3.キミエラ、芸術を見る
紆余曲折を経て、目的地へ着く。
紆余曲折が過ぎた。想定を遥かに超える移動時間を要した。
しかしこれも観光の醍醐味。良きことだ。
「なんでコメリ入るんだよお前」
「なんでコメリ入るのキミちゃん」
「すまぬ……」
紆余曲折の内実をバラされた。とかく誘惑の多い店である。
なんだかよく分からぬ部材を沢山購入してしまった。
たのしかった。
「……はあー」
「……ほあー」
「……おあー」
かくして糾弾と反省の後。今は仲良く「上」を仰ぎ見ている。
見上げた先には、巨大なる天井画。
ただただ、圧倒される我々。
「……これは素晴らしいな。聞いていた以上だ」
「ちょっと空飛んでよスティキュラ。もっと近くで見たい」
「まだ飛べねえんだよなあ俺」
一人の男性を中心にして。
周囲に、十を超える老若男女。
藍の背景に、燦然と輝く光。その只中にある彼ら。
……荘厳の一言に尽きる。
「よくわかんねえけど凄え絵だなァ……。あれって偉い人達?」
「真ん中にいるのがエピクル様! んで、周りにいんのが聖者の人達だね!」
「へえ。聖者って結構いるんだな」
「長き年月、数々の聖人が生まれてきた。この天井画はその度に書き足しているらしい」
「じゃあ今後も追加されてくってことか」
「……ああ、そうだろうな」
――聖者。
この二文字に触れる度。
脳裏にはいつも、一人の女性が現れる。
そうだ。聖者に足る資質を持った人間を、私は知っていた。
清らかな光の裡。預言者の傍らで亜麻色の髪が靡くのを、幻の中に何度も視てきた。
幻は結局、幻であった。
もし彼女が道を踏み外さねば。
どれ程の事を、成し遂げたのだろう。
どれ程の愛を、世界に注げたのだろう。
……いや、考えるまい。
不徳だ。不敬だ。不必要だ。
あの時のリリィは、もう居ないのだから。
「……。よく見たら猫が混じってねえか? ほら、あそこ……」
「む、あれは聖猫ニャルゴラス様。多くの信徒に癒しを与えた御方だ」
「そんなのもいんのか……聖猫……」
「聖猫は3200頭ほどいる」
「猫にあまくない?」
「――お。この絵も綺麗だな。子供が光り輝いてら。これも聖人?」
「スティキュラ、ほんっとに聖典知らないんだね……。これもエピクル様だよ!」
「あー子供時代ってことか。もしかしてこっちの絵もエピクル? エピクルさんだらけだなあ」
「この一連の画には預言者エピクルの足跡が描かれている。恐らく教化の目的で描かれたものだろう。字が読めぬ者にも聖典の内容が分かるように」
「ほら、スティキュラもちゃんとここで学んで! 字が読めないなりに!」
「字めっちゃ読めるんですけど。……なんか随分豪華な服着てるな。天井画じゃ質素だったけど」
「彼は小国の王子として生を受けたのだ。しかし数多の虚飾に囲まれた人生に悩み続け……果てに出奔した。これまでに築いた価値の全てを排し、たった一つの『なにか』を求め旅立ったのだ。唯一、その身を任せられるような『なにか』――全てを捧げられるような『価値』を探しに」
「家出かあ。俺も昔やったぜ」
「スティキュラは何を求めて旅立ったの?」
「宿題しなくていい自由。……んでエピクルは得られたのか? その価値とかいうの」
「ああ。散々に迷い、歩き続け、時には誘惑に堕すこともあったが。それでも彼は、ひとつの価値を見出すに至った」
「……それって、例のあれか?」
「そうだ。彼は『存在』そのものに驚嘆し……そこに『神』を視たのだ」
「『存在崇敬』ってやつね」
「あれを見てくれ。あそこに安置されている物だ」
「……なにあれ」
「石だ。ただの小石だ」
「……石か」
「そうだ。どこにでもある、何の変哲もなき、つまらぬ小石。預言者エピクルはこの小石に気付く事で、悟りを得たのだ。石が『存在』する事への驚嘆によって、神に触れたのだ。……故に教会には必ず安置されている」
「……わからん世界だなあ」
「へっへへ。これ見てこれ! あたしまだちゃんと持ってんだよ、スティキュラからもらったすっっっげえ丸い石!」
「……そんなんあげたっけ俺?」
「!? 忘れてんじゃねえぞスティキュラ! オラ! スティキュラオラ!」
「チンコパンチはやめろ!」
宝石代わりにもらったと、エーリスは頻りに石を撫でていた。
なんでもない贈り物だったのだろうが、彼女にとっては大切な宝物となった。
時には頬ずりし、時には転がし、時にはブン投げて見失っていた。
やはりそんな大切じゃないかも。
「とにかく、小石はエピクル教にとっての一つの象徴なのだ。ここに神秘を、美を、意味を見出す。これが我らの信仰。何も難しい事ではない」
「うーん。俺にはまだちょっと……」
「筋肉バカにはわかんねえか~。駄目だねキミちゃん! 馬鹿は火刑にしよう火刑!」
「野蛮が過ぎる」
絵の中。小石を天に掲げ、涙を流す預言者の姿があった。
聖典において、私の最も愛している一節。
己の信仰の目覚めを思い出すようだ。
……ここに来れて、よかった。
「あ、見てみんな。『500円の寄付で高画質・脱衣・表情差分公開』だって」
「預言者をアダルトコンテンツにしてんじゃねえぞ」
「お金はこの箱に入れるのだろうか」
「見る気満々かよ」
「――あ。やばいよキミちゃん。そろそろ約束の時間だよ?」
「む、もうか? 随分時間がないな、何故だろう……」
「コメリ寄ったからだろ」
「ではスティキュラ殿、一旦お別れだ」
「おう。……しかし俺ぁマジでたまげたぜ。エーリスが貴族の御婦人に気に入られたって? 信じらんねえんだけど」
「マジマジ! お家に来てくれて一回遊んだんだけど、もうマブダチって感じでさあ!」
「マブダチ……。どういう変人なんだよそいつ」
「ベグリオ伯爵夫人という未亡人なのだが。少々事情が特殊でな」
「未亡人?」
「嫁いで早々、事故で夫を亡くしたようだ。子もいなかった為、ほぼ出戻りのような形で生家へ帰ることとなった。……籍も既に抜いたようだが、夫への操からベグリオ伯爵夫人を今でも名乗り続けている」
「ふーん。それはちょっと悲しいな」
「再婚の意思は無いらしいが、子を育てることには前向きなようでな。そこで教会に問い合わせた所、エーリスに出会い、意気投合したらしい」
「狂ってる……」
「うむ」
「『うむ』じゃない! リナちゃん、めっちゃいい人だからね!? 私と三日三晩遊んでくれるぐらい!」
「狂ってる……」
「うむ」
伯爵夫人ことリナちゃん殿と会ったことはないが、エーリスがここまで懐くとは只者ではなかろう。
私とて二日二晩遊び続けて限界であった。
きっと剛の者に違いあるまい。
「じゃ、早速行ってこいよ。俺はパーティーの準備して待ってるぜ! 場所は分かるな?」
「よろしく頼む。楽しみにしている」
夜はスティキュラ殿がご馳走してくれるとの事。
冒険者仲間を何人か呼んでくれるらしい。
普段交流することのない人々。たのしみ。
「んじゃまた後でねスティキュラ! …………よろしくね!」
「お、おう。まあ、任せとけ、うん」
――早々に馬車を見つけ、乗り込む。
御者殿に行き先を伝えると、少し驚いた顔をしていた。
「随分な所に御用事なのですね」。言うが早いか、馬は動き出した。
我々は随分な所に行かねばならぬようだ。
「ここからは遠いの、ベグリオさん家?」
「違うぞエーリス、伺うのは旧姓の方だ。……厳密に言えば、本姓なのだが」
「あ、そっかややこしいな。……なんだっけリナちゃんのマジ姓?」
「これから君の家になるんだ、ちゃんと覚えておくといい。姓は……」
「うん」
「ゴルディウムだ。君は今後、ゴルディウム家の一員になる」
「ゴルディウムね!」
ベグリオ伯爵夫人改め、カタリナ・フォン・ゴルディウム殿。
果たして、どんな御仁だろうか――。




