11章おまけ「パンダ変身譚」
いつもの朝。いつもの様に事務所へ向かう。
今後のダンジョン攻略のため、会議の予定である。
髭の邪魔は入ったが、計画は立てられた。後は二人の承認だけという段階。
「おはようございますリリデス、モジャ」
返事はなかった。
誰もいない? いや、モジャがちゃんと来ている。
……そのモジャが、愕然と立ち尽くしていた。
彼女の目線の、先――。
――リリデスが、一匹のパンダに変わり果てていた。
奇怪。
人が突如パンダになる道理など、ない。
しかし現に、リリデスがパンダと化している。
事務所内。ゴロゴロするパンダ、一匹。
「緊急会議を始めます」
マスターがパンダとなった今、私がなんとかしなければならない。
今後についてモジャと話し合う。
リリデスは――笹を貪り食っている。
「パンダを――いえ。リリデスを、どうしましょう」
「も、森に……返すしか……」
即決。
我々はまず安心感を与えるため、リリデスを存分に撫でた。
「くきゅうん、くきゅうん! ふごっ!」
撫でる度、愛くるしい声が返ってくる。
変身前と同様、彼女は私達に信頼を寄せてくれている。
お腹を見せながら、床をゴロゴロと転がるリリデス。
「リリデス。我々はあなたを、自然へ返す他ありません。……どうか、お元気で」
「さようならリリデスさん……。短い間でしたけど、本当にたのしかったです……」
「くきゅうん、くきゅうん! ふがごっ!」
胸に込み上げてくるものが、あった。
リリデスとの数々の思い出。……悲しくない訳が、ない。
「さあ、こっちですよリリデス。ほら、歩いて。……あんよがじょうず、あんよがじょうず」
「わ、私、絶対リリデスさんのこと忘れませんから……!」
「くきゅうん、ふごごっ!」
「リリデス…………」
「リリデスさん…………っ」
「くきゅうーん、ふごご……っ」
「……あの、何をしてるんですお二人共……? なんですこのパンダ……?」
「……」
「……」
「……」
「リリデスが二人……?」
「ど、ど、どっちが本物なんです……!?」
「こっちが本物に決まってるでしょう!? 状況設定が奇天烈過ぎますよ!!?」
「だって普通に考えてパンダが事務所にいる訳ないでしょう……」
「そうですよぉ。じゃあこれもうリリデスさんなんだなって……」
「私がパンダと化す可能性はお二人的にアリなんですか……!?」
「――で。何故事務所にパンダがいるんですかリリデス」
「私に聞かれましても……」
「あ、あのぉ……。普通に窓から侵入したっぽいんですけどぉ……」
「おや、窓ガラスが割られていますね。なんてことをするんですかリリデス」
「パンダを『リリデス』って呼ぶのやめてくださいませんか……」
「くきゅうん、くきゅうん、ふぐごっ!」
「うへぇ……それにしてもパンダってこんな鳴き声なんですねぇ……」
「最後が無呼吸症候群のおっさんみたいな点が気になる所ですが」
「相当気になりますね……。……よーしよしよし」
「くっきゅーん、くっきゅーん! ……ふがぐごっ!!」
前半部はかわいい。
しかし後半部は就寝中の中年男性のそれである。
三人で体中を撫で回してみる。ふわふわでかわいい。
「よしよしよしよし」
「わしわしわしわし」
「な。なでなでー……」
「ふぐぐっ! ……くきゅうーん! ……ふごっ……!」
とうとう前半部と後半部がおっさんのソレとなった。
可愛さと不気味さの同居。だんだんと不安となっていく我々。
「あ、あのぉ……。こ、これほんとにパンダなんですかぁ……? 怖くなってきたんですけどぉ……」
「どうなんですかリリデス……。あなたが一番動物に詳しいでしょう……?」
「流石にパンダの生態はちょっと……」
「そ、そもそもの話、パンダの存在は正しいアレなんでしょうかねぇ……」
「でもこうして存在してますから今更ですし……」
「しかし何事にも節度というものが……」
パンダの存在論にまで話が発展していく。
あまりそういうアレを考え出すとアレしてくるので、程々にしておく。
存在論はアレとして置いておくが、眼前のパンダが真パンダなのかは疑問が残る。
「もしかしたら背中にファスナーあったりするのでは」
「うへぇ……! 完全にホラーですねぇ……」
「それはもう大事件ですよ……! 大丈夫ですよほら、見てください背中!」
「あ、ファスナーありますね」
「完全にファスナーですねぇ」
「本当だ、ファスナーですよこれ」
「くきゅーん、くきゅーん、ふごっ!」
「――緊急会議を始めます」
リリデスの凛々しき号令。
頼もしき声音であった。彼女はマスターとして立派に成長している。
リーダーシップを遺憾なく発揮し、状況の整理。
「皆さん。我々は見知らぬおじさんを撫で回していた可能性があります」
「謎のおっさんが事務所内に闖入し、床をごろついていた……ということですねリリデス」
「ど、どうするんです?」
「然るべき対処を」
リリデスが救済槌を手にする。
私は退路を塞ぎ、モジャは静観の構え。
囲まれし推定おっさん、逃げ場はない。
「ふごごっ! ごごごごっ! ……んがっ! どうしよっ……!」
鳴き声は完全なる無呼吸症候群のおっさんとなった。
というかとうとう喋った。おっさんの声である。完全におっさんであった。
いや、最早中身がどうであろうと関係ない。――処す。
「き、きええええええっ!」
窮熊猫、化物を噛む。
猛然と襲いかかってくる、謎のおっさん。
「えい」
槌でこづかれる謎のおっさん。
床にめり込む謎のおっさん。
断末魔は「きぴっ」の謎のおっさん。
悪は滅びた。
「――自警団に突き出してきました!」
「お疲れ様ですリリデス。どういう輩だったんですか」
「はい。……現在、王都で発生している『パンダ・スタンピード』。これを悪用せんとした変質者であったらしいです」
「うひいいぃ……! い、い、今になって鳥肌がぁ……!」
「ここまで世の中が荒れていたとは。……今後はより警戒心を持ちましょう」
「隣人を警戒しなければならないとは、なんと悲しき事でしょう……。願わくば、世界に虚無のお導きがあらんことを……」
悲しきモンスターの存在を知り、また一つ成長を遂げた「導きの光」。
人が人に害をなす世の中は、今後も絶えず続いていくことだろう。
それでも我々は、人の善性を疑ってはならない。
信じることだけが、私達に出来る事なのだから――。
「…………」
「…………」
「…………」
(パンダのスタンピード……?)
(パンダのスタンピードって何……?)
(何故パンダのスタンピードが……?)
「そもそも」に関しては酒で忘れることとした。
モジャにならって、みんなでしこたま飲んだ。
パンダばかりの、悪夢を見た。
~Fin~




