11.リリデスとカルラン教
再投稿部分となります、申し訳ありません。
「さ、先程は大変な失礼をば……お、お恥ずかしい……」
これでもかと赤くなって謝罪するリリデス。
前から思っていたが彼女、恥じらうくせに行動が大胆過ぎる。
歪んだな性癖でもあるのだろうか。
そんな歪んだ宗教家を前に、話の切り出し方に悩む。
しばしの沈黙。どうしたものか。
……。
「……リリデスは何故、このギルドで……布教を続けようとしているのですか?」
「え?」
「あなたがここで宗教を広めて何をなさんとしているのか。それを教えてほしいです」
「あ、あの。単純な話で恐縮ですが……。私はカルランの教えが人々を癒やし、この現世なる地獄から救ってくれると信じています。ですからカルランの教えを広めたいと……。何より皆さんのことが大好きですから、是非とも皆さんにこそ一番にこの教えを、と」
「我々はそれを望んではいませんよリリデス。あなたの信仰を皆が恐れています。もうやめていただければな、と」
「それはカルランを誤解しているからです! その素晴らしさを伝えきれぬ私の問題でもありますが……。必ずご納得頂きますから! 必ずや皆さんにカルランの祝福を……!」
「……もしあなたの信仰が周囲にまで発覚すれば、我々もあなたも危険な目に陥ります。あなたのしていることは……」
「その時はただ、つきまとわれていただけと仰って頂ければ……! 何があっても、皆さんのことは絶対に危険な目には遭わせませんから……っ!」
予想はしていた。会話でどうにかならなかったからこそ今の状況なのだ。
会話をしているようで、一方通行に終わって、文脈は消えていく。
対話が、できない。
二度目の「どうしたものか」が早くもやってきた。またも沈黙。
どうしたものか、どうしたものか。
「……」
思えば、彼女の信仰を真面目に聞いたことがない。
「死が救済」という程度の知識。最早知るものなどほとんどいない宗教、仕方あるまい。
信仰を知れば、リリデスを知ることができるのだろうか。
「……確かカルランの教えは……『死=救済』だったでしょうか」
「は、はい。……正確には苦しみを除くことが広く救済を意味しますので、イコールではありませんが……。死が絶対の救いというのは、その通りです」
「……最終的には私達を殺し……『救済』したい、ということでしょうか」
「え!? い、いえ! それは全く違います、大きな誤解です……! その、殺人を肯定している訳ではありませんから……!」
「先程、死は最高の救いと仰っていましたが……。なれば殺しは最善の慈善活動ということでは?」
「うーん……」
慎重に言葉を選んでいる。
ぱっちりと見開かれた目が、ぐるぐると回って、私を吸い込もうとしている。
そういった感覚に陥る。
「……シルティさんはその、死をどう捉えておりますか?」
「……そうですね。まあ、避けるべきものと考えておりますが」
「一般的にはそうですよね。死こそ人間最大の苦しみで、忌避するべきものだと……。だとすると、死が運命として決定づけられている生命は……生に苦しみ、死にも苦しむ……救いようがない存在とは言えませんか?どれほど現世の生地獄を乗り越え、抗い、闘い続けても……いずれ避けられぬ死が我々を待ち受けています」
「……」
「しかしカルランの教えにおいては……限り無き生の苦しみから、絶対の『救い』をもたらしてくれるものが死なのです。その認識に至ることが、カルランにおける救いそのものなのです。この真なる認識に至れば……それだけで、生命は既に救われた存在となりませんか?いずれ来たる死の終局は、いずれ訪れる救いに他ならない……。運命として確実に決定づけられた『救済』。カルランの教えが目指すのはその認識、悟りなのです。それこそがカルランの祝福なのです」
「……。死を喜びと観ずれば、我々は既に救われている、と?」
「そうです、その通りなんですシルティさん」
「死後は神がお救いになる、というのが一般的な考えではありますが」
「……神はおりません。いたとしても鬼畜以下のろくでなしです。不幸を撒き散らすだけの……」
「……」
死。死。生。死。苦。死。神。
それらを淡々と淀みなく語る、彼女の威圧感。
構ってもらいたくて、気を引きたくてあたふたしていたのとは、別の顔。
丸い瞳が私を捉える、価値を転倒させんとしてくる。
「……とりあえず、殺害行為はカルランの教えではない、ということですね」
「……死を望むことしかできなくなった、心折れた信者がいるのであればその限りではないでしょう。また、多数の苦しみを生むような邪悪の徒であれば、慈悲のもとに『お救い』いたします。カルランによる殺害行為は、そうした時によってのみ行われるべきです。現世に蔓延る『苦』をいかに少なくするか――それもカルランが行うべき慈善活動ですから」
殺人は肯定しないと語った彼女。
その次の言葉で、はっきりと殺人を肯定した彼女。
私には完全なる矛盾としか思えぬ思想が、リリデスにとって、カルランの下に統一されてしまっている。
「もちろんそういった行為は例外のようなものですから……。基本は平和と安寧のための信仰でして……」
「……あの盗賊団は、例外でしたか」
思わず口にしてしまった一件。
ギルドの凋落、そしてリリデスへの認識の転換点。
「……数ヶ月前のでしょうか。彼らの所業はあまりに酷すぎるものと映りましたが、シルティさんにはどうでしょう」
「それに関しては同感です」
「ですから『お救い』いたしました。彼らの生は、あまりに多くの苦を生み出すことでしょうから。それに彼ら賊自身が、この生という『地獄』の被害者に、他なりませんでしょうから……」
「……」
「……」
あの一件のリリデスを糾弾しようと思った訳ではない。
ただ、知りたかった。あの時の柔らかな笑みを、仲間として理解したかった。
なのに話を聞けば聞く程、彼女が分からなくなる。リリデスの全体像が掴めなくなる。
ちぐはぐだ。日常の中でぱたぱた動き回る彼女と、確信の中で信仰を語る彼女が、一致しない。
救済と殺人を同じ俎上で、平気に語る彼女が、私には分からない。
三度目の「どうしたものか」は到来しなかった。
どうすることも出来ないと、その確信を強めただけに過ぎない時間。
なんとか現状の改善策を見出したかったが、最早会話を続ける気力も湧いてこない。
「……分かりました、もう十分です。お手間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」
「……」
本当は十分ではなかった。対話など一度も出来ていない、しかし一刻も早くリリデスから離れたくなった。
彼女の瞳は、今でも私を吸い込み、取り込まんとしている。
生こそ苦しみなのだと、本当に思えてくる。それだけではないだろう、という気持ちが削られていく心地がする。
逃げるように席を立たんとしたその時。
リリデスが呟いた。
「……あの盗賊団、結構な生き残りがいたようで」
「……え?」
「ああ。あああ」
「……リリデス?」
「……彼らは今、冷たい獄に繋がれ……処刑される日を……眼前に迫る己の死を、恐怖の中で過ごしているでしょう。そして溢れんばかりの……世界に対する憎悪の裡に心が焼かれ、のたうち回るような思いでしょう。途方もない、生命根源の苦しみの中で……カルランの認識にも至れず、孤独で、奈落のような……苦しみ、を……」
「私が全員、殺せていれば。申し訳ない、申し訳ない。只々、只々申し訳なく――ああ、ああ、ああ」
紙芝居、スイーツ、ものまね、鼻眼鏡。
ここ最近の、天真爛漫なリリデスの像は、とうに消え失せていた。




