034.ヒップドロップ
「たっだいま~! みんな、おまた――――あれ?」
「うん?どうしたはる…………暗い……?」
最寄り駅で電車を降りていつもの帰り道を通って俺の店へ。
その見慣れた建物が見えた瞬間、いの一番にダッシュで向かった彼女の不思議そうな声に、追いついた俺も疑問符が浮かぶ。
鍵を開けて目にしたその店内は真っ暗だった。
外は夕焼けに輝いているのに、カーテンをしているのか中は漆黒と言わんばかりの闇に覆われ、出入り口から先はさっぱり見えない。
今日は午前から伶実ちゃんが準備で忙しくしていたはず。俺もここを出る時見送ってもらった覚えがある。なのに店内が真っ暗なのはおかしい。
「レミミンどこ行っちゃったんだろ……」
「さぁ……。もしかしたら買い物に行ったのかもしれないな」
店内は真っ暗で鍵も閉まっていた。ここから導き出せる結論と言えば何かしら不足が見つかって買い出しに出掛けたということだろうか。
スマホを取り出しても何一つ着信は来ていない。となればすれ違いか?
「まぁ、電気つけてくるよ。遥はそこで待ってて」
「う、うん……」
彼女と入れ替わるように俺が先頭に立ち、外からの光だけを頼りに微かに見える輪郭を避けて店の奥まで歩いてく。
俺の店は立地も含めて殆ど不満などないが、それでもこのスイッチの位置だけは数少ない不満の1つだ。
店の照明を司るスイッチは入り口付近にはなく、最奥に見えるカウンター近くに設置されている。
一応裏口から入れば裏の廊下ライトを付け、廊下を出てすぐの位置にスイッチがあるから暗い道を通る必要のない安全なルートとなるのだが、もう入り口から入っちゃったし目を凝らせば歩けるからこっちでも問題というレベルではない。
でも、椅子とかの配置が変わっているから脳内マップと差異があって妙に歩き辛い。しかしなんとか夜目を頼りに引っかかること無く最奥までたどり着き、スイッチに手をかける。
「よし、ついた。 遥!もう入ってきて――――おわぁ!!!」
「きゃあっ!!」
パン! パン! パン!!
3箇所から。
夜目でのまま光がついたことで目を細めながら振り返ると、突然破裂音が店に響き渡った。
あまりに予想していなかった展開に俺と遥は同時に声を上げ、警戒しつつも反射で目を瞑る。
なに!?襲撃!?強盗!?
こんな辺境の店に来たって得れるものなんて何もないよ!!せいぜい美味しいコーヒー豆しかないんだからっ!!
「…………?」
しかしそれ以降、待てども破裂音の主が何かをしてくる気配がない。
さっきのは幻聴かなにかか……?そう思ってゆっくり目を開けると、ヒラヒラと金色に光る何かが舞い落ちていることに気づく。
「なにこれ。 紙吹雪に……紙テープ?」
舞い落ちる金を追うように視線を自らの足元へと向けると、そこには金銀赤様々な紙吹雪に、これまた様々な紙テープが転がっていた。
しかも焦げ臭い匂いもする……。
パーティーでの暗闇。そして突然の衝撃音。これ、覚えがあるぞ。たしか、随分昔に優佳から喰らった――――
「わっ!!」
「ひゃぁっ!!!!」
自らの記憶にある心当たりを探りながら紙テープの先を追っていくと、その心当たりがゴールに辿り着く寸前、突如隣から発される奇想天外の叫び声。
フラットだった思考から破裂音により恐怖心。そして畳み掛けるようなその叫び声に俺は甲高いこえを上げおしりから倒れ込んでしまう。
「ぷっ……あははっ! 何よヒャアって!総ったらぁ~」
尻もちをつきながら見上げる俺と見下ろす人物。
それは焦げ臭い匂いのもとであるクラッカーを持ちながら笑いかけている優佳だった。
「……やっぱり。犯人はそうしかないと思ったよ。……優佳」
思い出すのは直前になってしまったが、昔のパーティー。あの時もこうやって電気つけようとした瞬間クラッカー攻撃を貰ったんだったか。
突然のサービスにこんにゃろうと見上げていると、スッと柔和な笑みに変わり手が伸びてくる。
「おかえり、総。 そしてメリークリスマス」
「あ、あぁ……ただいま。」
その手を取って立ち上がるとお尻についた埃をはたいてくれる優佳。
まったく……気づかない俺も俺だけど、優佳も変わらずイタズラ好きだこと。
そんな彼女の行動を受け入れていると、ふと背後にもう一人何者かが居ることに気がついた。
「マスター大丈夫ですか? 怪我とかは……」
背後に居たのは伶実ちゃん。彼女も隠れてたのか。
そうだよね。朝見送ってくれたし準備だってしてくれてた。居ないとおかしいか。
「全然。 伶実ちゃんもサプライズ参加してたんだね。 メリークリスマス」
「えへへ……参加しちゃいました。 メリークリスマスです!」
怪我がないことに一安心したのか、彼女はニコッとした笑顔を見せてくれる。
その手には優佳と同じくクラッカーが握られているし、きっとカウンターの影で待ち構えていたのだろう。
「でも総ったら尻もちをついちゃうなんてねぇ。 これ、前と全く同じ2回目よ?」
「その1回目が何年前だと思ってるの……」
アレってどれくらい前だっけ?俺も正確に何年前か覚えてない。10年前後くらい前だったろうか。
随分と久しぶりすぎてそりゃ忘れるよ。毎年やってるならともかくさ。
「ちょうど飾り付けが全部終わった時に総がこっちに来てるって言うからつい、ね」
「えっ? 俺連絡入れてないけど?」
「そうなの? 伶実ちゃんから来るって聞いたけど……」
……ん?俺が来てることしってたっけ?
俺も遥も、ここにたどり着くまでスマホは触ってこなかったぞ?
どうやって伶実ちゃんが知ったのだろう。もしかして、俺が寝てる時に遥が送ったとか?
しかし、伶実ちゃんは俺の視線が向けられると同時に小首をかしげながらウインクをして――――
「……えへっ。朝マスターのバッグにGPS、忍ばせちゃいました」
「………………」
「ひゃっ! すみませんマスター! 2人でホテルに行かないか不安だったんですぅ~!」
なんてことだ……まさかGPSなんてものが付けられていたとは。
そんな白状をした彼女の髪をワシワシと力強く撫でていると、嫌がってるのか喜んでるのかわからない間延びしたような声が聞こえてくる。
普段理知的でしっかりものだからすっかり忘れてたけど、伶実ちゃんって俺を長いこと尾ける子でもあったんだよね。
それにしても今日の伶実ちゃんはアグレッシブだな。クリスマス効果でテンション上がってるぽい。
「さ、そこのストーカーっ子はいいとして、後は奈々未ちゃんがどうなったのでしょうね」
「まぁいいけどさ……奈々未ちゃんも来てたの?」
「えぇ。もし総が奥まで来ずに引き返そうとした時用に扉の死角に隠れて貰ってたの。 奈々未ちゃん~!ソッチはどう~!?」
優佳が扉の方に向かって声をかけるのに合わせて俺もそちらに目を向ける。
しかしその姿はなく、入り口に居るはずの遥の姿まで見当たらない。
どこに行ったのかと少し角度を変えてみると……ようやく見つけた。ここから死角になってるテーブルの陰だ。
そこには確かに奈々未ちゃんが、入り口で待たせた遥と一緒にしゃがんでいた。
「ん……マスターさん、ヘルプ。私にはどうしようもなさそう」
「どうしようもないって?」
「マスター! 助けて~!さっき驚いて腰抜けちゃった~!」
俺も優佳に驚かされて尻もち付いたが、遥はそれ以上だったようだ。
一人で立ち上がろうとしても力が入らない様子の遥かに持ち上げることもできずしゃがんで案じている奈々未ちゃん。
俺はそんな彼女たちのもとへ、やれやれと思いつつ向かって行くのであった。