3.シルティはやさしき御令嬢
「――連れ戻すとはどういうことですかッ!!?」
カニの産卵期(図解入り)まで話が進んだあたり。
グスタフ卿が狂ったように「連れ戻す!」の連呼を始めたことで、とうとう無視が出来ず……。
「まずはありがとうリリデス氏……。ありがとう……」
「いえいえ。……いや感謝ではなくッ! 連れ戻すとはどういうことかと聞いているのですっ!」
「言葉通りさ。……彼女はギーゼル家が令嬢。元来冒険者などをやっていい身分ではないんだ。それぐらいは分かるだろう。ねえシルティ?」
「モジャはどのカニが好きです?」
「うーん、やっぱり毛ガニ……」
「おのれらは」
「シルティさんもちゃんと言い返してやってください! タラバ!!」
「言い返すもなにも、応対する必要すらないでしょう。『戻りません』の一言でこの話は終了です。そして私は上海ガニ」
「上海なる地の存在如何に関しては大人の対応で触れずにおくが……。シルティ、悪いが今回ばかりは我々も限界なんだ。……君が心配でたまらないんだよ」
「今更ですね。放っておいてくれませんか」
「今更? 賢い君が、自身の現状を客観視できぬとは思わないが。……クレイン氏の元を離れたことで、もう君の青春は終わったんだ。……あとは貴族としての本分を果たすべき時がきたんだよ」
「え?」
突如出現するクレインさん。
……何故?
「クレインさん? どういうことしょうか……?」
「……リリデス氏。流石の君とて、彼の血筋は知っているだろう?」
「……マツリア、ですか?」
「そうだ。クレイン氏はかの勇者マツリアが子孫。……シルティが身を寄せたのが彼のギルドであったからこそ、我々は渋々黙認してきたんだ。……平民の立場に甘んじてはいるが、ある意味では我々よりも貴き血筋の彼だからこそ、だ」
「……?」
誰もがなんとはなしに知っている昔話。
魔王による人類の支配、それに立ち向かった勇者のおはなし。
エピクル教の聖典にも言及があるほどですが……。
「勇者って……それって大昔のおはなしですよね? 今やどこまで本当かも分からないような……」
「そうだ。最早検証のしようがないほどの過去の話。しかしそれは真実として伝えられ続け、国家の礎を築いた神話となって今に至る。千年近くの間――幾度も王朝は代わり、版図もかわったこの『国』が、同一性をもって迎えられている要因の一つとも言えよう。……全ての『物語』の始まりは、勇者の英雄譚からだ」
「でも勇者の子孫ってさほど珍しくもないといいますか……。マツリア姓ってたくさんいますよね?」
「わ、私も何人か知ってますねぇ……。一人はホームレスでしたけども……」
「単なる自称末裔にはなんの価値もないが、クレイン氏の家系は例外だ。真っ当なる直系として公に認められている。……血とは周囲の承認あってこそ価値をもつ。そしてクレイン氏は、その承認を国家から得ている。故に貴いのだ」
「そうなんですか? クレインさんの血筋を気にしている方などいなかったんですけども……」
「君達にとってはそうかもしれないがね。……我々とってみれば、血が持つ意味はなにより重い。高い家柄に属す者ほど、彼には敬意を示すだろう」
「はあ……。いつも皆さんから邪険にされうろうろしているあのクレインさんが……」
「酒場でナンパしてはいつもぶん殴られているという噂のクレインさんがですかぁ……」
「糞髭として親しまれているクレインにもそういう面があるのです」
「イメージとの乖離に理解が追い付かんが……。ともかくギーゼル家が令嬢の『修行先』としてはこれ以上にない所だった訳だ。……勇者に従いし、原初の魔道士『ギーゼル』が末裔としては」
「え? シルティさんのお家も……勇者の関係者なのですか?」
「……なんだ、そんなことも知らなかったのかい? 大事な仲間のルーツすら知らないとは驚きだね君」
「う……!? い、いや。その……」
「……『マツリア』以外の名など、一般的には認知されていませんよ。貴族間の狭い常識を彼女に押し付けないでください」
「おや、これは失礼。……なんにせよシルティは彼の元を離れてしまった。我々から見れば、彼女が庇護者の元から去ったようなものなのだ」
「庇護。随分となめられたものですね」
「事実はどうあれ、私達はそう見たのだ。しかし彼女はそこから離れ……。次に身を寄せたのが、最悪の者だった」
「……グスタフ」
「君のことだよ、リリデス氏」
「……っ」
「――我々は彼女が洗脳されているのではないかと疑ったよ。状況からしてあまりに不自然。……なぜわざわざ、悪評つきまとう者と共にギルドを立ち上げた? 何か裏があるのでは? ……恐ろしい想像だ」
「洗脳などされていませんし、リリデスはあなたが思っているような人間でもありません」
「シルティが思っているような人間ではないかもしれないだろう? 腹の中なぞ分かるものか」
「……。流石に不愉快ですね」
「ああ! 気を悪くしないでくれシルティ……! だが我々にとって、リリデス氏とはそれほどに不気味な人間なんだ」
「……」
不気味、邪悪、化物、虐殺者。
様々なる形容をもって、嫌悪されていることは知っています。
気にしないわけではありませんが、これは私の選んだ道。
全て受け入れるつもりではありましたが。
…………。
「……私の存在が、シルティさんの人生の躓きになるのだとしたら。……すぐにでも身を引きますが」
「リリデス、気にする必要はありません。……それにそういった行動は私が許しませんよ。何かしらの理由をつけ、家に戻したいだけなのですから」
「シルティさん……」
「しかし君の現状はどうだ? 冒険者とは名ばかりの活動じゃあないのか? ……これが君の求めていたものなのか?」
「…………」
「冒険者。……詩の題材としては素晴らしいものだ。私とて、詩人が歌い上げる冒険譚に胸踊らせたことは幾度もあるさ。……だがね、蜂の駆除を高らかにうたってくれる詩人がどこにいるという?」
「リリデスおねがいします」
「嗚呼幾千が黄幡の葬列! 天を隠すは朽葉が女王の空中庭園! 其を穿つは銀の光彩シルティ……!」
「いやうたわんでいい……。……私が言いたいのはだね。この現状は、君が望んでいたはずの『冒険者』ですらないだろうということだ」
「ウォー! 蜂の軍団やっつけろ! ミツバチだけなら見逃すぞ! レッツゴーゴッゴーシルティっさん~♪」
「だからうたわんでいっ……転調が急激すぎる何があった……」
「レッツゴー私。レッツゴー私。ふふんふん」
「君は歌が下手だなシルティ」
「………………。どう思いますリリデス、デリカシーのない人間だとは思いませんか」
「一緒にボイストレーニングしましょう! バケツを被って声を出すんです、やってみましょう!」
「こうですか。あー」
「いかんまた話が脱線していく……。……御両親のことも考えてみたまえよ。娘が悪評紛々たる宗教家のギルドに加入したとなれば……。心痛は測り知れぬものだろう?」
「あー。あー」
「そうそう。あー!」
「またガン無視態勢に入ったようだがそうはいかん……。実は先日、父君とお会いしてきてね。……こうして手紙も預かってきたんだ」
「! ……手紙? ……父が?」
「君を案じる姿、それは嘆かわしい程に切実なものだったよ。あれほどに消沈している姿、私は見たことがない……。ほら、読んでみたまえ」
「…………」
「……読まないのかい? 心が揺さぶられるのが嫌なのか? 開けもしないというのは誠実じゃないなシルティ」
「……シルティさん」
――手紙。
想いを伝える、想いを受け取る。想いを確認し合う。
それが嬉しいことばかりではない、というのを最近知りました。
……痛み、悲しみ、苦しみ。
相対して話すよりも、深く深く伝わってしまうものとてあるのです。
明るい文章でも、行間から如実に伝わる意もあるのです。
それは、本当によく分かっているのですが。
痛いほどに、悲しいほどに、苦しいほどに、理解しているつもりですが。
…………。
「シルティさん。辛くとも、これは読むべきかと……」
「……。分かっているのですが。…………」
シルティさんは、優しい方です。
優し過ぎる故に、他人の痛みに敏感なのだと思います。
……ご家族の想いを受け止めることを、避けているのかもしれません。
「……開かないのか。ならば代わりに、私が朗読してあげよう」
「……やめてくださいグスタフ。何を伝えられようと、私は……」
シルチャン❤はパパのコト、ちゃんと覚えてるカナ❓️❓️❓️ッテ忘れるワケないよネ
パパもママ
もずーっとずーっと、シルチャン❤のコト心配してます
「うわっ……」
「うわあ……」
「本当にやめろ」
うわああ……。




