10.それぞれのロール、ひとつの物語
兎の怪人に始まり、カレーパンに終わった本日の我が任務。
冒険者とは何故かくも妙な人間ばかりなのか……。
久々に疲れを覚えました。主に精神の……。
既に日も傾きつつある中。
広場のベンチで遅すぎる昼食を取り、心を休めます。
走り回る子どもたちを眺めつつ。
「……。なんとも」
子らが遊ぶ、広場の片隅では。
ぼろを纏った、家を持たぬ人間がちらほらと。
寝転び、動かず。ただただ、呼吸をしている風情。
……王都ですら、この始末。
いやはや、なんとも。
「……終末、か。…………」
……宮廷に仕えし、恵まれた身。
いくらかの施しを与えんと、腰をあげようとした所。
片足を引きずった浮浪者が、こちらに近づいてきます。
「……ああ、ああ。すんません旦那……。私、見ての通りの者で……。是非お恵みを……。ほんの、いくらかでも……」
「…………」
「旦那、どうか……小銭でかまいません、どうか、なけなしの……お恵みを……。お腹が……空いてやして……」
ふと、先のリリデスの猿芝居が思い出されます。
あれは下手な嘘だった。
本当に下手だった……。
役者とは、彼のようでなくては。
「はは、安心してくださいゴドー。『蟲』はおりませんよ。聞かれちゃいません」
「……久しぶりですな旦那。ようやくお一人で外出できたようで」
「なんとか。で、聞くまでもなさそうですが……『デーモン』の方はどうでした?」
「状況からして、逃走した『失敗作』であることは明白ですな。ちょうど老人の奴が一人逃げてましたんで……」
「……こちらで確保している『素材』が逃げ出した可能性は?」
「ありえません。チェックさせましたが、数ぁピッタリです。それに奴ら、骨抜きですんで……。戦闘なんかできませんよ。確実に逃げ出した失敗作かと」
「野良のデーモン、という線は?」
「なくもありませんが……。闇魔法まで使ったんでしょう? 野良がそんなの扱える訳ありませんや。そもそも狩り尽くしていやしませんよ」
「でしょうね。……しかし逃げられたのは大失態でしたね。早急に処分しておくべきだったのでは?」
「経過観察も重要でしたから…… 。とはいえ他の失敗作は全て処分済みです。あとはまともな奴らしかおりませんで、はい」
「そうですか。……まさかリリデス……彼女が遭遇するとは、なんとも奇遇な……」
「面白いもんですなあ。縁っつーもんですかね?」
「予想外の出来事でしたが、まあ大したことではありません。……むしろ、終末を彩るニュースとなったのは僥倖とも言えましょう。民衆はこれまで以上に慄き、世界は不安定となりました」
「いいハプニングだったと思いましょうか。今後の布石にもなりますしな」
「ふふ……」
世界は、不安の中で大きく揺れている。
この揺れがため、人々は拠って立つ地を失いつつある。
いずれ地盤は砕け、人類は堕ちていく他ない。
待望するは、新たな価値基盤か?
我々人類に必要なのは、新たな社会通念か?
一切を打破する新たな「意味」が、我らに与えられるというのか?
否。
「ところでゴドー。本題ですが……。大聖司教……ギルダー猊下は、まだ……?」
「……旦那、それは言い間違いですな。猊下はもうおりませんでしょう。……どこにも」
「……これは失礼。ふふ、ふ……そうでした、そうでした、ふふ……」
「……」
「……『魔王』陛下は、いずこに?」
人類に必要なのは。
一切を破壊せし「終末」。
その困難を乗り越える「救済」。
……かくしてもたらされる「恩寵」。
「……ガルデロード陛下はまだ調整中のようで。お帰りになっておりませんで、はい」
「もう半年近くになりますが……」
「やはり精神へのご負担が大きいのでしょう。施術成功とはいえ、少々こう……おかしくなっておりましたからな」
「とはいえ、理性はしかとお持ちでした。『失敗作』らと比べれば正気も正気。あのお方の精神力あってこそです」
「慎重なお方でしたから、完璧に力をコントロール出来るようになるまでは一人で修練を続けるのでしょう。孤独なる修練……」
「まさに預言者エピクルの辿った道を歩んでおいでなのですね……。『魔王』が役割のため……。一人、孤独に……」
「……それにしても旦那。私ぁデーモンの話を聞いた時、それこそ魔王陛下がおやられになったのかと思ってびっくりしちまいましたよ。なにせリリデス……あいつはヤバかったですから、本当に……」
「ははは、ありえませんね。……仮にガルデロード陛下だった場合、交戦した者たち全員無傷など絶対にありえません。それにあの方の回復能力の高さは最早再生と言ってもいい程のもの……。崩落程度で命を落とすことなど……」
「いやまったくその通りで。不死と言ってもいいものでしたからね」
「ええ。万が一に不覚をとるようなことがあったとしても……。一瞬のうちに頭部を粉々に吹き飛ばされでもしない限り、何度だって復活して立ち上がることでしょう」
「敵なぞおりませんですな」
「そうです、『魔王』の前に敵なぞいません。『魔王』の敵は……。『魔王』を倒せるは、唯一……」
「……『聖者』、だけでございますな」
「……ふふ、ふふふ。ふ……」
この「物語」は。
「聖者」が「魔王」を退け、信仰の完成を果たす「物語」。
予言されし終末を、聖なる力で克服する「ストーリー」。
かくして世界は、疑う余地なき信仰の只中で……平和なる「完結」を迎える。
「聖者」と「魔王」。それら以外は、全て端役。
……「勇者」御一行は、存分に引き立て役になってもらいましょう。
「戦士」に「魔術師」、「弓術士」、「回復術師」……。「国王」共々。
「聖者」が活躍の引き立て役に。
登場人物は出揃った。
あとはプロット通りに、事が進むを待つのみ。
……いや。
肝心の「聖者」……。
主人公が、まだでしたか。
「……『聖者』はやはり、彼女ですかね?」
「キミエラで決まりですな。戦闘力、信仰、人望、容姿、若さ……。間違いありませんでしょう」
「……融通は効かなそうですが。多少のコントロールは必要でしょうね。どこまで内情を知らせるか……」
「ま、そこはこちらの方で……。旦那は今後も国の方を。……では、神のお導きを」
「ええ。神のお導きを。……ふふ、ふふふふ……」
「魔王」降臨の時は近い――。
「――ただいま戻りました。遅くなってしまい……。……?」
「あ、おかえりなさいシルティさん……。あ、あのぉ……」
「どうしたんですリリデスは。床にうずくまって……」
「よ、よくわかんないんですけども……。今日は一日カレーパンを貫くって……。なんかもうずっとこうでぇ……」
「……? なんと?」
「で、ですから、カレーパン……? になってるみたいで……? なんかずっと起きなくなっちゃって……」
「……。リリデス、リリデス」
「……」
「へ、返事ありませんねぇ……」
「リリデス。よくわかりませんが起きてください。そろそろ閉めますよ。リリデス。リ……。…………」
「…………」
「…………」
「…………zzz」
「…………」
「…………」
「帰りましょうモジャ。また明日」
「お、おつかれさまでしたぁ……」
「zzz…………」
9章 それぞれのロール、ひとつの物語 ~終~




