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「宗教勧誘しただけなのに追放されそうです……」  作者: 頭いたお
10章 シルティはたっとき御令嬢
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9.シルティはあくらつ冒険者

 ――無力だという、現実。



 圧倒的な、力。

 それを振るえる場所など、限られています。

 殴って全て解決できるほど、世界は単純ではありません。



 人を導く、信仰。

 私の言葉は、誰にも届きません。

 救いだなんだのをのたまっても、空虚な思想として消えていきます。



 この二つで、なんともならぬのなら。

 ……私には一体、何が残っているのでしょう?

 愚鈍に物事に臨むしかない私に、何ができるのでしょう?



 できない、できない、できない、できない。

 不可能事ばかりが、私を形作っている。そういう気が、してきます。

 人を救いたいと大言を吐いた所で。力でも、信仰でも、なにひとつ救えやしない。



 惨めな無力感を、抱えながら。

 「人の世」を、まあまあ好きになれそうもないまま。

 重い重い何かを引きずるように、事務所の前へ。



「…………」



 扉を、開けたくない。

 楽しい一日――苦を忘れさせてくれる、楽しい楽しい一日の始まりは、この扉からなのに。

 今日は恐らく……。悲しい悲しい、そんな一日になりそうで。



「……あ」



 なんとか把手に手を伸ばしますと。

 鍵は既に、開いていました。



「……シルティ、さん?」


「……おや、早いですねリリデス。まだ六時ですよ」


「……シルティさんこそ。……早すぎますよ」


「お互い様ですね」



 あたたかな朝日が、銀の髪を輝かせます。

 きらきら、きらきらと。

 皮肉なほどに。



「…………。あの、シルティさん……」


「会ってきましたよ、両親に」


「……。……どうでした?」


「泣きながら抱擁されましてね。それからはほぼ軟禁みたいなものですよ。質問攻めにされ、叱責され、また質問攻めにされ。そして、ご馳走を用意されて。……久々に良いものを食べてしまいました」


「……ふふ。ご一緒したかったですね」


「ええ、いずれは一緒に」


「……」


「……。……再確認したんですが」


「……はい」


「私、やはり家族が苦手です。……母が、父が……家が、苦手です。……はっきりと、再確認してきました」


「……」


「ですが。……嫌い、ではありませんでした。……苦手ではあるんですが。……嫌い、にはなれませんでした」


「……当たり前ですよ。……ご家族なんですから」


「ほんの少し前までは、嫌いだと思っていたんですけれど。……こういう事態になって、あらためて会ってみますとね。……色々と、分かるものなんですね」


「……」


「……」


「…………」


「…………。ねえ、リリデス。……私。…………」


「…………」


「冒険者、やめようかと」




 予想はしていた、言葉。

 決して聞きたくなかった、言葉。

 それがついに。こうして。




「――色々と考えました。そもそもの発端の、貴族特有の馬鹿げた契約……。結んだ責任は両親ですし、いっそ全部無視して……。情けなき、悪辣なる冒険者を目指そうかな、とも考えたんですが。……そこまでは、なれそうもありませんでした」


「…………っ。……そう、です……か」


「こちらで保管していた契約書も確認しましたが、やはりなんともなりません。腹いせに破いてやりましたが……。ふふ、本当に腹いせにしかなりませんね。困ったものです」


「…………」


「…………」


「……本当、に……なん、とも……。ならない、のでしょうか……。なにか……。なにか…………っ」


「……すみません」


「…………」


「…………。……実は。……あなたがグスタフと正当性について問答していた時。……少し、戸惑ったんです」


「え……?」


「……私は、貴族階級として……その恩恵を受け、育ってきました。食うに困らず、高い教育を受け、全てを用意してもらい……。……既にたくさん、受け取ってしまいました。これらを享受しておきながら、貴族としての責任を果たさない自分について……。少し……。…………」


「それはッ! それは、シルティさんが望んだことでは……ッ!」


「勿論、冒険者になった際……。この『不正行為』に対しての誹りは、受け入れる覚悟でした。後ろ指を指されようと、憧れに対して忠実に生きる。……正しくない人間で構わない、そう考えていましたし、今でもそう考えてはいるのですが……」


「で、でしたら……っ。でしたら…………っ」


「それも結局、家族を引き合いに出された時……覚悟の甘さを知りました。両親の顔を思い出した時……『貴族』たる自分に、一気に引き戻された気がしたんです。……あの戸惑いが、もう答えだったんでしょう。……ここが私の、限界みたいです」


「…………っ」


「……私は、『善意』に弱いんでしょうね。家族のように、無償の愛を向けてくれる人達に。……悪意相手であれば、こっちも悪人になれそうなんですが。……ままなりませんね、本当に」


「…………」


「そして……。ねえ、リリデス。……善意。ふふ……。…………あなたにも、報いたかったんですが」


「……? シルティ、さん……?」



 私の頬を撫でる、シルティさんの手。

 優しくて、あたたかい、小さな手。

 今までで一番の、柔らかな微笑み。



「冒険者として、もう少し一緒にいたかったんですけども。……すみません」


「…………」


「……まあ、お別れではありませんからね。今後は友人として付き合ってもらうことにしましょう。……そうだ。毎日お屋敷で布教でもしてもらいましょうかね? グスタフは大いに困るでしょう。それで少しは溜飲が……」


「『どこへだって行ける』……って……」


「……え?」


「『私はどこへだって行ける』って……。そう……。そう、おっしゃったじゃないですか……。そう……そう、おっしゃって……」


「…………」


「もう……。行けなく、なっちゃうんですよ……? ……シルティさん、が……。自分の足で、歩いて……戦ってっ……。……そういう景色、が……っ。…………っ! 景色、を…………っ」


「……。なにも泣かなくったっていいじゃないですかリリデス。今生の別れでもないのに。…………泣き虫ですね、本当に……」


「私は、もっと……。もっと……っ。あなたと……。お、同じ……景色を……っ。隣、で……っ。……ご一緒、に……っ。…………っ」


「……そう、ですね。…………リリデス。……私も……。……もう少し……。あなたと…………」


「シルティ、さん……っ。いや、です……。いやです、私……。わたし……っ。いや、いやぁ……っ」


「……大丈夫、大丈夫。リリデスは、大丈夫。……大丈夫」


「っ……ち、ちが……っ。……私、私が、あなたを……っ。…………っ!」


「大丈夫、大丈夫。……リリデスは、大丈夫……」


「ああ、あぁぁあ……っ。ああ……っ」




 泣きたいのは、シルティさんの方なのに。

 一番苦しいのは、シルティさんの方なのに。



 なのに泣いているのは、私の方で。

 前と同じ言葉で、また慰められていて。



 なにも、できない。

 救うことなど、できなければ。

 慰めの言葉すら、かけられず。

 あまりに情けなくて。なにもできない自分が、許せなくて。



 だけど。

 もう、全部、終わってしまうと思うと。

 本当に、何もできなくなってしまって。

 涙ばかりが、こぼれて。



 全部、全部。

 終わって、しまう。

 ギルドが。冒険が。全部――。





「――あ、あのぉ……? お、おはよう、ございます……」


「……っ! モ、モジャ……さん……っ」


「モジャ……」


「お、おはやいですね、お二方……。……あの、状況を見ますに……。…………」


「……すみません、モジャ」


「や、やめちゃうんですかねシルティさん……?」


「ええ。……あなたをこの世界に引き入れたのは、私だというのに。……本当に、すみません。本当に……」


「い、いやいやいや! だから私のことは別に……! ……だ、大丈夫ですか、リリデスさんは?」


「……参りましたよ。ほら、もうこんなに泣いてしまって。笑ってやりましょうモジャ。はははは」


「……っ。……だ、大丈夫、です。……もう。…………っへっちゃら、ですから……」


「…………リリデス」



 ――そうです。

 終わりでは、ない。

 終わらせては、いけない。



 シルティさんが、いなくなったとしても。

 モジャさんと一緒に、ギルドを続けていかなくてはなりません。

 ここは、私達の居場所なんですから。しっかり、しなくては。



 私の、ためにも。

 モジャさんの、ためにも。

 そしてシルティさんに、安心してもらうためにも。




「す、すみません、でしたっ。……モジャさん、そういう、訳ですので。……今後は、その。……シルティさんは、もう……」


「ええ。……しょっちゅう遊びにきますよ。冒険譚、聞かせてくださいね」


「も、もちろん、ですともっ。やめたのを後悔するような、冒険、してやりますから……っ」


「楽しみですね。ふふ……」


「…………。あ、あのぉ。シルティさん? そのぉ……。怒られるかなあって、敢えて言わなかったんですけども……」


「……なんでしょう?」


「シルティさん……なんならリリデスさんも……。もうちょっと、こう……『悪く』なってもいいんじゃないかな~? と……」


「……ふふ。……そうなりたい、と思っていた所でしたが。……私には、ちょっと難しいですね。家族を犠牲に出来るほどの悪人には、なれそうも……」


「あ、そ、そういうことじゃなくって……! ……まあ、シルティさんらしくっていいとは思うんですけども……」


「? ……どういうことでしょう」


「い、いやあ……。もっと……いろんな解決策を探っても、いいんじゃないかなぁ~? って……」


「……私も数日、色々と考えてはみましたが。……やはり、どうにも……」


「そ、そうですかぁ……? うーん……」


「ええ。あちらが契約書を握っている限り……やはりこれしか」


「契約書ってこれですかぁ? ずいぶん上等な紙質で。へへ……」


「ええ、それです。それがあちらにある限り……。…………」


「…………」


「…………」


「…………」







「え?」


「えっ」


「ふへ」








 え。







 ……え?







 …………えッ!!???!?








「――いやあ、昨日ふらっと散歩してましたらぁ。偶然ゴルディウムさん家の近くを通りましてぇ。……風が強い日で、窓もあいてましたしぃ。書類とかいっぱい道にとばされててぇ、へっへへへ……。()()文字も知ってたからぁ。ピンときちゃってぇ」


「…………ッ!? ……モッ……! …………!!? …………ッ!!?!?」


「…………ッ!!?? モ、モ、モモ、モジャさ……ッ!!? …………ッッッ!!?!?」


「こいつは大変だと思って拾ってはみたんですけどぉ。戸籍なき下層民が、大貴族様に直接お渡しするわけもいきませんからぁ。……シルティさん経由で、返してもらおうかなあってぇ。へっへへへ……」


「……………………ッ!! ……………………ッ!!?」


「…………ッ!!」






 ああ。

 あああ。あああ。

 あああああああああ。




 モジャさん。あなたは。

 言葉には、言葉には出さずとも。

 あなたの、心は。心から。愛を。愛。

 愛……っ。あああ……!!





「こ……ッ。…………ッッ。い、いや……ッ。………‥ッこれ、は……ッ。これは…………ッ」


「はいどうぞ。グスタフさんにお返しください、へへ」


「…………ッッ!? ………………ッ」



 差し出された、契約書。

 受け取れない、シルティさん。

 ぷるぷる震え、口をあんぐり。

 初めて見る、驚愕の表情。



「モ、モジャ……ッ。モ……ッ。……あ、あなた……。あなた…………!? ぬ、盗……。盗…………っ!」


「え!? まさか冒険者となって足を洗った私が盗みを働いたとでも!? 仲間を疑うんですか!!? いやあ、傷付きましたねぇ、傷付いちゃいましたねぇ……!! シルティさんのこと嫌いになっちゃいそうですねぇ……!」


「…………ッ! ………………ッ」 


「いらないんです? じゃあ……ひとまず、リリデスさんに預かってもらいましょうかぁ」


「ッ!! ええ、私が預かりああああっと手が滑りましたァッ!!!」


「…………あ」




 盛大に滑った手が、偶然にも契約書を破ってしまいました。

 二度、三度と手が滑りに滑り。

 契約は無数の破片となり、床へと散らばっていきます。



 手はその後も丹念に滑り続け、修復不可能な程にちぎられて。

 途中からモジャさんも手が滑りだし、こんもりとした屑の小山に。

 それを呆然と、言葉なしに眺めるシルティさん。




「ああ、よく手が滑りました……!」


「手を滑らせるのもなかなか大変ですねぇ……」


「……もうちょっと手を滑らせますか。念には念を……」


「わかりました。もう粉にするぐらいに……」


「……………………」




 結婚。契約。貴族。責任。

 根、情念。救済。人の世。



 この数日。散々に悩み悩まされた、いろんなもやもやが。

 ちぎられ、ちぎられ、ちぎられ、ちぎられ……。



「……ふう、こんなもんですかね? ……困りましたね、グスタフ卿にお返しするつもりでしたのに!」


「いやあ、やっちゃいましたねぇ。でも仕方ないですねぇ、滑っちゃったんですからねぇ……!」


「……モ、モジャ。リリデス……。い、色々と……言いたいことが……。いや、言わねばならぬことが……たくさん……。こ、こんな、方法は……。許される……ことでは……」


「はいッなんでしょう!!」


「なんですぅ?」


「…………っ。………………」


「……あ、そこもうすこし手を滑らせましょう」


「ああ、まだ読めちゃいますねぇ。あ、これも……」


「……。………………」


「あ」



 しばしの沈黙の後。

 シルティさんが腰をかがめまして。

 床に落ちた小さな破片を、ひとひら拾い上げますと。



「!」


「……へへ」




 ぴり、と。

 手を、すべらせました。




「……。共犯、ということで…………」


「はい! …………はいっ!!」


「ふへっへへへ……!」


「……本日は!! バーベキューしましょう!! バーベキューっ!! バーベキュー!!!!」


「え、ええ……? そ、それはちょっと……」


「座ってるだけでいいですから! お酒飲んで座ってるだけで!! 私が全部準備しますから!! 炭から焼きから全て!!」


「う、ううーん……? そ、それならまあ……」


「……。私も座ってるだけで」


「ええ、ええ! 私が全部! 全部……!!」




 ――今だけは、存分に悪に浸りましょう。




 悪い宗教を広める、邪教徒の私。

 元盗人で、多分今も盗人のモジャさん。

 そして、社会への責任をかなぐり捨てし冒険者、シルティさん。



 あれやこれやが渦舞く、人の世でございますれば。

 想いに従いましょう。憧れに従いましょう。業に従いましょう。

 なにせ人の世、ですから――!



















「――いやあ。これで潜在的犯罪者率100%になっちゃいましたねえ。へっへへ……」


「……バレねば犯罪じゃありません」


「我々も随分たくましくなってきましたねシルティさん!!」


「……………………」




10章 シルティはたっとき御令嬢 ~終~

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