第六聖
頭イカれ女、狂信オヤジ、毒ガス撒き野郎。
十子の周りにはそんなのしかいなかった。
「私は没落貴族の三男坊でして、職務に対する責任感は希薄です
自分のやりたい事を優先して他のことは後回しにする性分です
一人で静かに過ごせる空間が欲しくて実行したんですが、
全てが計画通りに進んだわけではないですね」
礼節を重んじる紳士かと思ったら全然そんな事はなかった。
下手したらこいつはカルトより危険かもしれない。十子は警戒を強めた。
「この世界では一般的に、聖女教は邪教として知られています
行き場のない彼らがここに辿り着くのは時間の問題でした
…初めは彼らを追い出して密告してやろうとは考えましたが、
私にもメリットがある取引を提案してきたので受け入れる事にしました」
「どんな取引をしたんですか?」
「詳しくは言えませんが、情報です
世界的に嫌われ者の彼らが存続できているのは
多岐に渡る分野の情報を握っているからなんです」
情報は武器。それは世界が変わっても同じのようだ。
◇
「あっ、トーコ起きてる!おっはよ〜!
トーコってばお風呂の後すぐ寝ちゃったから、
しょーがないから儀式の続きやってきたよ〜」
「お、おぅ……?」
食後に居住区を適当にぶらついていると、アリスが元気よく挨拶してきた。
この子のキャラが掴めない。昨日の彼女は人形のような印象を受け、
かと思えば食事中に冗談を言ったり、風呂場では妹のように甘えてきた。
さっきの儀式の最中は聖女然としており大人の女性にも見えた。
今のアリスはなんだか仲の良い同級生を思い出させた。
「ねえトーコ、外に出てみない?
儀式中に考えてたんだけど、ここが異世界だって証明するには
日本にはないもの見せるのが手っ取り早いなって思ったんだ〜」
「例えばどんなもの?」
「魔法とかモンスターとか、そーゆーの見れば納得するっしょ?」
「魔法ってあんた…
昨日は『聖女の魔力のおかげ』とか言ってたじゃん
外じゃなくても今ここで見せればいいんじゃないの?」
「あたしのは見せたけどわかりづらかったっしょ?
総代が攻撃魔法使えるから、それ見れば信じるよきっと
ちなみに中で物騒な魔法使うのはセイシェルに禁止されてるんよ」
総代が歩み寄り、十子に向かって軽く頭を下げた。
胸に手を当てている。信徒が見せた敬礼のポーズだ。
「…トーコ、先程は尊大な態度を取ってすまなかったな
お主の意志でここへ来たわけではないというのに、
儀式を邪魔されたと思って頭に血が昇ってしまった」
総代は再び頭を下げ、十子もなんとなく釣られた。
「聖女様が仰った通り、私は炎の魔法が使える
客観的に“魔法を使った”と判断しやすい属性だ
魔術の訓練を受けていない者には他の魔法は少々判断が難しい
実は今現在、ある魔法が使われているのだが気がつかないだろう?」
急に魔法とか言われても十子にはさっぱりわからなかった。
辺りを見回してもヒントになるような物は何も無い。
そして、それ自体がヒントだった事にすぐ後で気づいた。
「セイシェル、照明を切ってくれ」
「ええ、お任せを」
セイシェルが指を鳴らすと周辺は闇に包まれ、
ただ祭壇の蝋燭だけが岩肌を照らしていた。
「…まあ、この程度ではまだ魔法を信じる気にはならないでしょう
私は管理人ですからね リモコンを持っているかもしれません」
再びセイシェルが指を鳴らすと明かりが戻った。
壁も天井も岩だけで、蛍光灯などの照明器具は存在しない。
もしリモコンで操作したとしても停電のように一瞬で光が消え、
タイムラグなくフロア全体が一斉に明るくなるものだろうか。
「実はね〜、指鳴らさなくてもいいんだよ
それってカッコつけてるだけだよね?」
「ええ、まあ……」
◇
地上に出て十子は目を疑った。
生暖かい風、草の匂い、空は暗く月が出ている。それは夜だった。
おかしい、そんなはずはない。時計は8時半を示している。
もう学校は遅刻確定だけど、今それは問題ではない。
昨日は23時過ぎに眠って朝7時に起きたはずだ。
朝食はリクエストした半熟の目玉焼きだった。
味噌汁には細切りの大根を入れてもらった。
後で豆腐ハンバーグを作ってくれるらしい。
そうじゃない、時間が合わない。
「…あ、そっか〜 びっくりするよね
こっちだと今は夜の10時くらいだよ」
ドッキリでここまでの事ができるだろうか。否、無理だろう。
実は巨大なプラネタリウムの中にいるという可能性はまだあるが、
そんなに金をかけてまで女子高生一人を騙す理由があるとは思えない。
さっきの照明の件といい、十子はもう異世界の存在をほとんど信じかけていた。
「おや、丁度いいですね あそこにウサギがいます
総代殿の出番です あんまり焦がさないで下さいよ」
ウサギを焦がすと聞いて少し躊躇したが、
今は魔法が本物かどうか見極めたいという思いと
どんな味がするのか気になるという好奇心に溢れていた。
「それではトーコよ、
まずは私がマッチやライターを持っていない事を確認してくれ」
それはマジシャンの前口上のようだった。
総代はローブを脱いでタンクトップ姿になると、
両手を大きく広げて種も仕掛けもないことをアピールした。
もっとだらしない体型かと思っていたのが
なかなかマッチョなおっさんで、十子は面喰らった。
総代は右手を突き出して集中すると、その掌の上に小さな火の玉が発生した。
それは徐々に大きさを増してゆき、バレーボール程度のサイズまで膨らんだ。
満月を背景に、炎に照らし出される分厚い筋肉が美しく見えてしまった。
十子は口を開けて固まり、情報を整理しようと頑張ったが
それを見せられてしまってはもう、認めざるを得なかった。
「──これが魔法だ」
総代はニヤリと口角を上げ、腰を落として足幅を大きく広げた。
上半身を右に回して力を溜め、獲物に狙いを定めると炎の球を一気に解き放った。
その炎は獲物には届かず、空中で消滅した。
「…ぬゥん!?」