癇癪王子登場
次の日、学校に向かう馬車の中でセレナはいつもの景色を眺めながら憂鬱になっていた。
ーー婚約まではマルクス様には会いたくないわ。
婚約発表までは噂にはなりたくない。ましてそんなことが公になれば恋仲と噂されるベル・ハードン伯爵令嬢に目をつけられそうだ。身分はセレナの方が上ではあるが敵は作りたくない。
考え事をしているうちに学校の正門に着いてしまう。公爵家からは10分ぐらいの距離なのだ。
馬車の扉が開けられ、中から令嬢が降りたつ。
母親譲りの銀の長い髪陽の光で透き通り、制服の白いワンピースと共に風で揺れている。鞄を持ち、つま先とピンクの大きな瞳は校舎入口に向けられる。
すると入口付近では女子生徒の輪ができていた。その中心には今一番会いたくない人。(会ってはいけない危険人物というべきかもしれない)
「フォルン嬢!おはようございます。」
「おはようございます。」
1人の男子生徒に挨拶されセレナは挨拶で返しながら教室へ足早に向かう。
しーーっ!挨拶しないで。今は目立ちたくないから静かにして欲しい。
とは言ってもセレナは生徒のほぼトップの身分である公爵令嬢。皆挨拶しないわけにはいかない。
おはようございますのシャワーを浴びつつ、マルクスの横をそっと通り過ぎようとしたその時、
「セレナ!」
セレナはビクリと立ち止まり丸まった背中を咄嗟に伸ばした。身体を声がする方へ向けなければならないが重たくていうことをきかない。平静も装いつつ笑顔で振り向いた。
「おはようございます。殿下。」
「セレナ。ホームルームまで時間はある。少し話せないか?」
声をかけてきたのは他ならないマルクスだ。
今朝もさすがは王太子。女子に囲まれるだけあって容姿は良く、金髪碧眼で麗しい王子様だ。短髪で清潔感はあるが裏の顔は真逆だ。
「申し訳ございません。授業の準備が・・・」
セレナもさすがは公爵令嬢だ。今日も令嬢スマイル健在だ。
断りを入れようと思ったその時、マルクスが人の輪から出てきたと思えばセレナの手を掴み、中庭へと向かってしまったのだった。
❇︎❇︎❇︎
暫く歩くと中庭の奥にある四阿へ案内された。
「マルクス様、そろそろ離してくださいませ。」
「あぁ。もういいな。セレナ。早速だが俺たちのことは聞いたな?」
時間がないのはわかるがいきなり過ぎてセレナは目眩を起こしそうになった。なんとか堪えて教科書通りの返答をした。
「はい。光栄と存じます。」
「まぁ俺たちは幼い頃から王宮で一緒に遊んだりする仲だったわけだ。こうなる事は大体予想通りだが俺にはベルがいる。」
「!!」
ーーそれ婚約者(予定)に言う?
セレナは口元を押さえマルクスの言葉を待つ。
「陛下にも無理だと直談判したがセレナと結婚しなければ王位継承権を剥奪してアルを王にすると言い出した。どれだけおまえは気に入られているんだ?」
「そんなことは・・・もったいないお言葉です。」
「そこでだ!俺はいい事を思いついたんだ。おまえからこの結婚を断るか側妃に立候補しろ。」
「なっ?!」
ーーなんですって??!
「側妃でも結婚には違いない。いい案だろ?正妃はベルしか要らない。」
妙案なのだが名案かのように口角を片方上げ、ドヤ顔でセレナに言い寄る。
「私には判断しかねます。父に相談を・・・」
「ダメだ!セブルスなんかに相談なんかしてみろ!陛下にも伝わって俺は国王になれなくなるんだぞ!セレナが提案したことにするんだ!いいな?」
「・・・」
「おい!返事しろ!」
マルクスは昔からこうなのだ。
小さな時、時々だが父の仕事で王宮へ付き添うことがあり兄のカインと一緒に庭で走り回ったものだ。いつも自分が優位に立たないと癇癪を起こしてしまうので宥めるには言うことを聞くかやり過ごすか苦労した。そんなマルクスには2つ年下の弟アルフォンスがいるのだがその弟の方が穏やかな性格で仕事も少しずつこなしており、王にふさわしいと噂されている。小さな頃は身体が弱く、あまり一緒には過ごせなかったがあれから優秀な医師や周りの助けもあり今ではたくましく育っており、しっかりとこの学校にも通っているので会った時もニコッと挨拶してくれるのだ。今も昔も可愛い弟のようで年下の弟妹がいないセレナにとってはその存在が嬉しいのだ。
セレナはどうやってやり過ごそうかと悩んでいたところ校舎から1人の青年がこちらに走り寄ってきた。
「あっセレナ嬢!ここにいたのか。」
「クラウド様。」
「クラウド?」
マルクスは眉間にシワを寄せたままクラウドを睨みつける。
「お初にお目にかかります。」
クラウドは胸に手を当て最上級の挨拶をするために片膝を地につける。
「私は隣国のエルトニアより参りました。クラウド・ウィリアムです。」
「ウィリアム・・・あぁ、あの公爵家の者か。」
「マルクス殿下に存じて頂けているとは光栄です。」
「ふ〜ん。んでセレナとはどんな関係なんだ?名前で呼び合うとは親しい間柄なのか?返答によっては隣国へ抗議するが」
「殿下!ち、違います!」
ーー抗議なんて!クラウド様はこの話には関係ないのに。それに抗議?何を言い出すの?!
セレナは慌てて拒否するが、クラウドが冷静に話を続けた。
「申し遅れました。私は今こちらの学校へ留学中の身であり、フォルン嬢とは同じクラスメイトで趣味の図書館通い仲間という間柄と申すべきでしょうか。」
「ふ〜ん。趣味ねぇ。」
マルクスは腕を組みクラウドを見下す態度のままだ。クラウドは未だに膝を地につけて話しているため頭が低い状態である。
「殿下。お話し中に申し訳ないですがよろしいでしょうか?」
クラウドは恭しく話を続ける。
「なんだ?」
「もうすぐホームルームでして、フォルン嬢を呼んでくるように担任の先生より頼まれまして、こちらに迎えに参りました。もうお話の方は宜しいでしょうか?」
セレナは先生になぜ呼ばれているのかわからずにいたがこれはやり過ごすチャンスだと理解した。
「ウィリアム様、手を煩わせてしまい申し訳ございません。そういえば朝一に先生のところへ書類を取りに来る様に言われてましたのに忘れておりましたわ。まだ間に合うかしら。」
明らかな作り困り顔のセレナにクラウドは吹き出しそうになる。
「大丈夫だと思う。それでは御前失礼いたします。殿下。」
クラウドはサッと立ち上がるとセレナの手を掴み四阿から出て校舎に向かう。
「ま、待て!話がまだ途中だ!セレナ!さっき言ったことを忘れるなよ!」
マルクスの問いかけにセレナは振り向き令嬢スマイルでごきげんようと返すのだった。