7.シルティはあいされし御令嬢
「――お、大きい……!?」
翌日。
早朝から馬車を乗り継ぎ乗り継ぎ、やってきたるはゴルディウム家がお屋敷。
想像を遥かに超える、その大きさ。
ただの門ですら、思っていた数倍……。
そしてその門から、お屋敷までの距離たるや。
いけません、圧倒されております……。
「……」
数名の門番が、隙なく守りを固めているのは勿論のこと。
塀にも数メートルおきに人が配置され、絶対に侵入者は許さぬ構え。
この一人一人が相当なる手練れ――そんなオーラが漂っています。
まずはグスタフ卿にお会いしなければ始まらないのですが。
一切を拒むかのような人、人、人に、既に押され気味。
……しかし怯んでなどいられません。
まずは門を目指し、真っ直ぐ、果敢に歩いていきます。
拒まれることなど、分かっているのです。
それでしたら、いつまでもいつまでも待って、粘る。
愚直こそが、私の唯一の手段にして策なのですから――。
「――あの。すみませんっ!!」
「! ……その風貌。リリデス様でいらっしゃいますね?」
「え、ええ。……あの、大変不躾ではあるのですが。是非グスタフ卿にお目通りをお願いしたく……!」
「お待ちしておりましたリリデス様。さあ、どうぞこちらへ」
「はいっ! いくらでも待ちますので、何卒、グスタフ卿に……っ!」
「はい、こちらです」
「……。…………ん?」
「ですからこちらにどうぞ。馬車を用意しております、これでお屋敷へ。グスタフ様がお待ちです」
「………………あれ?」
「――お待ちしておりましたリリデス様。わたくし、執事長のミハエルと申します。若様の言いつけどおり、この老体めが御案内させて頂きます」
「は、はい? ……え? え? え?」
――とんとん拍子で敷地内。
何事もなく門を通り抜け、長き道のりを進み、気付けばエントランス。
絶対に拒絶されると踏んでいたのですが……。
な、なんでしょうこれ……。
「え、ええと……?」
ミハエルさんなる方の後ろにくっつき、困惑のままに歩いていきます。
貴族のご邸宅なぞ初めてでありまして。天井の高さにただただ驚くばかり。
ああ、慣れない……。
「……随分と困惑していらっしゃいますね」
「えっ? ああ、い、いえ。まあ……」
「若様の御言いつけでは、きっと貴方様は諦めず訪ねてくるだろうとの事でありまして。我々もこうして準備していた次第で御座います」
「…………」
私の行動などお見通し、ということでしょう。
まるで罠にかかった気分です。……何か企みがあることは確実。
なれば私の願いなど、やはり聞き届けられる可能性は……。
「ご想像どおり、説得が聞き入れられる望みは薄いかと。しかし罠という程の企みも御座いますまい」
「うっ……!?」
……な、なんでしょう。
なんだか心を読まれたような……。
そんなに顔に出ていたでしょうか……。
「困惑。いやはや、我々とてここ数日、困惑頻りで御座いまして。若様の浅慮なる行動。なんともはや、なんともはや」
「は、はあ」
「何度もお諌めをした次第ですが聞く耳持たず。わたくし共使用人も困惑の渦中に御座います。親族の皆様はより一層で御座いましょう」
「……」
シルティさんが仰っておりましたが。
グスタフ卿の行い。これは貴族的にも非常によろしくなく、家名に傷をつける行為とのこと。
どうもお屋敷内でも好意的には受け入れられていないようで……。
(……んっ!?)
そういえば。
ゴルディウム家の御当主様は、一体何をしてらっしゃるのでしょう?
……グスタフ卿のお父様に接近できれば、もしや……?
「……あの! 少しお聞き……」
「それは望むべくもありません。御当主様はかねてより病床に臥して御座います。既にゴルディウムが指針は若様の掌中。シルティ様もその点は重々承知かと存じます」
「ううっ……!?」
ま、また心を読まれたような。手強い……。
しかしなるほど。だからこうして結婚を強要できた、と。
一筋の光明が見えた気がしたのですけれども……。
「光明、で御座いますか。あらゆる角度から可能性を見出さんとする姿勢は誠にご立派……」
「完全に地の文読んでませんッ!!?」
「老いのなせる技で御座いますれば」
「――若様、少し準備があるようで御座いまして。こらにてお待ちくださいませ」
老いの技に呑まれつつ、ギャラリーに据え付けられたソファで待機。ふっかふか。
「準備」が何なのかは分かりませんが、待てと言われればいくらでも待ちましょうとも。
「お待ちしている間、お飲み物でも。ご希望はございますか?」
「…………」
紅茶でお願いします。
「紅茶で御座いますね。しばしお待ち下さい」
「もう驚いてあげませんからね」
「しょんぼりで御座います」
待っている間、何人もの使用人の方々が通り過ぎていきます。
流石は大貴族様のお屋敷。教育も行き届いているのでしょう。
歩く姿ひとつとっても、皆さんに美しい品を感じます。
……少々、品がありすぎるような。
「……」
修道院に、騎士団。
これらも厳粛を尊ぶ気風ではありましたが。
やはりそこには、生活の香りも混じっていたものです。
(落ち着かない……)
この場には、それを感じません。
……本当に人が、ここで暮らしを営んでいるのでしょうか。
厳かで、ずっと張り詰めたような空気感。
美しさと気品が、凍ったような冷たさを醸します。
これが貴族の生活、というものなのでしょう。
私には縁なき、窒息しそうな異郷の地。
荘厳たる空間を乱す方など、一人もなく――。
「――ッあああぁッッ! もしかしてリリデスさんッスか!? リリデスさんッスよね!!? すッげぇ、ホンモノじゃないッスか! でッかァ!!」
――……めっちゃ乱されました。
すんごい勢いで駆け寄ってきた、赤毛のメイドさんが一人……。
「これ、いけませんよケイト。リリデス様に失礼で御座いましょう」
「すんません! でもあたしファンなんスよ! とんでもねえ話めっちゃ聞きますもん!! ホンモノの雰囲気すッげえ!!」
「あ、あの。あなたは……?」
「野次馬ッス! よろしくお願いしまッす!!」
「そ、そうですか……」
「でもこれアレっすよね! リリデスさん来てるっつーことは、若様がマジに結婚強要したっつーことッスよね!? っかぁー! やっぱ駄目ッスねあの人!!」
「そんな大声で。若様に聞こえますよ」
「でもみんな駄目っつってますよ!? ……あ、ジョージ先輩! 若様クソッスよね!? キャミーちゃァん! 若様アホっすよね!?」
「クソかと思います」
「アホですわね」
「ほら!」
「えぇ……?」
……完全に乱された厳粛さ。
暖かき風が台風のごとく舞い込んできまして。
少し安心はしましたが、加減が……。
「あの……。皆様もこの婚約には反対なんでしょうか?」
「当たり前じゃないッスか! 若様、完全に悪者ムーヴかましてんですもん! それにシルティ様が一番可哀想ッスよ!」
「シルティさんをご存知で?」
「そりゃもちろん! 冒険者になる前はしょっちゅうお会いしましたよ! あの凛々しさは憧れッスね~! あたしらにも気を使うぐらい優しくって、そりゃもう大人気ッス!」
「そ、そうでしたか……!」
「そんなシルティ様が夢を諦めて、好きでもない男に嫁ぐとか最悪じゃないッスか! クソッスよねジョージ先輩!? キャミーちゃんもアホだと思うッスよね!?」
「クソかと思います」
「アホですわね」
「ほら!」
「さっきから延々と周りをウロウロしているジョージさんとキャミーさんは一体……」
「野次馬です。ヒヒン」
「野次馬ですわ。ヒヒン」
「…………」
――紅茶を啜りつつ、野次馬さん達のお話を伺います。ヒヒン。
シルティさん、以前はしょっちゅうここに訪れていたようで。
婚約者。……当然ではあるのでしょう。
「でもシルティ様、いっつもつまんなそうでしたね! そりゃそうッスよ、好きでもねぇ男の家に連れてこられてちゃ! ねえミハ爺!」
「ノーコメントに御座います」
「ここに来るといっつもあたしに話しかけてくれてェ! 隙あらば一緒にあれこれ語り合ったもんッス! そうそう! 休日にご一緒して出かけたこともあるんスよ!! 若様抜きで!! 楽しかったなァ~!」
「……ふふ。なんだか分かるような気がします。シルティさん、くだけた方のほうがお好きですし」
「そうなんスよ! あたしら不良女中のケッタイな管巻きを面白そうに聞いてくれるんスよ~! そんなシルティ様のお気持ちを理解できねェ若様はクソアホッスよ! ねえジョージ先輩! キャミーちゃん!」
「クソアホかと思います」
「クソアホですわね」
シルティさん御本人は品のある方ですが。
彼女が好んで付き合っていた方々は、対照的な――それこそ、冒険者達ばかりでした。
下品、とは違います。裏表なき、痛快な方々こそ、彼女の愛する人達。
今も昔も変わらぬ、シルティさんの人柄なのですね。
「それでぇ、シルティ様ったらァ~……!」
「…………」
…………もしや。
使用人の皆様の声を、味方にできれば。
グスタフ卿説得への活路が、見い出せるのでは……。
「……。あ、あの」
「……ああ、なんと。それはいけません、いけませんよリリデス様。ああ、なんということをお考えに……」
「……え? す、すみません。や、やっぱりいけませんでしょうか……?」
「シルティ様にビキニアーマー着用などと……! ああ、いけませんいけません……!」
「考えてませんがッ!!?!!??!?」
「な、なに考えてんスかリリデスさん……? 引くッス……」
「ドン引きです……」
「ドン引きですわ……」
「冤罪ですけどもッ!!!???!?」
「――わ、私が考えていたのはですねッ!!? み、皆さんと一緒にグスタフ卿を説得できればと……ッ!!」
「お。そいつはいい考えッスね。女中連はみんなシルティ様の味方ッスから!」
「で、でしたら是非……ッ!」
「いえ、それはなりませぬ。わたくし、既に三度お諌めしましたが効果なし。これ以上は使用人としての本分を逸脱した行い。弁えて然るべきで御座いましょう」
「えーでもォ。やっぱシルティ様可哀想じゃないッスか! シルティ様のこと大好きなんスよ私ィ!」
「わたくしも好きに御座いますよ」
「マジッスか? じゃあやっぱ結婚の邪魔するっきゃねえッスねェ~~~!」
「毎日シルティ様とお話できるようなりますよ」
「……え? ああ……。たしかに……」
「いや、たしかにじゃなくてですね……?」
「あくまで我らはゴルディウム家が使用人。己が意に沿わずとも、雇い主の意に従うが本分。気持ちは分かりますが、なればあとは外部の方に託す他御座いません」
「んー……。まあ、そうッスねえ……。じゃ、あとはリリデスさんに託すッスかぁ……」
「う……。な、なんとかお力には……」
「なりてぇッスけどもォ……。ミハ爺の言うことも一利あるッスし……。ジョージ先輩はどうッスか?」
「執事長の仰る通り、主人が為に徹するが我らが存在意義。でしょうキャシー」
「その通りですけど私キャミー」
「……」
ひとつ、ひとつ。可能性が潰されていきます。
元より無策で来た身。心細さが、増していくような。
このままでは……。
「……あの。ミハエルさんも、本心では快く思っていないようですが……。もしお二人が本当に結婚してしまったとしたら……どうなるとお思いですか?」
「屹度、不幸な結婚生活に終わるでしょう。シルティ様の心は凍ったままに。若様とて求めた愛情は決して得られず。……冷たきお屋敷になるかと」
「……そこまで予想しているのに……力をお貸しいただくことは出来ないのでしょうか……? お願いします。どちらに転んでも、このままでは大きな悲劇が……」
「それこそ『人の世』たるもので御座いましょう? 為政者だろうと端女だろうと、御しきれぬ欲にて道を過つは摂理。誰しもが自己なる重荷を背負っているもので御座いますれば」
「…………っ」
「なればこの召使たる身。焼け焦げんとする若様が情念に付き従い、同じく身を焼くのみ。唯それだけに御座います。分かりますかケイト?」
「わかんねッス」
「いやはや」
「…………。それは……達観なのでしょうか、諦観なのでしょうか」
「どちらでも構いませぬ。大した違いもないでしょう。時々の心持ちひとつで御座いますれば」
「…………」
「若様が己の情念に従う他ないように。貴方様は貴方様の想いに従うが良いでしょう。願わくば、シルティ様はシルティ様の憧れに従わんことを。それら業が織り成す模様こそ――群像に塗れし、ままならぬ人の世なりますれば」
「……。シルティさんは、憧れには従えないかもしれません」
「……ええ、ええ。心根の大変優しき方で御座います。情に棹さし流されゆく定めになるかと」
「……それも人の世、でしょうか?」
「人の世、で御座いましょう」
「ミハエルさんは……。人の世、お好きですか?」
「まあまあ、で御座います」
「……。私も『まあまあ』ぐらいの境地に至りたいものですが」
「大変な道で御座いましたよ。……随分、骨が折れました」
「……そう、でしょうね。……」
「ええ。……おや、準備が出来たようですよ。それではご健闘を、リリデス様」
「……はい」
「リリデスさん! 若様のこと、はっ倒しちゃってくださいね!! 応援してるッス!」
「はい。……いや、はっ倒すのはどうでしょう……」
人の世を、俯瞰にて眺められる程「まあまあ」には達せそうもありませんが。
今はただ……。大嫌いな人の世を眼前に据え、ひたすら歩く他ないのでしょう。
ままならないことばかりの、この世界で。
ままならないことを、なんとかするために。
いざ――。




