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非聖女召喚  作者: 木こる
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第五聖

携帯電話の時刻を見ると、この場に来てから3時間経過したのがわかった。

岩に囲まれた空間、見知らぬ外国人たち、与太話、露出狂、催眠術…。

この短時間で十子はかなりのストレスを抱えていた。

そしてそれは腹の音となって岩壁に反響した。


「トーコさん、アリスさん、今の音は一体……?」


それは部屋の外にも聞こえたようで、ハンサムな管理人が様子を見に来た。


「いや、なんでもないん

「トーコのお腹の音です」


十子はアリスを更に嫌った。



「……それでは、ごゆっくりとお召し上がり下さい

 食べ終わった食器は廊下に出しておけば回収致します

 また困り事があればいつでも声をかけて下さいね」


セイシェルが手早く用意した食事は

白米に味噌汁、白身魚のフライ、キャベツの千切り、きんぴらごぼう。

それらはどう見ても完全に和食であり、緑茶には茶柱が立っている。

異世界の設定を信じさせる気がないのかと心の中でツッコミを入れた。


十子は箸を持ち手を合わせ、フライに醤油を垂らし、

味噌汁をかき混ぜて一口飲み、米と魚を頬張った。

それらは紛れもなく和の味そのものであり、

上質な食材を使っているのが舌で理解できた。


十子は一人で食べたかったが例の催眠術によって同席を断れず、

アリスも同じメニューを食べる運びとなった。

彼女は器用に箸を使い、三角食べも自然に行なっている。

その様相はもはや日本人にしか見えなかった。


「あのさぁ……もういいからネタバラシしちゃいなよ

 味噌だけならともかく豆腐とか醤油とか異世界で作れんの?

 詳しくは知らないけど、かなり複雑な作り方だったと思うよ?」


たしか大豆が原料で、ニガリとかこう、蒸したり……。わかんない。


「西の海を渡った先にチルトランドって国がある

 そこには召喚された日本人が暮らす村があって、

 そこで米や大豆を作って出荷してる

 大豆の加工もそこでやってる

 30年くらい前にハシモトって人が水洗トイレを作った」


「いきなりトイレの話すんな!食事中だぞ馬鹿!」


「ごめん、水に流して」


「ボケてんの!?」



食器は廊下に置いておけばいいと言われたものの、

虫が湧いたら嫌なので炊事場に返した。

近くの長机では数人の信徒たちが食事を取っており、

聖女の姿を見ると全員が即座に立ち上がり、胸に手を当て首を垂れた。

十子は自分に対しての敬礼ではないと理解しつつも少し気分が良くなった。


アリスは彼らを座らせ、食事を再開するように命じた。

彼らの皿を見ると硬そうなパンと豆のスープ以外には何もなかった。

さっきの和食は日本人の十子に合わせて用意されたものなのか、

聖女様用の豪華メニューだったのか、判断がつかない。


「セイシェル、お湯は沸いてる?」


「ええ、用意できてますよ」


案内されたのは石造りの浴槽がある空間だった。

そういえば風呂に入ってないなと思い出した十子はすぐに嫌な予感がした。


「トーコ、一緒に入ろう」


催眠術だ。





風呂から上がった十子は用意された服に着替えた。

それは聖女が着ていてもおかしくない上等な素材で、

サラサラとした着心地が肌に気持ち良かった。

初めての感触なので自信はないが、おそらくシルクのドレスだろう。


制服は里奈とアリスの血で汚れているので洗濯中だ。たぶん血糊。


時刻を確認すると23時を回っていた。

家に帰れないのはいいとして、明日の学校に間に合うのだろうか。

里奈は今頃どこかでモニターを見てニヤついているのだろうか。

バイトは無断欠勤したけど仕掛け人が連絡入れてるはず。

そろそろドッキリ大失敗だとわかって欲しい。


十子はそんな事を考えながら、上等なドレスに粗末なベッドで眠りに就いた。



翌朝7時のアラームで目を覚ました十子は岩壁を見渡し、

昨日のゴタゴタが夢ではない事を認識して部屋から出た。

顔を洗いに水道まで足を運ぶと、祭壇の間に人の気配があった。


そこには聖女、総代、信徒たちのメンバーが勢揃いしており、

どうやら昨日の儀式の続きか何かをしているようだった。

邪魔をする気はないし、喉が渇いているので居住区へ戻った。


セイシェルが調理した朝食を取りながら、

十子の中では別の考えが芽生えつつあった。

“もしこれが本当に異世界召喚だったら”という説だ。


冷静に考えて、たかが女子高生一人を騙すのにここまでするか?

拘束時間が長いし、催眠術だとわかってるもんに引っ掛かるか?

水洗トイレはあれどシャワーはなかったし、カメラは一台も見てない。

というか電化製品を一切見かけてない。話に矛盾はなかったように思える。


ただし召喚が本当だとすると里奈の死も真実になるわけで、

十子としてはもっと他の有力説を信じたいところだった。


「…ところでセイシェルさん、あなたは儀式に参加しなくていいんですか?」


ふと思った小さな疑問を口に出した。

この人も信徒なら大事なイベントをすっぽかしている事になる。

今いる居住区と祭壇の間まではすぐ近くで、距離は問題じゃない。

招かれざる客をもてなすという名目なら昨日は参加できたはずだ。


「私ですか?ええ、大丈夫ですよ

 聖女教の信者ではありませんからね」


「えっ?何者なんですかあなたは……」


「最初にお伝えした通り、ここの管理人です

 …と言っても不思議に思うでしょうね

 私はノルマリス帝国の黒騎士団という組織に所属しています

 黒騎士は罪人の監視や処刑を担う、執行者の立場にあります」


カルトの一員じゃない。しかも帝国の黒騎士とか肩書きがカッコイイ。


「元々この場所は地下監獄だったのですが、

 毒ガスが発生する事故により閉鎖されました

 私は安全が確保できるまで監視する任務を志願し、

 ここに生活拠点を築き上げ現在に至るというわけです」


「毒ガスって……ここにいて平気なんですかね…」


「ええ、ご安心を

 人払いがしたくて私が撒いたものですから」

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