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非聖女召喚  作者: 木こる
12/13

第十二聖

「キャアアアアッ!!」


悲鳴に振り返ると、何者かが信徒イザベラの片足を掴んでいた。

その手は泥まみれというより、泥そのもので出来ているようだった。

明らかに巨大なサイズであり、それが人間の手ではないのは確かだった。


「……いかん、ゴーレムだ!!」


「痛い痛い痛い痛い…ギャアアアア!!

 やめて離してやめてえええええ!!

 イヤッ……アアアアアァァァッ!!」


ゴーレムと呼ばれたそれは加減を知らず、イザベラの脛を握り潰した。

沼から迫り上がったゴーレムの体長は3メートル以上あり、

逆さ吊りになったイザベラをまるでおもちゃのように投げ捨てた。


彼女は泡を吹いて気絶しており、まだ息はある。地面が柔らかい泥で助かった。

十子は棒立ち中のアリスをけしかけて回復魔法を使うように指示を出した。


「なんで“無敵”が効いてないの!?

 攻撃はできないんじゃないの!?」


聖女の調子が悪いとかではない。弓矢と同じくこれにも理由があるのだろう。


「今は考えてもわからん!!

 聖女様!私から距離を取って下され!」


総代の言う通りだ。今は戦う時であり、考えるのは後でいい。

そして今このメンバーで戦えるのは総代だけだ。邪魔をしてはいけない。

十子たちは気絶中のイザベラを抱えてその場から離れる事にした。

ついでにアリスと総代の距離を目視しながら“無敵”の有効範囲を探ろうとした。


「クッ……!まだ魔法が使えん!

 聖女様!もっと離れて下され!」


アリスは20メートルほど離れているが総代は戦えない状態だ。

ゴーレムの注意を引きつけ、攻撃をかわす事に専念している。


十子は観察していておかしい点に気づいた。

アリスと総代の距離が30、40、50メートルと離れても総代はまだ戦えていない。

クロスボウを放った野盗リーダーの距離は目測で大体25メートルだった。

とっくに範囲外に出ているはずであり、魔法が使えないのはおかしい。


十子はようやく疑った。

その異能がアリスのものではないことを。


「イヤアアア!!こっちにもいる!!」


手の空いていた信徒マリーの進路を新たなゴーレムが塞いだ。


「トーコさん急いで!こっちもです!」


一緒にイザベラを運んでいた信徒パメラが告げた。

ゴーレムは1体だけではなかった。もしかしたらまだ増えるかもしれない。

とりあえずできる事は全力で逃げる事だ。十子たちは足腰に気合いを入れた。



そして十子と総代の距離が25メートル離れた時、それは起こった。



「……来たあああ!!魔法が使えるぞおおお!!」



その手にはボウリング球の倍はあろうかという大きさの火球が浮かんでいた。

総代はその炎を最初の1匹に直接当て、敵はあっという間にドロドロに溶けた。

続いて十子たちの方にいる1匹に発射し、ゴーレムの上半身が消し飛ばされた。

すぐさま炎をチャージし、マリーの近くにいる1匹を始末した。


「──これが魔法だ」


ウサギ狩りの時にも言っていた台詞だ。

あの時は不発に終わって心残りだったのだろう。

総代がニヤリと笑うと、十子は親指を立てて応えた。


「…しかし、まだ油断はならんぞ

 近くにゴーレムを操る術者がいるはず

 相当な手練れだ 用心せい

 魔物使いは基本的に1人1体しか使役できんのだが、

 今やっつけた奴らは3体共、同じ術者の魔力で動いとった」


「その術の射程はどれくらいなんですか?」


「人による、としか言えんな

 なぜそんなことを聞く?」


十子は“無敵”がアリスの異能ではない可能性と、その根拠を手早く話した。



「……なるほど、理には適っているな

 異世界人は必ず何かしらの異能を持っている

 今まで気がつけなかったのは戦いにはほぼ無縁だったのと、

 聖女様がお主につきっきりで誤解させていたのが理由だろう」


アリスが少しムッとした。

総代もこの異能について自分なりに気づいた点を語った。


「これはわかっていると思うが、お主の意志に関係なく常に発動している

 無効化できる対象は『敵意のある攻撃』で間違いなかろう

 不慮の事故や、自分の意志を持たないゴーレムには通用せんかった

 範囲外からの攻撃も無効化できない 過信は禁物だ」


「それでは聖女様の13番目の異能とは一体…?」


パメラが疑問を口にする。

それについては聖女本人に語ってもらいたいものだが、

今はどこかに敵が潜んでいる状況だ。優先して対処しなければならない。


「『ゴーレムで襲う』のが敵意ある攻撃行動だとすると、

 術者は“無敵”の範囲外にいるってことだよね?

 …アリス、“透視”か“追跡”で術者を探し出せる?」


「“透視”は射程距離が短くて探し物には向かない

 “追跡”は相手の顔を知らないと追えない

 “千里眼”なら特定できると思うけど、この状況では危険よね」


「それなら……“時間停止”はどう?

 敵が3体のゴーレムを正確にぶつけてきたなら、

 向こうからは見えてるって事になるよね?

 裏を返せばこっちからも見つけられるはず

 きっと相手は上手く隠れてるんだろうけど、

 制限時間なしで間違い探しするようなもんだよ」


アリスはそれを使い道のない能力だと思っていた。

この状況でその発想が出てくる十子を見て、

自分より聖女に向いているのではと疑った。


アリスは“時間停止”を使用し、何も発見できなけば向きを変えてまた止めて、

という作業を何度も繰り返した。本人の体感では何時間も経過したのだが、

他のメンバーからすればアリスがその場で半回転しただけの短い時間だった。


「……いた!30メートル先の、ほら、あの、…忍者のやつ!」


指差した方向を凝視すると下から竹筒が生えていた。

敵は泥の中にいたようだ。居場所さえわかればもう充分。

十子は敵の方へ駆け寄り攻撃を封じ、味方の攻撃を解禁した。

総代は両手を突き出して先程よりも巨大な炎を轟音と共に発射した。

十子は熱湯化する着弾地点から必死で逃げ戻った。



沼地を抜け出した一行は港へ向かう街道に軌道修正できた。

しかし進みは遅く、“追跡”によれば追手との距離が狭まっているようだ。

相手のスピードはかなり速いらしく、おそらく馬に乗っている。

辺りはもう日没前で、さっきの野盗以外にも他の悪党や野生の魔物など、

夜という時間は危惧しなければならないことがたくさんある。


「私の意見を聞いていただけますか?」


パメラが挙手した。

何かいいことを思いついたのだろうか。


「トーコさんが聖女様を連れて先に港へ向かうというのはどうでしょう?

 総代様とイザベラは、私とマリーの二人でお運びします

 このままではいずれあの者たちに追いつかれてしまいます

 そうなる前に衛兵に助けを求めていただきたいのです」


実に合理的な提案だった。

十子の異能があれば「聖女様」を比較的安全に連れて行けるだろう。

総代は大量に血を失ってふらついているが、まだ戦えそうだ。

その時に十子がそばにいたら逆に邪魔になる可能性が高い。


否定する理由はないし時間も残されていないので、その案が採用された。



聖女組と別れてから10分としないうちに、とうとう野盗に追いつかれてしまった。


「……フン、しつこい連中め 貴様らは暇なのか?

 金も荷物も男たちの命も全部奪っただろう?

 貴様らのせいで商売上がったりだ 一体どうしてくれる…」


「商人じゃねえよなぁ?……俺は嘘が大嫌いなんだよおお!!

 矢ァ撃ち込まれてる時に誰かが『聖女様』って叫んでたよなああ!?

 てめぇら邪教徒共なんだろおお!?善良な市民として見逃せねえなああ!?」


どうやら誰かの信仰心の高さがボロを出したようだ。

密告されては面倒なのでこの男には消えてもらうしかない。

幸いリーダー1人でまだ残りは追いついていない。やるなら今だ。

総代は毛皮を脱ぎ捨て、タンクトップ姿になると気合いを入れた。


総代は小さな火球を発生させ、リーダー目がけて即発射した。

ゴーレムの時より威力は低いが手を抜いているわけではない。

スピード重視で相手の反撃を許さず、一方的に終わらせる気だ。

痛みや熱さを感じる生物なら一度でも火球が当たれば条件反射で怯む。

そして一度でも怯めば次の火球も当たり、弾幕から逃れられなくなる。


はずだった。



「効かねえんだよおお!!」



リーダーは巨大な石のハンマーを振り回して火球の弾幕をかき消した。

適当に振り回しているわけではなく、一球一球目視で確認して対処している。

荒くれ者共をまとめ上げている人間が弱いはずがない。強いからリーダーなのだ。


「…フン、なかなかやりおる!!」


聖女教団のトップも負けじと次の手に移る。

炎の壁、炎の渦、炎の雨の攻撃魔法を3種同時展開して空間を支配する。

そのまま焼かれるならそれで良し。この魔法の狙いは威力や範囲だけではない。

気道熱傷、又は酸素欠乏の状態を相手に与えられる。要は窒息を狙える。


「ウオオオオオオオ!!」


その狙いを知ってか知らずか、リーダーは最適解ともいえる行動で難を逃れた。

強引な突破である。しかも息を吐きながらの突進だったので気道は守られた。

その勢いのまま引きずったハンマーを振り上げ、総代の頭を掠めて空気を裂いた。


「消え去れええい!!」


接近戦はむしろ総代の真価を発揮する距離だった。

両拳に炎を纏い、相手の急所を狙って高速の剛腕が振り抜かれる。

ハンマーと拳の打ち合いは両者共に互角で、まだクリーンヒットはない。

筋肉と筋肉のぶつかり合い。それは二人の男の心に大きな炎を灯らせた。



均衡が崩れたのはそれから3分もしない時だった。

矢傷を負い、血を失い、沼の中を歩かされ、そもそも年齢が高い。

総代の体力はもう底を突き、今は気合いだけで立っている状態だった。

自身の限界を悟り、総代は最後に一矢報いてやろうと覚悟を決めた。


この男を聖女様とトーコの元へ行かせるわけにはいかない。

差し違えてでも絶対にこの場で仕留める。そういう決意だった。


総代は両手を広げ、腰を落とし、大きく息を吸い込んだ。


「──フンッッッ!!!」


弾丸のようなタックルがリーダーのみぞおちを直撃した。

総代は相手に抱きついて突進を続け、そのままの体勢で地面に叩きつけた。

リーダーはマウントからの打撃が来る事を予想して顔をガードしたが、来ない。

折角のチャンスなのに相手は片腕でしがみついているだけで、何かが妙だった。


残る片腕で何をしているのか気づいた時にはもう遅かった。



総代は背中に刺さった矢を自分で一気に押し込み、リーダーの胸ごと貫いた。


「グオアアアアアア!!」


一本で終わりではない。

命が尽きる前に全部刺す。


「…ジジイ!正気かよおお!?」


一本、また一本と貫通する矢。

そして、最後の一本がリーダーの心臓を穿つ。


「グゴッガガアアァァ!!」





パメラは落ちていたハンマーを拾い、

念のため野盗リーダーの頭を潰しておいた。


総代が息を吹き返すことはなかった。

聖女を守る使命にその身を捧げた殉教者は彼だけではない。

巻き込まれて死んでいった信徒たちもその役割を果たしたのだ。

聖女を取り巻く運命という物語の一員として誰かが語り継がねばならない。


生き残った信徒3人はそう心に誓い、港を目指す聖女たちの後を追った。

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