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「宗教勧誘しただけなのに追放されそうです……」  作者: 頭いたお
10章 シルティはたっとき御令嬢
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6.シルティはたいせつな御令嬢

 ――二人だけの事務所。

 モジャさんは机に向かい、単語の書き取り練習。

 私はと言えば何も手につかず……。頭はずっとシルティさんのことばかり。

 何か方法はないものでしょうか。何か…………。



「はあ……。一体どうしましたら……」


「グ、ス、タ、フ……。ゴル、ディウ、ム……。ギー、ゼル……シル、ティ……」


「シルティさん……。あぁ……」


「……シル、ティ。婚、約。契、約、賠、償……。結、婚。夫、婦。新、婚。新婚、生活……。ふんふん……」


「さ、さっきから嫌な単語ばかり練習しないでください……! ああ、ああ……!」


「せっかくの機会ですしぃ……」



 気もそぞろな私とは対照的に、随分と落ち着いた様子のモジャさん。

 薄情、とまでは言いませんが……。もう少し、こう……。


 ……いえ。

 私などとは違い、己が身ひとつで世の中をわたってきた方です。

 彼女にとってはこれが当たり前の距離感なのかもしれません。

 バーベキューにも応じてくれなそうですし……。はあ……。



「というかリリデスさん、もう少し落ち着いては……」


「落ち着いてなどいられません……! だってこのままではシルティさんが……。シルティさんが……っ」


「……。……シル、ティ。グス、タフ。結、婚、ハネ、ムーン、ハネ、ムーン。ハネムーン……」


「!? お、おやめくださいモジャさん! ああ、あああ……!」


「へっへへ、昨日のお返しです。婚、約、婚、礼……。花、嫁……花嫁シルティ……」


「おおお……っ」



 モジャトニンの副作用がここにきて私を襲います……。

 この精神安定剤、用法用量を守らねば身を滅ぼす危険な薬物でした……。

 もう気が狂わんばかり……。んおおお……。



「へへへっ……ぐえええ!?」



 とうとう耐えきれなくなり、ぐええ。モジャトニン……。

 ああこれが依存……負のスパイラル……。いずれは廃人……。

 でも一回だけ……。おゆるしください、おゆるしください……。



「……っリ、リリデスさんは、シルティさんが本当に大好きなんですねえ……」


「それはもう……。私にとって特別な方ですから……」


「そ、そうなんですか……?」


「こんなどうしようもない私を、救ってくださったお人です。……この身に代えても、あの方に尽くすと決めているのです……」


「は、はあ。そこまで……。っぐええ……」


「…………」




 ――孤独。

 私は、人生において二度。

 社会から断絶し、孤立しました。



 一度目は、真なる信仰に目覚めてから。

 そこで母を、兄妹を、親友を、仲間を傷つけ、失いました。

 ……図らずも、「根」を断ち切ったのでしょう。



 とてもとても、辛い経験でした。

 それでも虚無の導きがため、私は歩きました。

 正しき道を進んでいる確信の中。悲しみに耐えながら、一人で進むことを決意しました。



 運良く冒険者として見出され、新たな地に根を下ろしましたが。

 それも浅はかな過ちのため、滅茶苦茶にしてしまって。

 二度目の孤独の時間を、この事務所で過ごしました。



 世界への絶望から、信仰を得て。

 その導きに従い、この世の苦しみを除かんとしながら。

 結局は、自分が周囲に苦を振りまいてしまっていた事実。

 もう、歩き方すら分からなくなってしまいました。



 ……あの時。

 私が、どれほど救われたことか。

 差し伸べられた手を、どれほど温かいと思ったか。

 どれほどの眩しさを、感じたか。



 唯一。

 ただ、あの方だけが。

 シルティさんだけが、こんな私を――。




「…………。……モジャさんは、どうです? シルティさんに導かれ、このギルドへ来ましたが……。お好きではありませんか? 愛してはおりませんか?」


「う、うへえ。愛って……。そういうの、ちょっと苦手なのでぇ……」


「そ、そうですか……」



 猫は人より家に懐くとはよく申しますが。

 モジャさんにもその傾向があるのやも……。

 しかし、このままではその「家」自体が……。ギルドが……。




「はぁ……」


「…………。まあ、なんとかなるんじゃないですかね?」


「……なんとかなります、かねぇ……」


「なるようになりますよぉ、多分。……じゃあ、私はお勉強の方を……」


「ううーん……」


「ええと、婚約。婚約……。契約、ギーゼル、シルティ、グスタフ、ゴルディウヌ……あ、まちがえた」


「うう……っ」



 妙に熱心な書き取り練習が再開。

 結婚、婚約、契約、ギーゼル、ゴルディウム……。

 単語と単語が結びつき、悲劇的な想像ばかりが頭を占めていきます。



 なるようになる、とモジャさんは言いましたが。

 なるようになった先では、もうシルティさんは……。

 結婚するにしても、しないにしても…………。




 ……やはり、このままでは。




「……。モジャさん。明日はギルド、お休みとしましょう。……やるべきことを、やってきます」


「……はい?」


「言葉を尽くして。……誠心誠意、お願いをしてきます」


「…………。あ、あの。だ、誰に……? 何を……?」


「グスタフ卿に。……この結婚を諦めることを、嘆願してきましょう」


「ええ!? いや、それはちょっとやめた方が……! 多分、というか絶対無理……っ」


「…………」




 望み薄くとも、なにかをせねば。



 ギルドマスターとして。

 シルティさんが仲間として。

 ……あの方に、尽くす者として。



 「導きの光」を、絶やしては――。


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