
突如として真逆の確信が走った。
足を止める。
もしや彼女。
まだギルドに――朝からずっと、いるのではないか?
明かりもつけず、ずっとずっと、あの場にいるのではないだろうか?
たった一人、何をしていいのかも分からず、子供のように。
リリデスについて何も理解できずとも、不思議とそうとしか思えなかった。
鼓動が早くなる。扉を開ければ、恐らくリリデスがいる、かもしれない。
今なら彼女と、もう一度会話が交わせる、気がする。
しかしこれ以上構ってなんになるというのか。
彼女の傷を広げるだけではないのか。これ以上できることなどないだろう。
……頭でいくらそう考えても、心はもう決まっていた。
もう一度、ちゃんと喋ってみたかった。
あの理解できない、不統一な――平和の下に殺生を語り、優しさの中で暴力を振るい、恥じらいの内に大胆に振る舞う、訳のわからないリリデスと。
対話を、してみたかった。
戸に手をかける。
鍵が開いている。
明かりのない部屋の中。
うっすらと射す月明かりで、青白くなった亜麻色の髪の毛が、見えた。
やはりリリデスは、いた。
じっと座って、動かず。
何もせず、じっとテーブルを見つめている。
「……リリデス?」
「……。…………」
「……」
沈黙。側へ近寄る。身動ぎ一つしない。
肩に触れようか、と思ったが止めた。
安易に触れたら全てが崩れ落ちるような、そんな予感がした。
代わりに待つことにした。
いくらでも待ってみよう、そう決心していた。
彼女はここでずっと待っていたのだから。
孤独と心細さの中で、待っていたに違いないのだから。
何を待っているのかも分からない中で、待って何をするかも分からない中で。
それでも何かを待っていたはずなのだ。
「……」
「……」
5分か10分か、果ては30分か1時間か。
秒針の音と、微かな呼吸音だけの部屋。
時間の感覚など、もう分からなくなっていたが。
彼女は、やってきてくれた。
「……馬鹿ですね、私」
「……」
「本当に、馬鹿でした。なんだか、呆れてしまって、自分に。ねえ、そうでしょう……シルティ、さん」
「……そうですね。馬鹿だと、思います」
「……あまりに馬鹿で、間抜けで……。こういう事態になるなんて、一つも思っていなくて。本当に、皆さんを……救えると、信じていて……。…………」
「……」
「私は、結局……。救う、どころか。皆さんの、場所を、奪って……、しま、って……。……こ、このような、こんなことをした、かった、訳ないのに、でも、馬鹿だった、から……信仰……で、皆さんを……っいや、私の……っ。…………っ。本当は、本当に、……。」
震えだす声。
堰を切ったかのように、次々と紡がれる言葉。
だけども、彼女の意を乗せられていない。リリデスも、それを分かっている。
「……いや、違うく、て。こんなこと、言いたいんじゃ、なくっ、て……。……っ。違う、くてえ……っ。…………っ。た、ただ……、ただ私……っ。…………違う……っ」
本当に言いたい言葉を、探している。
最適な言葉を、必死になって。
信仰を語るときはまるきり違う、一つの言葉だけを。
そして。
「……ごめん、なさい」
ひとつ、呟いた。
呟いた途端。
大粒の涙がぼろぼろ、ぼろぼろとこぼれていった。
「ご……ご、ごめんなさい、ごめんなさいいぃ……。ご、めんなざいいぃ……っ。う、うあ、あ……!っごめん、なざい、ごめん、なさい……っ! あ、あやま……たく、って……ごめん、なさいいぃい……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさいいいい……う、ああ、ううう……っ。ごめん、なさいぃ……っ」
「……リリデス」
どうしようないぐらいぐしゃぐしゃの顔で、打ちひしがれながら。
私の胸へ縋りつきながら、許しを請うように。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「ごめんなさい」だけが、今の彼女を世界に繋げていた。
「……大丈夫ですよ、リリデス。ちゃんと、聞こえてますよ。大丈夫、大丈夫」
「ごめ、ごめんなさい。シルディざん……。ごめんなざいぃ……ごめん、な、ざいぃ……う、ううぁあ、うう……っ。ううううぅ……ごめん、なざい……っ。こんな、こんな……っ」
「……大丈夫、大丈夫。リリデスは、大丈夫」
まるで子供をあやすように、大丈夫、大丈夫。
その一言一言にまた、ごめんなさい、ごめんなさい。
私にはそれが、今まで以上の「対話」に思えた。
ようやく叶った、彼女との「対話」だった。
私には未だ、リリデスが分からない。
分からないこそ戦慄し、彼女に恐怖してきた。
不統一で、不気味で、不明瞭で……様々な「不」が付いてまわっていた。
ようやく出来た「対話」の中で、彼女を少し知れた……気がするが、それでもまだまだ分からない。
しかし、その「分からなさ」こそ――彼女を強く知りたいと、そう強く感じさせる理由でもあった。
リリデスとは何者なのか。
何故信仰へと至ったのか、そこからどこへ向かおうというのか、何を築かんとしているのか。
築いた舞台でどう立ち振る舞うのか、どのような結末を迎えるのか。
最後にどんな表情をするのか。柔らかに微笑んでいるのか、それとも……。
信仰をひたすら信じて突き進む彼女の行先が、見たい。
「私がついていますよ、リリデス。大丈夫、大丈夫――」
私は今、信じられない決断をせんとしている。




