第弐記 八百比丘尼
「そう云えば、お名前は?」尼が台所から聞いた。
須佐と申します。
「おいらは須佐平太。こちらのおじさんは須佐日向先生。2人とも医師です」
おい!
「須佐?親子ですか?」
いえ。なんというか・・・一派の総名です。
「須佐・・・大昔に知り合いから聞いたのですが、神に近い武人がいるとか・・・」
いえ、人違いです。
「先生、言っちゃえば善いじゃん」
ばか!
「わたしは会ってみたいのです」
なぜ?
「人は寿命が短過ぎます。彼らは長生きだと聞きました。そう、不老不死だと。それほど長く生きて虚しくは無いのかと」
虚しい?
ゴトン!
ん?誰か来たようですよ。
「また。落武者でしょう。わたしの命を狙いに来るんです」
なんだと?!
日向は立ち上がった。そして音がした方へ行った。身を隠しながら伺った。
のぞきこむと5人ほどの落武者が刀を手に探していた。
「いたか?」「いない」「本堂へ行って見よう」
こっちに来る。
「本当に伝説の八百比丘尼なのか?」「そう聞いた。不老不死の薬を持っているはずだ。それを奪えば、おれたちゃ死なない体になれるぞ」
八百比丘尼?!
日向は背から刀を出した。
手には手裏剣を持っている。
武者共!
日向は前に立ちはだかった。
「な、なに?!お前、誰だ?!」
ここで暴挙は許さん。
「何を偉そうに。やっちまえ!」
バオーーーーーーーー!!!!
その時、天井から物の怪が数匹現れた。
「う、うわあ!な、なんだ?!」
物の怪たちは武者を手で掴み、頭から噛み付いた。
ぐおおおおおお
「ぎゃあああああ」
な、なんだ?日向は呆気にとられた。
部屋はたちまち血まみれになり、武者はばらばらになった。
そして物の怪は天井に消えた。
「あなた、須佐ですね」
日向が振り向くと尼が立っていた。
・・・・・
「その刀、手裏剣、そして医者なら武者に立ち向かう筈がない・・・志能備の須佐・・・・」
・・・・いかにも。だがわたしは武人ではありません。
「医者なのですか?」
そう、異端の須佐です。錬丹術師です。
「医師・・・錬丹術師」
あなたは八百比丘尼どの?
〇八百比丘尼伝説
昔、寺のすぐそばまで海が迫っていた。ある日、その海で奇魚が捕れた。魚の体に人の顔を持つそれは、僧によると「人魚」と言うもので、祀ればご利益があると言う。庚申さまのお祭りが終わっても、人魚など食べる者はいなかった。ただ、その正体を知らない小さな娘が空腹から食べた。それから17年、娘は美しく成長したが、いつまでも老けないことを気持ち悪がられ、結婚には恵まれなかった。よその村から夫を迎えても、結局は夫の死を見送るだけ。時は流れ、娘は比丘尼となって諸国を巡礼した。800歳のとき若狭にたどり着き、深い洞窟に入ったまま行方不明になった。
とは言え全国に色々な伝説が残されている。
洞窟内で入定したとされるものが多い。
「・・・はい」
先ほどの物の怪は?
「異界から来る友人です」
友人?
「ここは異界なのです。あの霧が結界のようです。入ることは簡単ですが、二度と出られない」
「先生、なにがあった?」
平太、出されたものを食べたか?
「いや、まだだ」
何が出された?
「魚の刺身だと思う」
日向は台所に向かった。そこにあったまな板上には・・・
人の頭を切られ、体が魚のものが横たわっていた。三枚にされて。
人魚だ・・・これを食べさせようとしたな。