10章おまけ「探し物はなんですか」
「ないッ! ないッ! ない……ッ!! ミハエルッ! そっちはどうだッ!!?」
「こちらにも御座いませんな」
「馬鹿なッ!? 何故だッ!!? 確かにッ! 確かにこの金庫に……ッ!! ……賊の侵入した形跡はどうだッ!?」
「いえ全く。……おやケイト。そちらはどうでした? 痕跡などはありましたか?」
「いや~さっぱりッスね。なくなったもんも別にないッスし……」
「ジョージッ! キャミーッ! そっちは!?」
「特にありませんね」
「何故だ!? 何故契約書がなくなるッ!? 本当に侵入した形跡はないのか!? 昨晩の見張りは!?」
「ここ数日は私とケイトが。昼間もジョージらが絶えず巡回をしておりました。万に一つも隙は御座いません」
「そッスよ。一歩でも足を踏み入れりゃ速攻でブッ殺してるッスもん。ありえねッス」
「屋外にも人員を多数配置して御座います。侵入者、という線は些か考え辛いかと」
「そもそも契約書だけ盗むっつーのも絶対おかしいッスよ。あのシルティ様がそんなこと企む訳もねえッスし」
「……まさか、内部の人間……? おい、お前らじゃないだろうな……!? 随分と不満を持っていたようだが……」
「!? 疑うなんてあんまりッスよ!? ひでえッス!」
「若様、それはありえません。裏切り者が居ようものならこの老体、何に変えましても即刻首を落として御座います」
「そうッスよ! 裏切りは制裁ッス! リスク高すぎッス! あたしらが盗むなんてありえねッス!!」
「っ……。す、すまん。つい疑心暗鬼に……」
「いやー許せねッス! スト起こすッス! 賃上げ要求するッス! 春闘ッス! お休みも欲しいッス!」
「ミハエル、こいつの給金30%カットしろ」
「御意に」
「調子乗ったッッッ」
「――若様、よく思い出して下さい。最後に契約書をお取り出しになったのはいつ頃で?」
「五日前だ……。法に詳しい友人を呼び、契約内容に不備がないことを確かめた……」
「確認した後はどうなされました?」
「もちろんすぐ金庫にしまったが……」
「……あれ、ちょっと待ってほしいッス。若様、その友人と談笑してたッスよね? 笑い声聞こえてきたッスよ」
「ああ、内容確認後は個人的な雑談をしていたが……。それがどうした?」
「その談笑前に金庫に入れたんスか? 談笑後に金庫に入れたんスか?」
「……ん? 確か……確認してからすぐ……だから、談笑前……」
「なんか返事に間があったッスね。っていうことは記憶曖昧って事では? それ本当に確実な記憶ッスか?」
「んむ……?」
「金庫に入れた時、ちゃんと意識して入れたッスか? ジョークでも飛ばしながら、なんとなーくしまったんじゃないッスか?」
「じ、自信なくなってきたな……。……いや、確かに入れた……はずだが……」
「入れたつもりになって、実は机に置きっぱなしにした可能性もあるッスよね? そんで他の書類と一緒にどっかにやっちゃったんじゃないッスか?」
「…………。………………ッ?」
「ケイちゃん尋問お上手ね」
「検察官目指しちゃおっかな~!」
「……私が……原因か……?」
「誠に失礼では御座いますが。どこかへ置き忘れた、と考えるのが自然かと存じます」
「ぶっちゃけみんなそう思ってるッスよ。ねえ?」
「ぶっちゃけそう思います」
「ぶっちゃけそう思いますわ」
「………………………」
「若様、頭を抱えても仕方が御座いません。思いがけず見つかる事とてあるでしょう」
「そうッスよ、落ち込んじゃ駄目ッス! ……慰めになるかわかんねッスけど、あたしもしょっちゅう物失くすんスよ~。それこそ一週間ぐらい前にも……」
「おや、それは聞き捨てなりませんなケイト。何を失くしたので?」
「ほら! 塀を乗り越えようとした賊ブッ殺したじゃないッスか! そいつ地下でバラしてる時、使ってたノコギリが無くなっちまったんスよ! 休憩から帰ってきたらどこにもなくって!」
「……あ、それ私だわ。牛捌くのに借りちゃって。食肉解体室にあるわよ」
「え!? なんだ、キャミーちゃんが犯人ッスか~! ……ほら若様! こうやってひょっこり出てくるもんッス! だから元気出すッスよ!」
「……おいミハエル。昨日の晩飯……」
「ビーフステーキで御座いましたな」
「……オおォエエェえぼぼろおぉ……ッ」
「!? きったね!? 何吐いてんスか!!?」
「ケイト、責任を以って処理なさい」
「なんで!!?」
「こいつの給金50%カットしろ……」
「だからなんで!!?」
「――うう、ひどいッス……なんも悪いことしてないのに……。キャミーちゃんのせいなのにィ……」
「話は脱線したが……。ならば私は一体どこへ置いたんだ……?」
「少なくとも書斎には御座いませんな」
「無意識にどこかへ持ち出したか……? いや、そんなことするか……? ううーむ……」
「……あ。もしやカタリナ様が犯人かも?」
「……姉上が?」
「カタリナ様ってたまに落ちてる物部屋に持ってっちゃう習性あるんスよ。光る物とか特に」
「カラスじゃねえか」
「そういえばジョージさん。失くしたビー玉、何個か拾われてましたね」
「ええ、大事に保護してもらいまして。本当に助かりました」
「……ビー玉? なんでビー玉なんか持ってたんだ?」
「きらきらしててきれいなので」
「かわいいなおい」
「涙目で屋敷中捜索してたッスもんねジョージ先輩」
「かわいいなおい。……しかし契約書だぞ? 姉上とて持っていくだろうか……?」
「営巣中のカタリナ様だったら持っていくかもしんねッス」
「だからカラスじゃねえか」
「――という訳でして。姉上、何かご存知ありませんか?」
「あらぁ~。それは大変ねぇ……。カラスに盗まれるだなんてぇ……」
「分かってませんね姉上」
「カタリナ様、契約書拾ったりしてねッスか?」
「契約書だなんてぇ。そんな大事そうなもの、勝手に持ち出しませんよぉ」
「……やはりそうですよね。いや、失礼しました、我々の早とちりで……」
「最近持ち込んだのはぁ。洗濯バサミとかあ、壊れたハンガーぐらいでぇ……」
「本当にカラスみたいなことしないでください姉上……ッ」
「ほら見てケイトちゃん~。ハンガーの針金で作ったの~。コッホ曲線」
「……すッげえ!?」
「いやすごいけども。……ああ、それより一体どこへいってしまったのだ。あれがなければ私は……っ」
「そんなに落ち込んじゃ駄目よぉグスタフちゃん。失せ物なんてよくあることよぉ。私も最近やらかしちゃってぇ」
「そ、そうですか。……いや、すみません。そんなことよりすぐ他の場所を探しに……」
「賊さん解体中に使ってたノコギリがなくなっちゃってぇ~。ほんとどこ行っちゃったのかしら……」
「……何とんでもねえこと手伝わせてんだクソメイド!!?」
「だ、だって……。どうしても手伝いたいって聞かないもんッスから……」
「アンダーグラウンドが見たくってぇ……」
「見るどころか加担しないでくださいよ!!?」
「カタリナ様すみません、私がノコギリお借りしてしまいました」
「あらそうなのぉ~。あとで私のお部屋に返しておいてねぇ」
「ノコギリ私物!!?」
「――くそ、振り出しに戻ったか……っ」
「でもカタリナ様も協力してくれるっていってるッス! 協力な助っ人ッス!」
「ジョージくーん! ほらみて、このガラスの破片~」
「きらきらしててきれい」
「ね~!」
「……ジョージ、姉上を連れてどこかへ行ってくれ……。今日はもういいから……」
「承知しました。ではカタリナ様、熱海にでも行きましょうか」
「いいね~!」
「敷地内で頼む」
「しっかしこんだけ探しても見つからないっつーのは不思議ッスねえ。使用人総動員ッスよ?」
「何故だ……。他に探していない所はないのか? 他にどこか……っ」
「……処理室、で御座いましょうか」
「……何?」
「情報漏洩を防ぐ為、屋敷内のゴミは専用の処理室にて焼却処分して御座います。契約書が何らかの手違いで廃棄されていたとしたら……」
「!? ゴミの焼却日はいつだ!? まさかもう……!?」
「一週間毎の処理です、まだ大丈夫で御座いましょう」
「よし! 使用人を全員そこへ向かわせろ! 総動員してゴミの中を探すのだッ! 我々も行くぞッ!」
「申し訳御座いません若様。持病の腰痛がアレで御座いまして」
「ごめんなさい若様。そろそろ夕食の仕込みをしなくてはならず」
「すんません若様。先発で登板予定なので失礼するッス」
「行くぞクソメイド!」
「言われてるッスよキャミーちゃん」
「あなたのことよ」
「――おえええぇ~臭いッス……! 地獄ッス……! 最悪ッスぅ……! これ生ゴミ……っうえええぇ……!」
「全てのゴミを探せ! 見つかったら全員にボーナスだぞ!」
「何がボーナスッスかぁ……! 警備がおしごとなのにぃ……! こんな事するためにいるんじゃないのにぃ……!」
「それは違いますよケイト。主人が為、あらゆることに粉骨砕身するのが我ら使用人の務めで御座いましょう」
「……なんでミハ爺は探さずに見てるだけなんスか!? 率先して動くのが上司っつーもんッスよ!?」
「腰が粉骨してアレなので」
「嘘つけクソジジイ!!」
「ケイちゃんファイトー」
「仕込みに行ってるはずのキャミーちゃんまで応援してる……。これ幻覚……?」
「手を抜くなよお前ら! ……おい、そこちゃんと確認したか!? そっちもだ! ……おい、その袋もだ! 全部あらためろ!!」
「うう……こんな理不尽がまかり通る世界間違ってるッス……。労働者が立ち上がって政治改革を起こさねばならぬッス……。階級制度も私有財産も排さねばならぬッス……」
「ケイちゃんが革命思想に傾倒しそうだわ」
「若様、このままでは屋敷内がコミュニズムの炎に包まれます」
「わ、わかった。ちゃんと全員に手当やるから機嫌をなおせケイト……」
「大体朝っぱらから自分のゲロを処理させるわ、ゴミ塗れにさせるわ……。もしかしたら汚物趣味があるのかもしれねえッス……。結婚したらシルティ様があまりに不憫……」
「そんな性癖持っとらんわ!?」
「汚物趣味のサディスト貴族、それが若様ッス……。いずれ澁澤龍彦あたりに変態異端貴族として紹介される御仁ッス……おお気持ち悪い……」
「てめえマジでぶっ殺すぞクソメイド!!?」
「ふんだ! 若様なんかにゃ殺されねッスもんね! あたしクッソ強いんスから!! アーホ! 若様のアーホ!!」
「ミハエール! こいつ三ヶ月無給にしろッ!!」
「たすけて殺されるぅ!!!!」
「――……」
「御座いませんでしたな、若様」
「全てを……。探した……。なのに……無い……ッ。何故……。何故…………」
「ただいまッス~。さっぱりした~」
「あらケイちゃん、上等なバスローブね」
「若様の私物から拝借してきたッス。ふわっふわ!」
「シルティ……。君を手に入れる事叶わぬのか……。シルティ……」
「うわ、突っ込む余裕すらなく完全に落ち込んでるッスね。笑っちゃお、ぶへぁっへぁっへぁっ!」
「こいつ六ヶ月無給にしろ……」
「リクナビに登録してくるッス。お世話になりました」
「制裁案件ですよケイト」
「死が確定した」
「……。いや、契約書紛失を隠し通せれば、あるいは……」
「え?」
「……そうだ! シルティは恐らく、既に結婚の覚悟をしているはず……! バレぬうちにそのまま籍を入れてしまえば……!」
「ええー! ミハ爺、いいんスか!? シルティ様騙すつもりッスよ!?」
「流石に無理で御座いましょう。慎重なシルティ様の事、結婚前に契約書の確認ぐらいはするでしょう」
「それにカタリナ様が紛失のこと知っちゃったんですから。籍いれる前に絶対バレますわよ」
「え? カタリナ様も結婚反対派なんスか?」
「なにも考えてない派よ」
「たしかに」
「………………」
「あ、また落ち込んだ。ぶへぁっへぁっへぁっへぁっ……」
「――あったぁ!!!!!」
「ぶへぁっへぁっへ……え?」
「……何?」
「グスタフちゃーん! あったよ! あったよぉー!! ジョージくんと一緒に、みつけたあーっ!」
「!!? マジッスか!?」
「ッッ!!? え!!? ど、どこに……どこにあったッ!!?」
「カラスです若様! カラスの巣にッ! 奴らめが盗んでいたのです!!」
「カラスだと!!? ……え!!? 姉上の隠語じゃなくてマジガラスか!!?」
「その発言クッソ失礼ッスよ若様」
「いやはや。しかし屋外とは思いませんでしたな」
「道理で見つからなかったんスねぇ。いやあ、本当にカラスの営巣に使われているとは……」
「で、でかした……ッ! でかしたジョージ! ほんとうに助かりました姉上……ッ!! ありがとう、本当にありがとう二人共……ッ」
「御覧ください若様! こちらです!!」
「おおッ!!」
「なくしてたビー玉! 三個も!!」
「――あ。気絶したッス」
「お疲れだったので御座いましょう」
「私が運んでおきますわ」
「よかったねえジョージくん~」
「きらきらしててきれい」
~Fin~




