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非聖女召喚  作者: 木こる
13/13

第十三聖

「ヒャハッ!******!******!」

「*****、*****!グヘヘへ……」

「ケケケッ!****!********!!」


十子とアリスの前に現れたのは、見覚えのある3バカだった。

現地語をある程度習得できたつもりだったが、十子は所々聞き取れなかった。

彼らは学習したのか襲い掛かってくる事はせず、ニヤニヤしながら話し合った。

時々奇声じみた笑い声を上げ、下品な会話をしているであろうことは理解できた。


「違う、あいつらは盗賊の暗号で会話しているの

 “翻訳”によると、『邪教徒を引き渡して報奨金を貰う』とか

 『やっぱり女は殺さなくて正解だった』とか、そんなところね」


「先に町に着かれたらまずいじゃん…」


十子は考えた。

幸い彼らは会話に夢中で少しだけ時間はあった。

味方に戦闘員はいない。いたとしても異能の影響で戦えない。

敵は近接武器しか持っていない。弓矢部隊とは違う階級のようだ。

戦闘になる危険性はないにせよ、放置すれば先に行かれて密告される。


この状況を打開できるのは、彼らが乗ってきた馬だ。

その背に男3人を乗せて走ってきた馬は疲れて道端で休んでいる。

あの馬を奪えれば先回りして衛兵に助けを求められる。

どのみち逃げる以外の手はないし、他に突破口は見当たらない。


「…アリス、“隠密”で向こうへ行って、

 “翻訳”と“支配”で馬を味方にしてきて

 奴らは私がなんとかするから、お願い」


「異能は人格ごとに一個しか使えないわ

 そもそも動物に効くのかわからないし…」


「そこは“幸運”に賭けるしかないでしょ

 ……それと、あんた自身が知ってると思うけど

 一人一個ルールを破れる例外的な人格がいるでしょ」


その言葉にアリスはたじろいだ。やはり自覚はあったようだ。

その人格は十子が召喚されてから間もない頃は頻繁に登場したが、

いつのまにか引っ込んだままになっていた。


儀式の失敗により生き残った最初の人格、“人形(アリス)”。

彼女だけがルールを破れる異例の存在だと気づいたのは、

歴代聖女の記述を読み漁っている時の事だった。


儀式に失敗した記録はあまり残されていなかった。

器が死んでしまっては何も書き残せないからである。


ただ失敗した器が全員即死したわけではなく

ごく短時間だけ生き延びた例もあったようで、

その少女は知るはずのない知識を口にして

祭壇から突然別の場所へ瞬間移動したらしい。


他にも似た例はないか探しても見つからなかったが、

十子自身の経験が答えを導き出してくれた。


「…私が儀式の邪魔者として捕まりそうだった時、

 あんたは総代に『おやめください』って命令してた

 それが無自覚に使った“支配”の異能」


「トーコ……」


「総代が感動しながら何か言ってたけど、

 ある程度の現地語を学んだ今ならわかるよ

 『日本語を理解していらっしゃるのですね、聖女様』

 …あんたはこの時、人格は“人形(本体)”のままで

 “翻訳”と“支配”を同時に使ってたんだ そうでしょ?」


「……十子」



アリスの雰囲気が変わった。

たった一言だけだったが、それは数ヶ月ぶりに見る本体だと直感した。


「あんたは探偵ドラマが好きだったからねぇ…

 いろんな推理しちゃうよね 本当に変わってない」


突然フレンドリーな態度になるアリス。

そこに人形らしさは感じられなかった。

その口ぶりはまるで……。


「ただね、十子 あんたの推理には間違いがある

 …その時、あたしは“翻訳”を使ってなかった

 アリスの記憶があるからこの世界の言葉を話せただけなの」


まるで……。


「あんたの言う通り本体は複数の異能を同時に使えるけど、

 “支配”の異能を持つこの人格は本体じゃない 本体は“聖女(アリス)”だよ」



「……里奈?」



そう呼ばれた彼女は少しだけニコリと笑い、すぐさま真顔に戻った。


「アリスは儀式の失敗を恥じて、今まで一度たりとも表に出た事はないの

 敬虔な信者ってのは本当に面倒よねぇ …とにかく呼び出してみるよ」


十子は内心混乱していた。

本体だと思い込んでいた人格が実は死んだと思い込んでいた親友で、

それは本体ではなくて嘘吐きで人形を演じて最強の能力を持っていて……。


積もる話はあれど今すべきは馬の奪取だ。

そう切り替えて聖女本体の降臨を待った。



「…ごめん、やっぱ出たくないみたい」




どうやら本体は居留守を使っているらしく、降臨に期待はできない。

“支配”の力で他の人格を制御できても、本体には通用しないようだ。


気がつけば時間切れで野盗たちの会話は終わってしまい、

汚い笑顔を浮かべながらジリジリと十子たちに迫っていた。

彼らは分散して三角形を作り、二人の周りを回り出した。


これで二人は強引に外へ出られなくなったが、

男たちもずっと回り続けないといけない事になる。

ただし援軍の存在があれば話は別だ。

おそらくそれが狙いだろう。これは時間稼ぎだ。


十子は打開策を見つけられなかった。

異能の影響で戦えないが、もし戦えるとしても十子自身はか弱い女の子だ。

現地人のアリスは多少マシとはいえ、荒くれ者に勝てるとは到底思えない。

魔法は回復しか使えないようで、異能は非戦闘系のものしかない。


「……十子、こっちもプランBでいくよ」


「えっ?」


アリスは回る男たちの中から1人に狙いをつけ、言い放った。


「──死ね!!」


「おん? ……グヘヘ、へへっ…ぐへへへ」


言われた男は一瞬動きが止まったものの、

いやらしい笑いを浮かべて再び歩き出した。


十子の異能が邪魔しているのか、

それとも別の要因があるのかはわからないが

とにかくその命令は失敗に終わった。


「──死んで!!消えて!!通して!!」


連続で命令を下すが、どれも効く気配はない。

十子は自分自身が命令された時を思い出し、

命令前に名前を呼ばれていた事をアリスに告げた。

それは正確な名前でなくとも、「総代」などの

肩書きでも通用していた事を付け加えた。


「──ベルガーストール!ギュスターヴの心臓を刺して!」


「ヒャハ? ……うお、おおああおお!?」


「お、おいっ…ベルッ!?いきなり何を!?」


サーベルを持った男がフレイルの巨漢に襲い掛かった。

彼は自分の体を制御できず、巨漢が死に切るまで刺し続けた。

今度の命令は成功した。やはり名前が必要なようだ。


「…って、なんで名前知ってんの!?」


「さっきの暗号会話で言い合ってたからね…

 さあ、反撃開始! このまま続けていくよ!

 ベルガーストール!自分の首を斬り落としなさい!」


「ぇ……いやだ……嫌だ嫌だ嫌だあああ!!

 誰か止めてくれええ!!ぎゃあああ!!」


彼は命令されるがまま首に剣を当て、ノコギリのように前後させた。

その残虐な光景を直視する事ができず、十子は顔を背けた。

アリスの顔を見ると彼女は苦々しい表情でそれを見つめていた。


「もっと穏やかな命令はできなかったの!?

 あんたも辛そうじゃん!よく見てられるね!?」


「この能力はあたしが見届けてないと中断されるからね…

 あと、同じ内容は連続で出せないからつい……」


最強の能力にも色々と制約があるようだ。

そしてその能力は十子の“無敵”を貫通している事実に気づいた。

対象に命令して実行させるという点はゴーレムと同じだが、

意志のある人間同士での攻撃行動が許可されていた。

どちらの異能にもまだ謎は多い。


「……さて、残るは1人ね」


圧倒的優位にいたはずの男3人が一瞬にして2人も死んだ。

わけのわからない事態に小柄な野盗は戦意を喪失した。


「邪教徒め……いや、この魔女め!!

 絶対に許さないからなああぁぁ!!」


彼は馬に向かって駆け出した。


「あ、まずい …アリス!」


「……あいつの名前知らない」


「はあ!?情報聞き出す前に始末したの!?」


「今更そんなこと言われてもしょーがないじゃん!」


「1人も残しちゃいけないってちょっと考えればわかるでしょ!?」


「あたしだってテンパってたんだよ!!スピード感が大事だって思ったの!!」


二人が口喧嘩を始めると同時に馬のいななきが響き渡り、

いったん冷静になって解決策を探ろうと頭をフル回転させた。


馬が走り出した。



男の頭に矢が刺さった。



馬は背中から落ちた人間など気にもせず、そのままどこかへ走り去った。

彼を仕留めた矢は総代の背中にあった物よりもはるかに太く、

その一撃で絶命したのは確実だった。


それが放たれた方向を見やるとクロスボウを構えたマリーが立っていた。

その後ろにはイザベラに肩を貸して歩くパメラがいた。


そこに総代の姿はなかった。







それから一ヶ月が過ぎた。


帝国騎士団の調査により野盗団の全滅が確認された。

行商人ヴェルハルトと彼の部下13名の死亡も裏付けが取れ、

その遺産は全て娘のアリスに受け継がれる事となった。

現場に残されていた毒物の成分が証拠となり、

過去に起きた監獄での毒ガス事件の犯人は彼らであると断定された。


孤立無援の状況で犯人の特定につながる情報を残し、

自らの命と引き換えに5人の少女たちを守り抜いた

騎士セイシェルには“英雄”の称号が与えられる事が検討された。


と、嘘混じりの情報で聖女教団の存在は隠し通せた。


生き残った信徒たちはアリスを新総代に担ぎ上げようとしたが、

聖女自らがその立場になるのは違う、と本人が拒否した。

あれからもアリス本体の人格が表に出ることはなく

里奈の人格が取り仕切るようになり、実質彼女が主人格のように見える。

おそらく責任ある立場を嫌がって新総代を断ったのだろう。


十子の大陸を出たいという気持ちは変わっておらず

アリスと話し合った結果、以前のような執着は感じられなかった。

里奈の能力が他の人格に大きく影響を与えていたらしいが、

詳しい事は本人にしかわからないし、本人も把握できていないらしい。


「──ほほう、これが例の……ほうほう」


豪商アランが90年代製の携帯電話をパカパカさせて品定めしている。

実物を見せた事はあるが、触らせるのはこれが初めてだった。

野盗戦の後、事実調査のために足止めをさせられていたので

アランとの取引も後回しとなり、今ようやく再開されたのだ。


アリスが金銭面のサポートを申し出たが、十子はそれを断った。

邪教徒の世話になるのは嫌だし、自力で生きる術を身につけたかったのだ。


「本当にそんなのでいいんですか?

 その……スマホ?とかいうやつのが便利なんですよね?

 あとバッテリーはもう完全に切れちゃってるし、使い道が……」


「こら十子!余計なこと言わないの!

 欲しがってんだからいいでしょ!」


「いやあ、なんか騙してるみたいで悪いというか…」


「誠実なお嬢さんじゃのう お前さん、商売人に向いとるよ

 商売をする上で最も大事なのは『信頼』じゃからな

 …バッテリーについては気にせんでええよ

 これからお前さんが向かう場所に“充電”の異能持ちがおるからな」


「そんな能力もあるんですね……

 でも、充電できてもやっぱり役に立たないと思います

 通話、メール、インターネットのどれも使えませんよ?」


「ほっほっほっ、ワシはコレクターなんじゃよ

 機能性、実用性よりも希少性を優先するタチなんじゃ

 珍しい物が好きなおじいちゃんだと思ってくれればええ」


彼の印象は黒ヒゲのサンタクロースといった感じだ。

老人のような喋りをしているが肌艶は良く、腰は曲がっていない。

ただの珍しい物好きが世界に名だたる豪商に成り得るだろうか。


「日本円の買い取りなんかも行なっとるよ

 旧硬貨、旧紙幣、ギザジュウあたりは価値が高いのう

 お前さんが今着てる制服にも相当な価値があると見てる

 …っと、いかんな 今のはセクハラ いやブルセラ発言じゃったの」


十子の時代の社会問題を理解した上でその単語を出してきた。

やはりこの男、只者ではない。油断すれば飲まれる。蛇だ。



アランとの取引は滞りなく終わり、

約束通り彼の商船に乗せてもらう事になった。

目指すは西の大陸イージア、チルトランド王国領日本人村。


「十子、これあげる」


乗船前にアリスから謎の箱を手渡された。

それは帝都で貴婦人の方々に人気の有名ブランド店のものだった。

箱の大きさからしてアクセサリーか何かだろう。

ドレスみたいな仰々しいものではなくて良かったと十子は思った。


アリスに促されて箱を開けてみると、

中には大きくて可愛らしい真っ赤なリボンが収められていた。


「ちょっ……! なにコレぇ!? リボンってあんた…

 私にこれ被れってゆーの!? …冗談じゃないっ!!」


十子はそのプレゼントに拒絶反応を示した。

本当は好きだが、自分がするのは違うと思っていた。


「頭じゃなくて、ここ……」


アリスは十子の首にそのリボンを巻き付けた。


「…あんたのネクタイ持って来れなかったからね

 まー、代わりになるかなと思って買っといたんだ〜」


頭の後ろに手を組んで、はにかんだ笑顔をする仕草には見覚えがあった。


「ありがとう、里奈」


十子は親友に見送られながら船に乗り込んだ──。

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