8.アンスの調査報告「邪教徒」①
「――お待ちしておりました、リリデスと申します! さあさあ、おかけになってください!」
穏やかな笑顔。
擦り切れたる真っ黒な修道服。
女性にしては珍しい長身が、快く私を出迎えます。
思っていたより、威圧感などはありませんが……。
(これが、リリデス……)
――リリデス・サンクノート。「邪教徒」。
「導きの光」ギルドマスターにして最恐の冒険者。
盗賊団「蜥蜴」の殲滅以降、誰もがその名を知る超危険人物。
孤児施設「サンクチュアリ」出身。
修道院を経て、かの聖徒騎士団へ所属。
その後「発狂」し、冒険者稼業へ……。
冒険者になってからの話もさることながら、聖徒騎士団での逸話も半端ではないようで……。
たかだか数週間で序列は一桁。新人にして歴代最強の名を戴いた傑物中の傑物。
彼女の無抵抗の脱走劇は、彼らにとって恥ずべき秘匿事項との事。
今やその名を出すこと自体が憚られる存在、と……。
強さの理由は、その単純かつ圧倒的な身体能力。
なんでも無意識に自己強化を行っているようで、最早常在戦場の武。
それを生み出したるは……。
…………。
同業者間での評判は最高かつ最悪。
腕に関しては言うまでもありませんが、その残虐性と謎の信仰から近寄りたがる人間はごくわずか。
人当たりはいい、とも聞きますが……。そこから始まる布教行為に戦々恐々する冒険者は数知れず。
邪神へ捧げる生贄を探し、王都を日夜徘徊しているとの話まで……。
通り名。
血塗れの化物、死神、破滅の導き手、平和の使者、等々。
最後のは彼女の自称らしく。
どこにも通っていない名でした……。
「アンスと申します。お伝えしておりました通り、本日はデーモンの件に関して少々確認を……」
「ええ、よろしくお願いします!」
「……。ところでこちらの方はどなたでしょう? 確かギルドメンバーは二名だけだったかと思うのですが」
「あ。わ、私は、えっと……」
「この方はモジャさんと言いまして、私達の三人目の仲間です!」
「……? おかしいですね、名簿には載っておりませんが……」
「実はその……。モジャさん、戸籍の方がまだ……。形式的にはまだお手伝いと言いますか……」
「戸籍?」
聞けば彼女、戸籍がなく、現在手続き中とのこと。
……この手合、恐らく裏社会で生きてきた者でしょう。
小柄な体躯、警戒心の強い表情……。「盗人」あたりでしょうか。
こんな者まで引き入れていたとは。シルティ、何を企んでいるのか……。
「……もしやモジャ殿もデーモン遭遇時にいらっしゃったので?」
「ええ、その通りです。我々三人のチームワークで困難を切り抜けまして……」
「チ、チームワーク……? チームワーク……。…………」
「チームワーク!!」
「そうでしたか。……では早速ですが、デーモンの件に関して確認をば。一連の流れを、今一度お聞かせください」
「はい! ええと、まずですね……」
こちらにあがってきた報告書の内容と違わぬ話。
要約しますと。
「デーモン」と思しき魔物と、冒険者ギルド「導きの光」が交戦したこと。
「デーモン」は上級魔法に加え、謎の魔法も扱えたこと。
「デーモン」の攻撃を《障壁》魔法で防ぎ、やり過ごしたこと。
「デーモン」は崩落してゆくダンジョンにて自滅したこと。
……不可解な点が、数点。
冒険者というものは、得てして話を盛るものですが。
……なんらかの意図から、事実を捻じ曲げることもあるでしょう。
果たして報告通りのことが実際に起こったか、否か。
「先の話では……デーモンの上級魔法等を《障壁》で耐え凌いでいる間。ダンジョンそのものが崩壊し自滅、ということでしたね?」
「………………はいっ!!」
「……」
妙な間、表情のゆらぎ、筋肉のこわばり。
……確実に、嘘をついている反応。
少し突っ込んでみましょう。
「その《障壁》はシルティ殿が?」
「ええ! モジャさんを守り続けまして、それはそれは素晴らしいご活躍を!!」
「ははあ。敵の上級魔法をも完璧に受けきった、と」
「ええ! それはもう完璧に!!」
「確か雷系統の上級魔法を連発してきたとか……。それを全て防いだのですか」
「流石はシルティさんといったところでして!! そのご活躍たるや感嘆の念を禁じ得ず……!!」
(……やはり)
彼女の相貌。
熱を帯び、目を輝かせ、身振り手振りを交え、「令嬢」の功績をこれでもかと主張している。
――熱狂。まるで恋する少女が如く。
……シルティは恐らく、人心掌握術に長けた人物。
この報告自体、シルティによって作られた「虚偽報告」と見て間違いないでしょう。
《障壁》は本来、入念なる準備の元に複数人で展開し、「場」を守るための魔法技術。
個人が扱うレベルで上級魔法を凌ぐなどまず不可能。魔術師にとっては当然の事実。
そんな嘘を誇らしく吹聴するリリデス……。完全に操られている。
「……謎の魔法も扱ったとのことでしたね」
「はい。空を飛びながら、見たこともない真っ黒な魔法を……。大変な攻撃力でして、もうとっても痛くてですね……!」
「……。どれほど痛かったんですか?」
「え? そうですね……。それこそ、蜂に刺されたぐらい……」
「……は、蜂ですか」
「ええ……。それもキイロスズメバチレベルの……」
「そ、そうですか……。……こちらから攻撃はできなかった、と」
「……は、はい! もうびゅんびゅん飛び回りっておりまして、我々にはなんともできず……! ねえモジャさん?」
「そ、そうですね。へへ、何もできず……」
「……。そうしている所、デーモンの攻撃によりダンジョンが崩壊して自滅、と……」
「……はいッ!! そのとおりですッ!!!!」
「……」
嘘の反応。分かりやすすぎる……。
闇魔法を扱ったことは間違いないようですが。
彼女たちが無傷であることから、その実力は相当に低いと見ていい。
真の闇魔法の前では《障壁》なぞ紙切れ以下も同然。防ぐことは絶対に不可能。
そもそも「痛い」で済むはずがない。いくらリリデスが強いといえども……。
……推察するに。
デーモンは上級魔法を扱ってはいない。彼女たちの虚偽報告。
よってダンジョン崩壊の原因は、デーモンの攻撃ではなくリリデスらによるものと見ていい。
《飛翔》する相手に攻撃できぬ苦肉の策。おそらく、壁を破壊しつつ逃走を図ったのでしょう。
それが偶然にもダンジョン崩壊に繋がり、デーモンを巻き込み屠った、といった流れか。
かくして窮地を乗り越えたシルティの名声――ひいてはギルドの名声は高まった。
事実、今や多くの者たちがこのギルドに注目している。
今までの悪評を払拭せん程に。
……この報告書から伺えることは。
シルティの功名心、その傀儡と化したリリデス。
そして、デーモンのレベルの低さ。
…………。
「……わかりました。デーモンの件に関してはこれぐらいで」
「? この程度いいんでしょうか?
「ええ。形式的な確認ですので」
「そ、そうですか!」
――ほんの一瞬。
安堵の表情で互いを見る彼女らを、見逃しませんでした。
何に安堵をした? 無論、「嘘」を突き通せた事に。
(……賠償責任は完全回避ですねモジャさん……!)
(完璧でしたねリリデスさん……!)
(やはりこのギルド、危険……)
シルティ、その野心は果たして何をなさんと――。




