4.シルティはかれの御令嬢
「『――そんなワケで❗️
……以上だ」
「……シ、シルティさんのお父様って……こ、個性的なんですね……」
「うえぇ……、個性的でしたねぇ…………」
「…………………………」
机に突っ伏し微動だにしなくなるシルティさん。おいたわしや……。
表情は分かりませんが、真っ赤になった耳があまりに不憫……。
「さて。お父君のご心労も分かってくれたであろう所でもう一度聞くが。……帰る気はあるかい?」
「誰か短刀を。首を裂いてかえります……」
「土に還れとは言ってない……」
「モジャ、ちょっと……。ちょっと搾らせてください……少しだけ……」
「だから私を精神安定剤にしないでくれません……?」
有無を言わさず捕獲されしモジャさん。
「ぐええ」の響きと共に、精神安定物質モジャトニンが部屋に満ちます。
搾り尽くされぐったりしぼんでしまった彼女。あとでお酒で充填せねば。
かくしてモジャさん摂取を終えたシルティさんですが……。
「――分かりました。一度、家には帰りましょう……」
「え!? シ、シルティさん!?」
「安心してくださいリリデス。……家族には私の思いを、私の口からしっかり説明しましょう。……思えば喧嘩別れのようなものでしたから」
「……なんだか不十分な返答に聞こえるがね。『家に戻る』とは、そういう意味じゃあないだろう」
「グスタフ、確かにあなたの言うことは最もです。今の生活は、私が想像していたものとはかけ離れたものとなってしまいました」
「シルティさん……」
「……本当に。……全く以てかけ離れた冒険者生活を送っています。蜂の駆除だの、コウモリの駆除だの……」
「……シルティさん?」
「害獣用罠の設置だの、殺虫剤の散布だの、対策マニュアルのパンフレット作りだの……。想像だにしていなかった不可思議な生活を続けている真っ最中ですが……」
「わ、分かりましたからっ……! こっちを見て三回も言わないでください……っ!」
「ほんとに帰ってきてくれていいんだぞシルティ……」
「ですが。……それでも結構、楽しんでいるんですよ。少なくとも充実した毎日ですし。……案外、気に入っているんです」
「!!」
「……理解できないな」
「あなたには分からないでしょう。どんな形であれ、己で日々の糧を得るという充足。……悪くないですよ」
「……そうか」
「ですから、戻るつもりはありません。私はこのギルドのメンバーですから。ね、リリデス。……これから、色々と計画を立てる所ですし」
「…………っ」
――不安は、ずっとずっとありました。
私のギルドにいて、シルティさんは良いのだろうか、と。
本当は、古巣の……クレインさん達の所に戻りたいのではないだろうか、と。
……少しだけ、嬉しさで泣きそうになりながら。
先ほどの言葉を、胸の内で何度も噛み締めます。
聞けて、よかった。
本当に、よかった。
「……。まあそう言うだろうとは思っていたよ。頑固な君のことだ、説得はやはり無理か……」
「分かっているじゃないですか」
「君との付き合いは長いからね……」
「――なので。今日は説得ではなく、脅迫しにきたんだ」
「……え?」
「脅迫」。
不穏な言葉とともに席を立ち、シルティさんの横で跪くグスタフ卿。
懐から小さな箱を取り出し、彼女の前へ差し出します。
ケースの中には……指輪。
「シルティ。私は君に『プロポーズ』をしよう。……私と結婚してくれ」
「……いきなりなんだというんです」
「血が契りが下に。絶対なる誓約が故に。……シルティ、私の妻となってくれ」
「? …………ッ」
「……いやいやいや。ですからシルティさんは婚約者ではないと……」
「だから最初に言っただろう、正式な婚約者だと。ちゃんと契約書が存在しているのだ。……貴族間による『契約』の意味、君なら分かるはずだろう? 不履行はありえん」
「契約書……? ……いや、しかし。それならそれで……。然るべき代償をお支払いすれば解決……」
「そう、それだ。婚約を破棄するというのなら。払うべきものを払ってもらう。……それで解決だ」
「…………。ど、どの程度で……?」
「少なくとも、絶対に払えぬ額だろうね。家に土地、家財道具の全て……。一切を売り払っても、到底足りないだろう」
「!? ちょ、ちょっと待ってください! いくらなんでも重すぎません!? 流石におかしいでしょう!?」
「貴族同士の契約だからこそだよ、リリデス氏。我らが社会での慣例によるものだ。……契約とは血をもって行う神聖なるもの。そして血を尊ぶ我らにとっては、契約は単なる法を超えたものとなる。故にその代償は、家の存続を賭すものでなければならない」
「そんな極端な契約成立するんですか!? それじゃあ、家なんて簡単に滅ぼし放題じゃないですか!」
「そもそも、破られぬことを念頭に作成するものなんだ。貴族間での契約破棄など『ありえぬ』もの。それは血の否定にも繋がるからだ」
「……グスタフ。貴族契約は慣例による建前上のものに過ぎません。履行されなかった場合、両家の話し合いで落とし所を付けるのが筋であり、暗黙の了解でしょう。……額面通りに賠償させるなど前代未聞ですよ。聞いたことがありません」
「そうだね、それが『慣例』であり『ルール』。……しかし契約は契約、法的な効力は有している。非常に稀な例ではあるが、過去には没落した家とてある」
「……不文律からの大きな逸脱ですよ。それがどういう影響を及ぼすか分かっているのですか? あなたの家が、醜聞に巻き込まれるということです。家名に大きな傷がつきますよ」
「そうだね。……本当に代償を払わせたとなれば、ゴルディウムの名に泥を塗ることとなろう。そのうえ下級貴族相手に……一方的に婚約破棄されたのが理由とあっては。……私の名誉は地に落ちるだろうさ」
「メリットなどないでしょう」
「なにひとつないね。君の家も、我が家も、どちらも不幸になる。せいぜいスキャンダル好きの野次馬共が喜ぶぐらいだろう」
「では何故」
「だからこそだろう。……君は私と結婚する他、ないわけだ」
「……あなたの目的がよくわかりません。何がしたいのですか?」
「目的? なんだ、ここにきてそんな愚問か。シルティ。私はね……」
「…………」
「――君を愛しているんだ。昔からずっと……心の底からだ……! いい加減、君に振り向いてほしい。ただ、それだけなんだ……。私の願いは……!」
「…………。相も変わらず、ぬけぬけと」
「君を自分のものにできるならなんだってやるさ。君のご家族を人質にとっても。我が家名に傷をつけようとも。……これが私の想いなんだ、シルティ……!」
「……本気ですか」
「本気さ。いくらでも蔑めばいい。だが私は……。私の持ち得る可能事を、もう出し惜しみは――!」
「――お待ち下さいグスタフ卿。流石に見過ごせません」
黙ってなど。
いられるはずもなく。
「……悪いがね。口を出す余地などないよリリデス氏」
「余地なくば無理にでも。……あなたの行いはシルティさんを、ひいてはそのご家族に苦を齎すだけのものではありませんか。御自身の家族に対してもです。……徒に他者を苦しめんとするその行い。己が目的達成のため一切を無視する態度。私の個人的感情を抜きにしても、看過できぬものです」
「……もう愉快なギルドマスターではないようだね。……噂通りの恐ろしさだ。緊張するね」
「はぐらかさないでください。……あなたの行為に、正当性はあるのですか? それが正しきことだと、胸を張って言えますか? ……過ちによって築かれた道の先に、安寧などありません」
「君が正当性を語るか。ふふ、異教徒の君が……。……いや失敬。論のすり替えはよくなかったな。……」
「……」
「……。人は……」
「……」
余白の消えた部屋。
張り詰めた空気の中。
ぽつぽつと、語りだしたるは。
「……人は誰しも、根を持っている」
「……根?」
「根、だ。それぞれの土に根を張り、人は生きている……。国家、社会、家族、友人。政治、信仰、道徳、常識。……シルティは貴族社会という土壌に根を張り、成長してきた」
「……」
「彼女は出奔し、その根を断ち切ったつもりでいるが……。その実、何一つ切れてはいないのだ。根を切り離すとは、苦痛なくしてはありえん。一切を捨てんとする苦しみなくして……己が枯死する覚悟なくしては、土からは離れられぬものだ」
「……なんの話をしているのです?」
「どれほど否定しようと、シルティは未だ『貴族』であると言っているのだ。そして貴族には果たすべき責務がある、社会に貢献する義務がある。……彼女は、真の意味で『冒険者』になれはしないのだ。本気で根を断ち切らん限り……。苦しみをもって、家族を傷つける覚悟がない限り」
「……。…………」
根。
家族。
苦しみ、傷。
……………………。
「……。……シルティさんは、ただ家族を愛しているだけでしょう? 彼女が残している根は『家族』であって、『貴族社会』ではないはずです」
「その『家族』の集積こそが『社会』であり、それが『国家』へと繋がっていくのだ。根が土中で深く絡まりあうように……。……『家族』との絆を断ち切れぬことは、『貴族社会』の一員であることと同義だ。シルティはその一人として、いい加減に責任を果たさねばならない。……結婚し、子を育み、血を繋ぎ、貴族社会を――ひいてはこの国家を維持していくという重大な責任。……これ以上にない正当な理由だろう?」
「生まれながらにしてその責を負うというのであれば。……人間に自由はないのですか? それを夢見て家を出たシルティさんは、否定されるべきものなのですか?」
「自由ばかりを謳い、責任を果たさぬ社会はいずれ滅びる。シルティの行為は当にそれだろう? 過ぎたる自由が行き着く所は狂乱に他ならない」
「その責任なる不明瞭なものを課すのは一体どこの誰です? 人が社会に従するのではなく、社会が人のためにあるべきでは? ……愛を語っておきながら、何故彼女個人の精神を尊重してあげられないのですか? こんな脅迫行為などに及ぶなど、真の愛では……」
「……リリデス。もういいです。……不毛でしょう」
「シルティさん、しかし」
「どうせ譲る気などないでしょう。言葉を交わしたところで……時間の無駄です」
「……分かっているじゃないか。そうだ、こんな議論は表面上のものに過ぎない。……私の業が故、君を欲しているに過ぎないからだ。……君の選択肢は二つだけ。私と結婚して、貴族として生きるか。……ギーゼル家を没落させ、冒険者として生きるか。この二択だけだ」
「…………」
「さて。言うべきことは全て話した。お暇させていただこう。……コーヒーご馳走様」
帰り支度。
何故、彼はこのような行動ができるのでしょう?
何故……果てに幸福などあるはずもない、このような行動が起こせるのでしょう。
悲しみしか生まない……苦しみしか生まない、このような…………。
……シルティさんの、俯いた横顔。
いつもより、少しだけ白く見える気がします。
最早、冗談を飛ばす余裕などあるはずもなく。
「……ああ、そうだ。最後にこれも話しておこう。先程の『根』の例えが、よく分かるだろうから。……モジャ氏。確か戸籍を取得せんとしているようだね?」
「? は、はあ、よくご存知で……」
「孤児など珍しくもない世の中だ。就籍自体はさほど難しいものではない。幾つかの資料と……親族代わりに、社会的信用のある保証人が数名居ればなんとかなる。……実績としては破格のリリデス氏に、ギーゼル家の令嬢が保証人。充分が過ぎるだろうね」
「はあ……」
「だが、何故か手続きは一向に進まず……。君は未だ国民とはなれず、正式なギルドの一員にもなれていない。……だろう?」
「そ、そうみたいですけ……」
「――グスタフッッ!!」
「ッ!?」
怒声。
初めて見る、シルティさんの怒り。
初めて触れた、感情の爆発。
「貴方……ッ。なんということを……ッ!」
「ああ、ああ……! 怒らないでくれシルティ……! 言っておくが、私はなにひとつ関与していない。本当だ、誓ってもいい。……だがね、言葉は悪いかもしれないが……どこの誰ともわからぬ人間の保証人に、君を成らせる訳にはいかない、というのが……この社会の――国家の方針という訳だね」
「…………ッ!」
「さっきの『根』の話、よく分かってくれたかい? ……根は、簡単には切り離せない。誰かを深く傷つけることなくしては……根はそのまま残り続ける。土中に……深く、深く」
「…………」
「シルティ。君はどこまでいったって『貴族』なんだ。優しい君だからこそ――君はずっとずっと、貴族なんだよ」
「三日だけ待つ」
そう言い残し、グスタフ卿は去っていきました。
ギルド存続の危機の中。
果たして我々に、何ができるのか
光を守るため、何が――。




