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非聖女召喚  作者: 木こる
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第七聖

野生のウサギが鼻をヒクヒクさせながらこちらを見ている。

総代はこの可愛らしい生物を十子の前で焼き殺すのをためらったのだろうか。

彼は眉間にシワを寄せて右手を凝視している。手心を加えたわけではないようだ。


「ぬうぅ……もう一度だ!」


総代は気合いを入れ直し、全身の筋肉に力を込めて魔法に集中した。

しかしどういうわけか今度は小さな炎すら出てこなかった。

その後何度も挑戦したが結局炎は出せないまま、ウサギは逃げてしまった。


「…クソッ、一体なんなんだ!?どうして魔法が使えない!?

 これでは聖女様のご友人に魔法の存在を証明できないではないか!!」


総代は握り拳を震わせながら悔しがり、

足を大きく振り上げて地面を蹴ろうとした。

いわゆる地団駄を踏みたかったのだ。


しかしその足が勢いよく振り下ろされる事はなく、

地面に当たる寸前にブレーキが掛かりそっと着地していた。

左右どちらも試したが結果は同じく、八つ当たりはできなかった。


「これはなんだ…?私の身に何が起きているんだ……?」



総代は異能の影響を疑い、歴代聖女の能力を調べるために資料室へ向かった。

アリスはもう眠いという事で自室へ戻り、セイシェルは残るつもりだったが

十子が一人になりたいのを察して管理人室へと退散した。


総代の魔法は不発に終わったが、十子はもう疑ってはいなかった。

ここは異世界で、魔法が存在する。聖女教団の儀式に巻き込まれて召喚された。

召喚された人間には異能と呼ばれる特殊能力が備わる。

どうやらここはノルマリス帝国という国家の領土らしい。

別の大陸には召喚された日本人が身を寄せ合う村があるらしい。





その夜、十子は眠れなかった。

先に睡眠を取っていたというのもあるが、里奈との思い出が蘇ってしまった。


里奈はいい友人とは言えなかった。

たった3年のつきあいだった。

ずっと仲が良かったわけではなかった。

たまにはくだらない理由で喧嘩もした。


漫画家になりたい、小説家になりたい、歌手になりたい、

いろんな夢を語っては努力が続かずにすぐに諦めて、また次の夢に手を出した。


少女漫画のカバーをすり替えてBL本を読ませようとしたり、

深夜アニメをリアルタイムで視聴するように強要してきたり、

クズ男に傷付けられては朝までカラオケに付き合わされたり、

思い通りにいかない時はいつも「死にたい」と呟いていた。


十子が家に帰りたくない日は何も聞かずに泊めてくれた。

家庭環境の悪さをズケズケと指摘してくる図太さがあった。

父がいなくなった時は勝手に怒っていた。

母が死んだ時は勝手に泣いていた。


里奈は面倒な親友だった。





朝が来た。

まだここが異世界だという事に実感が追いつかないが、

携帯電話が役に立たないのは理解したので電源を切った。


「……おはようございます」


食堂でアリスとセイシェルを見かけたので挨拶をした。

アリスはまたキャラ変しているようで、昨日の親しみやすい印象はない。


「おはよう、トーコ 眠れなかったようね

 後で帝都に行くから食事を済ませておくといいわ」


彼女の皿にはトーストとハムエッグ、サラダの盛り合わせ。

信徒たちの皿には硬そうなパンと豆のスープ。

やはり聖女と自分が特別待遇なのは一目瞭然だった。


「ああ、うん…

 セイシェルさん、あまり食欲がないので

 信徒の人たちと同じ物を貰えますか?」


「トーコさん、彼らは断食しているだけです

 あなたの世界の断食とは少し違いますが…

 別に気を遣って遠慮する必要はありませんよ?」


「あ、いや…

 単純にあのパンとスープが気になってまして……」


食欲がないのもメニューが気になるのも本当だった。

この世界の味に慣れる必要があると思っていた。

邪教集団の元でずっと世話になるわけにはいかない。

総代は「しばらくは生活の面倒を見る」と言っていた。


すぐに用意されたパンは意外と硬くないどころか

中はモチモチしていて、フランスパンそのものだった。

スープは見た目通り豆とコンソメの味がした。

ほのかに香る胡椒の風味がいいアクセントになっていた。


調理した人間の腕がいいのか、

これがこの世界の標準なのかはまだわからない。

ただ、これなら毎日でも全然食べられると感じた。



十子はドレスを脱ぎ、北欧の民族衣装のような服に着替えた。

庶民にはこの方が落ち着くし、ファンタジー感が増して士気が高まった。

部屋を出ると信徒たちも似たような格好をしており、劇団の楽屋を思わせた。


ここにいる信徒の大半は普段、帝都で普通に生活を送る一般市民である。

家族と仕事があり、善良で無害な存在として目立たないように暮らしている。

今回は15年ぶりに聖女転生の儀式が実行されるという事で大勢が集まっていた。

儀式は無事に終わり、彼らは家に帰る。そして聖女には別の意図があった。


「トーコ、あなたにはこちらの言語を習得してもらうわ

 信徒たちと意思疎通できないのは不便でしょう?

 連中に日本語を覚えさせるより効率的だと思うの

 なので今日は教科書を買いに出掛けます いいわね?」


「ん…?言葉を覚えるのはいいけど、

 信徒とは話せなくても困らないよ?

 私はいつまでもここにいる気はないし」


そう言うとアリスは険しい表情になった。

きっと十子を手放したくないのだろう、

しかしそこまで執着する意味がわからない。

里奈の記憶があるにしても別人だ。

アリスとは昨日出会ったばかりの関係だ。


困惑する十子をよそに、派手な色合いの毛皮を纏った総代が現れた。

どうも彼の設定は行商人らしく、アリスはその娘という事になっている。

十子は召喚されたばかりで困ってるところを保護されたという筋書きだ。

あながち間違ってはいない。問題は邪教徒に呼ばれたという点だけだ。


「…準備ができたようですな

 それでは参りましょうか

 ……***、*****!*******!」


隊商に扮した一行は帝都を目指した。

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