2.シルティはつめたき御令嬢
「――ここがギルドか。……なんというか、珍妙なものだね」
「随分な物言いですね」
「いや、個性的と訂正しよう。すまないね見慣れぬもので。リリデス氏の個性かな?」
……突如現れたる自称婚約者なる自称婚約者様を招き入れまして。
この自称婚約者様は随分と親しげにシルティさんと距離が親しげの距離感のように見受けられます。
いえしかしきっと何か非常に深き事情があるのでしょう、シルティさんがまさかそんなまさか自称婚約者様と婚約だなんてそんな。
……いけません、まずは冷静にならなければいけません。
誰に対しても偏見を持たず、己が眼で相手を判断判断しなければ。
この自称婚約者を自称する自称婚約者様が果たして実際に何者であろうと。
友好的に接するのが自称婚約者様に対しての礼儀であり私はリリデスです。
「コーヒィッーをッどぞぉゴストホ様あぁあンん……?」
「あ、ああ……。ど、どうも……」
「……落ち着いてくださいリリデス。震えが尋常じゃありませんよ」
「落つちいておりますとも。狭い所で狭いですがごゆくっりしてくださいせごスツフ様ぁんはん……?」
「こわすぎるんだが……」
ごスタフ様ぁんはを、お招きしてギルドにお招きして。こうして歓待を。
歓待。婚約者…………。
婚約………………………。
…………………婚約!!?!??!?!??
「というかあのッ!? 詳しい説明をお願いしたいのですがッ!? いきなりその……ッ、いきなりそのッ!!?」
「私も説明をお願いしたいですねグスタフ。いきなり何の用です」
「なんの用、か。察しはついていると思うが……」
「ッちょちょちょちょちょっと待ってくださいませんッ!!? まずそのッ……大前提としましてねッ!? こ、婚約者というのは、ほ、本当なので……!?」
「違います。彼はただの旧友に過ぎません」
ただの旧友のようです。
そうだと信じておりましたとも。
我らが導きの光は今日もお美しい……。
「いいや違わない。彼女は正式なる我がフィアンセだ」
正式な婚約者のようです。
そうだと信じておりましたとも。
我らが導きの光は今日もッはあはあぁぁあんんんんんッッッ?
「ッほほはははぁあん……ッ!? ッほほおおぉん……???」
「あの……。リリデスさんが混乱の極地に……」
「リリデス、頼むから落ち着いてください。話が進みませんので……」
「……ッい、一旦……。一旦タイムを……。心が保ちません……っ。助けてモジャさん……」
「何故私に助けを……」
「ここはモジャハグのリラクゼーション効果でひとつ」
「妙な効能を期待しないでくださいません……?」
「――す、少し落ち着きました。大丈夫です……。大丈夫……」
「ぐええ、ぐるじぃ……」
モジャさんを懐に抱きながら、この現実を受け止めることに力を注ぎます。
この昏く、不明瞭で、無目的なる混沌の世界……。そこに差し込みし我が光、シルティさんに……。
婚約者……。婚約…………。ああ………………。
「……話を整理しましょう。まずこのグスタフですが、私の幼馴染となります」
「お、幼馴染……っ。幼馴染…………ッ」
「!? リ、リリデスざ……ッ。ぐるじ……ッ」
「し、しかしですね!? 幼馴染が大人馴染より勝るなどと! そんなことはないと思います!」
「大人馴染とは」
「ッぐえええぇえ……ッ! たす……ッぐええええ……ッ!!?」
「早速モジャ氏が大変なことになってるんだがいいのかい……?」
「彼女は搾ることで大量の精神安定物質を放出しますので」
「ならいいが……」
「よくないんですが!!?」
――生搾り途中のモジャさんに逃げられまして、また孤独なる身で現実と向き合います。つらい……。
シルティさんptを保有している大資産家でありましたら一億シルティさんptを支払う所でありますが。
……いや、そんな。いけません、いけませんよそれは。ふしだらな。いけませんいけません、ふふ……。
「いけませんいけません……。ふっふふ……。ふふふ……」
「本格的に情緒がヤバくないか君……」
「元々ヤバい人物ですが一層ヤバいですね……」
「常々ヤバいヤバいとは思ってましたけどもう引く程ヤバいですよぉ……」
「こ、ここぞとばかりに私を糾弾しないでください……!! 確かに今は不安定ですけども!! それというのもこの状況がですねッ!?」
「ふむ。まずはリリデス氏のため、改めて自己紹介を。私はグスタフ・フォン・ゴルディウム。ゴルディウム家が嫡男。……我が家の名前ぐらいは聞き覚えがあるだろう?」
「……。…………。………………」
「知らないようですよ」
「そ、そうか……。そうかあ…………」
「す、すみません。世間に疎く……」
思えば特殊な生活を送ってきました。人里離れた辺境に閉鎖空間……。
神なる悪しき概念にばかり詳しくなってしまいまして。
一般常識の方が少し、その……。
「あ、あのぉ……。ゴルディウム家ってすっごい大貴族様ですよね……? 昔は王様とおんなじぐらい権力あったとかって……」
「おお、よく知っているねモジャ氏! 彼女の言う通り、我がゴルディウム家は広大な領地を保有する領主階級であったのだが……。時代の流れだ、例に漏れず宮廷に仕える身となってね。そこから代々の宮仕えであった彼女の――ギーゼル家との付き合いが始まったらしい」
「とはいえ、我が家はいわゆる下級貴族でして。階級も違いますし、婚約話などはなかったのですが……」
「……爵位は低くとも、ギーゼル家は最も歴史ある家のひとつ。優秀な人材を多数輩出してきた名門でもあり、格は充分。よって申し分なしと婚約を取り決めたのだが……。君達もご存知の通り、シルティが家を飛び出してしまったから大騒ぎだ」
「という訳で。今や単なる知り合いに過ぎぬという訳です。分かりましたかリリデス?」
「な、なるほどそういうことでしたか……。それで単なるシルティさんの古いお知り合いでいらっしゃいますグスタフ卿はいかなる用件でこちらに……?」
「含みありまくるなその言い方……。まあいい、早速本題に入るとしよう。シルティ……」
「……」
「君を、連れ戻しにきた」
「――!」
立ち上がり、シルティさんをじっと見つめる碧眼。
穏やかな目元ながら、視線に込められるは強い意志。
相対する銀の相貌は表情を変えず、跳ね返すように彼を見据えます。
突然な事態に重なる、突然なる事態。
私の困惑や戸惑いを置き去りにして。
碧と銀の相克は、鋭さを増していき――。
「――ごらんくださいモジャ。これがカニの子供であるゾエア幼生」
「うへぇ、気持ち悪ぅ……。これ本当にカニ……?」
「ガン無視した挙げ句いきなりカニの発生講義を始めるんじゃない」
「これが脱皮を繰り返すとメガロパ幼生となりまして」
「シルティ、シルティ」
冷酷なる黙殺劇が始まります――。




