5.キミエラ、警戒される
――グスタフ殿は奇声を発して倒れ、そのまま運び出されていった。
騒然とするかと思いきや、普通に笑って見送るカタリナ殿。
執事長殿も案外暢気な様子。いいのだろうか。
「誠に申し訳ない……! エーリス! チンコパンチは駄目だとあれほど……!」
「でも結果的に勝った訳だし、今後は私が当主だから問題ないよ」
「恐らくそういうシステムではない……」
「すごいよ~エリちゃん、一日にして当主の座を奪うなんて!」
「この老体、新たな当主様に忠誠を尽くす所存で御座います」
「そういうシステムだった……」
貴族制とは案外単純な制度なのかもしれぬ。
かくして新当主を中心に、お茶をいただきながら歓談。
「まずは改めて。……エーリスを受け入れてくださるとの由、友人として感謝に堪えない。彼女の現養母、ミューゼ殿に代わり厚く礼を申し上げる」
「全然いいんですよぉ~。形としては養子ですけど、友人として迎え入れるつもりなので~」
「……。部外者ながら。貴殿らは本当に問題ないのだろうか? 形式上とはいえ、子なのだろう?」
「問題ねえぜキミちゃん」
「ほら、当主ちゃんもそう言ってる~」
「当主が言うならいいか……」
「――ええい、勝手に当主を自称するな……! 妙な下剋上制度を捏造するんじゃない……!」
「あ。グスタフちゃんおかえり~」
脂汗を流しながら舞い戻るグスタフ殿。素晴らしいガッツである。
それに対し、ファイティングポーズをとり防衛戦へ参じる気満々のエーリス。
ひとまず現当主を押さえつけながら、先の質問を旧当主へ投げかける。
「いや、こちらとしては問題ない。姉上が決めたのならそれで構わないさ。……若干後悔気味だが」
「ならばいいのだが。……少々意外だった。貴族とはもっと不可侵なものかと」
「我が家は代々、社会奉仕の一環として孤児らを養子にとってきた慣例がある。さほどおかしな話ではないよ。……ただ、ゴルディウムを名乗れる訳ではないし、純粋な『貴族』となれる訳でもない。少々特殊な立場になるのだが……」
「……え、そうなん? なーんだ、みんなと一緒に平民共を嬲りものにしようと思ってたのに……」
「我々をなんだと思ってるんだ……」
「だけど立派な家族の一員だよ~! これからはエリちゃんと一緒にぃ、奉仕活動したいと思ってるんだ~」
「奉仕? 失礼だが、カタリナ殿は何をなされているのだ?」
「姉上の活動は幅広い。教育支援に環境保全、社会的弱者らへの援助等々……。自ら先頭に立ち、日夜その身を粉にしていらっしゃる」
言うは易し、やるは難し。
私とて修道院時代の経験があるから分かる。
一時の無償奉仕は容易い。それを常時の活動とするには多くの困難が付き纏う。
エーリスは、良き人に引き取られたようだ。
「他にもプロレスのチャリティー興行したり~、謎の覆面レスラーとしてリングにあがったり~」
「何してんですか姉上」
「道理であんな凶悪な空中殺法使えたんだね……。あの時の傷が疼くよリナちゃん……」
「今度はその『心』にも傷を作ってあげるよエリちゃん……」
「君達ほんとに仲良しなん?」
「――さて。よければ屋敷でも案内しよう。ミハエル頼めるか」
「当主様、わたくしが案内係でよろしいで御座いましょうか?」
「グスタフの奴めに案内させぃ」
「よろしくお願い致します若様」
「おのれら」
なんだかんだで案内役を務めてくれるグスタフ殿。
チンコパンチも咎めぬあたり、度量の大きさは中々の物とお見受けした。
先程から恐縮するばかりの私である。エーリスにも多少は恐縮してほしい。
「……あ! あれっすよあれ! カタリナ様の養子ちゃん! かわい~!」
途中、使用人の方々が三人ほど近づいてきた。
赤毛の小柄なメイド殿。少々気だるげなメイド殿。筋骨隆々ダンディな執事殿。
新たなご当主様を囲みながら、俄にわいわいと活気付く。
…………。
「出たな三馬鹿。持ち場へ戻れ」
「ちょっとぐらい良いじゃねッスか! あたしケイト! よろしくッス!」
「うむ! 私が新たなる当主代理のエーリスである。よきにはからえぃ」
「新当主様ばんざーい! 旧当主代理はくたばれー!!」
楽しそうにはしゃぎながら、屋敷を巡る彼らを他所に。
私の緊張はまた高まっていた。
この三名の使用人。異常だ。
……いや、彼らだけではない。屋敷にいる使用人全てが、普通ではない。
無邪気に笑い合っている一方で、警戒を――そうだ、私を警戒している。
笑顔は本物だ。楽しく騒いでいるのも確かだ。嘘ではない。
それでもほんの微か、無意識レベルの警戒を、こちらに傾けている。
余程の訓練を受けていなければ出来ぬ、そういう注意の払い方だ。
殊、ミハエル殿に至っては尋常ではない。
隠しきれぬ、私に向けられる刺々しい気。
万が一を想定し、常に主人を守らんとしている。
「異物」としての私――「武力」を持つ私に対しての、警戒。
全員、私兵か。
封建時代ならともかく、今では貴族とて所有は禁じられているはずだが。
……何事にも抜け穴とはあるものだ。
「――あくまで我らは『使用人』で御座います。ただ単に、各々が主人をお守りする『力』を持っている、ただそれだけの事で御座います」
「む? ……声に出ていただろうか」
「御推察したまでで」
「……。私は王室に忠誠を誓う者ではない。法の番人ではなく、神が掟の番人。安心してくれミハエル殿、私は常に友好を重んずる。警戒を解いて下されば有り難い」
「なんとも慈悲深き御心。安心した次第で御座います」
「……あ! また心を読んでるッスね! めんどくせえジジイッス~」
「ふむ。ミハエル殿は心が読めるのか?」
「そういうふりッスよ。からかうのが上手なんスから全く」
「老いのなせる技で御座いますれば」
読心術とは凄い。
ならば私が常日頃考えているオリジナルモンスターも読み取ってくれるだろうか。
「むーん」
先日考案したオリモン「暗黒大怪蟲ヒルコエビス」を心に念じてみる。
全長30mの巨体を誇る虫類最強モンスターである。
攻撃力は7000、防御力に至っては12000超。竜をも屠るすごい奴だ。
「……。…………? ………………っ?」
「どうしたんスかミハ爺」
「…………っ? ? ?」
通じなかった。
「図にしよう。こういうモンスターなのだが」
「…………? …………っ??」
無念。
「!? 超かっこいい!!!!!!」
「やったあ!!!」
カタリナ殿は大いに喜んでくれた。
飛び上がりたい程うれしかった。実際飛び上がった。
なんと額に入れてギャラリーに飾ってくれた。
三回ほど飛び上がった。
「――そろそろ日も暮れるな。少し早いが、是非とも夕食を共にしてくれ。キャミー、彼女たちにも……」
「あ、ごめんなさい! あたし達、他に約束があって。今日はもうお暇しなきゃ!」
「え~!? ご飯いっしょに食べないのエリちゃん?」
「これから毎日一緒に食べるんだからいいっしょ! 実は友達がパーティーの準備してくれててさ!」
「うむ。誠に申し訳ないのだが……」
「そうか。キミエラ氏からはもっと話を聞きたかったのだが……残念だな」
「こちらもだ。……よろしければ、エーリスへ会いに今後も伺っていいだろうか? いや、不躾な願いだとは思うが」
「それはありがたいことだ! 是非とも来てくれキミエラ氏、歓迎しよう!」
「それじゃーまたねリナちゃん! みんなも今日はありがとう! グスタフ君はもう少し使用人としての自覚に目覚めてね!」
「この老体めが責任をもって一から教育致しますれば」
「致すな」
夕暮れの中、手を振り合いながら別れた。
結果的に、第一の任は大成功といった所。
彼らの器の大きさに感服である。
私兵だらけの空間には懸念も抱いたが、今ではそれも安心に繋がっている。
ただただ主人を守らんとする、その一点のみに注がれた警戒心。
彼らの存在は、エーリスを危険から遠ざけてくれる事だろう。
とかく彼らの深き度量に救われた形になった。
この巡り合わせも、きっと神のお導きであろう。
「良き人達だったなエーリス。私の不安も消えたよ」
「みんな面白くって優しい人達だったね! あそこで暮らすの楽しみ!」
「ああ。……この出会いをもたらしてくれた神に、感謝しよう」
「うん!」
共に立ち止まって、感謝の祈り。
この時ばかりは、エーリスも顔も穏やかになる。
万物への感謝。これさえ忘れなければ、彼女はきっと大丈夫だ。
祈りを終え、晴れやかな気持ちで。
再度スティキュラ殿の下へ――。




