勇者パルマの少年期
「魔王、俺はお前を信じてるんだ」
始め魔王達は何も言わなかった。意外過ぎたのか、勇者パルマが言った言葉が良く分からなかったのだろう。
部屋には魔王軍の最高戦力四天王が勢揃いし、その後ろには魔王もいたが、皆、生まれたてのヒヨコの様な顔をしていた。
「18年お前と戦い続けたけど、お前は終始一貫して悪い奴だったからね」
「俺が聖剣を手放せば人質のタックさんを解放するってお前は言うけど、お前はそんな約束絶対守らないよ...ふふ 守らないって信じてる 変な話だけど 」
だから聖剣を手放す事は出来ないと言うパルマの言葉に、ようやく魔王達も我に帰り
「ならばコイツは殺してしまっても良いと言う事か?」と問うと
「いや 良くない。解放はして欲しい。此処から外に出してオレがもう安全だって納得出来る所まで送らせて欲しい」なんてことを言う
いやいや…
やり取りを聞いていた人質のタックさんもパルマの言い分に呆れてしまい、なんだそりゃと呟くと、四天王の一人と異口同音被さってしまった。
ハッとしてそちらを見ると、同じ事を呟いた豚の怪物と眼が合った。 彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 きっと人間なんかと同じ事を思ったのが癪にさわったのだろう。
「そんな都合の良い話を俺が呑むと思うのか」
変な空気を打ち払う様に口を開いたのは魔王だった
「聖剣は捨てん だが人質は解放しろ しかも安全な所まで送って行かせろだと?... 貴様は阿呆か」
魔王がまともな事を言っている。あの悪の権化が案外自分と同じ様に感じている事にタックさんは驚いていたが、その後もっと驚いた。
「分かってる。 だから送って行かせてくれたらまた戻って来て、その時聖剣を捨てるよ」
さっきの豚の怪物とタックさんがまた「え?」と同時に口にした。
「タックさんを送った後またここに戻って来る。そして聖剣を捨てる。 そうだな... 丁度今魔王が立って居る辺りに突き刺そうか 鍔元までしっかりと...それから〜...両手を挙げて20歩離れる...
それならどうかな?」
「「どうかなじゃねぇよ!」」
とうとうタックさんもそう叫んでしまった。豚の怪物と一緒に。
「パルマ!そんな話通る筈ないだろ!魔王は人質を盾に脅迫して来てるんだぞ⁉︎それがお前っ..解放して戻って来たら人質いねぇじゃねーかっ!捨てる必要無くなるじゃねーかっ! 戻って来てから捨てますなんて俺でも信じねぇよっ! 馬鹿かよっ!」
「そうだ!そもそも戻って来ねぇだろお前っ!四天王が勢揃いしてるんだ!流石のお前も怖気付いてそのまま逃げるつもりだろ!」
豚の怪物がそう叫ぶと、他の四天王達も口々にパルマを罵り始めた
「そうかぁ!逃げるつもりだったのかっ!危うくそのまま逃げられる所だったぁ!卑怯だぞ勇者ぁ!」
と、鳥の怪物が
「見損なったぞ勇者!戻って来て聖剣を手放すなど信じるものかっ!恥を知れっ!」
と、狼の怪物が
「...........」
最後の岩の怪物は何も言わなかった
そんな怪物達を苦笑を浮かべて困った様に見ていたパルマだったが
「わかった 良いだろう」と魔王が言った時、おやっ、とでも言うように目を丸くし、そのあと何とも言えない表情でフフッと笑った
それは暖かみのあるいい笑顔だったとタックさんは思う
魔王はただし、聖剣を手放してから20歩ではなく25歩離れる事を条件とした
「貴様の間合いは今22歩であろう 20歩ではその場に居るのと変わらん」
パルマはバレてたのかと舌を出したがその条件は呑んだ
四天王の怪物どもは口々に魔王を諌めたが「なぁに、アレは約束を破らんだろうさ 儂も...アイツの事は信じている...クックッ...妙な話だな」と、さも可笑しそう笑う主を見て何が何だか分からなくなったが、もっと良く分からなくなったのはその後だ
パルマはタックさんを安全な場所まで送り届け、固く握手を交わした後、本当に戻って来たのだ
勇者パルマが魔王と闘い始めたのは14の頃だった。
神に選ばれた者にしか引き抜けない聖剣をするりと抜いたのが12歳。
そのままその国の王城に連れて行かれ、2年間激烈なる訓練を受けて鍛え上げられた後
世界中の王からの連名で命令を受け、魔王討伐に出発したのだった。
パルマの生まれたケトラ村は深い谷の底にある小さな村だった。
谷の真ん中には川が流れていて、そのまま辿れば海に出る。
谷の幅は端から端まで大人の脚で二日かかる程広く、谷底に流れる川と、谷の上から降りてくる豊富な水のお陰で豊かな森が一面を覆っていた。
その昔何処かから流れてきた人間がここに降りて来て、百年かけて森を開き、懸命に村を作ったのだった。
森の恵みは豊富で、畑の作物も良く実るようになった。川では魚も獲れるし、海まで行って漁をする者もいる。
豊かではないが飢える事もない村の暮らしは穏やかで、村人は大抵、村から出る事なく一生を終えていく。
パルマの父親も、勿論パルマ本人もそのように静かで慎ましい幸せの中、一生を暮らして行くつもりだった。
パルマが10歳の時、母親が病気になって死んだ。
悲しさも寂しさも見せる事なく、母親の代わりに家内仕事を忙しくするパルマを村のみんなはしっかりした良い子だと褒め、出来る限りの手助けをしてくれた。
父親もすっかりパルマを頼って安心していたが、ある日夜釣りに行くと出掛けて行ったパルマに上着を持って行ってやろうと川に行くと、自分で釣り上げたであろう大きな魚を抱きしめて一人で泣いている息子の姿があった。
父親は転げる様に駆け寄って、大きな魚ごとパルマを抱きしめ、すまんすまんと大きく泣いた。 パルマも急に現れた父親に驚いていたが、そのうち寂しい悲しいお母さんに会いたいと、母親が死んで初めて泣いたのだった。
ひとしきり二人で泣いた後、パルマは父親の背に負ぶわれて帰った。 釣った魚と釣り道具も父親が持ってくれた。
夜道を歩きながら父親はこんな事を言った。
「パルマ…いくら母さんが恋しいからって魚を抱きしめちゃいけない。母さんはな、魚顔じゃないんだ。決して違うんだそれは。 ただちょっと目と目の間が離れていただけなんだぞ。タキロンおじさんを知ってるだろう?あのおじさんが子供の頃、母さんの事を魚顔と揶揄った時、母さんそりゃもう稲妻の様に怒ったんだ。怖かったよ。火山が噴火したらきっとあんな感じだろうよ。」
そこで父親は一旦パルマを背中から降ろし、膝をついて目を合わせながら
「だからなパルマ。魚を見て母さんを思い出して泣いたなんて知られたら、天国に行った時、母さんからもの凄く怒られるんだぞ。だからこれからは魚を抱きしめちゃ駄目だ。わかったか?」と言った。
パルマは母親の事を魚に似ているなんて思った事もなかった。 魚を抱きしめたのは、魚の匂いが、魚の加工場で働いて、年がら年中魚の匂いのしていた母を思い出させたからだった。
しかしパルマは父親が好きだったので、その事は言わないで「わかった」と素直にうなずいたのだった。
にっこり笑ってパルマの頭を撫でた父親は再びパルマを負ぶって夜道を歩く。
母親が良く歌っていた歌を二人で歌いながらとことこと家に帰ったのだった。