幼馴染の彼女と倦怠期に突入してから小悪魔な後輩がやけに俺を遊びに誘ってくるようになりました〜素っ気ない彼女を放っておいて他の女子と二人で遊びに行くのは浮気に入りますか?〜
──俺……小春のことが好きだ! 付き合ってくれ!
──嬉しい。私も颯真のことが……好き、だったから。
中学の卒業式の日。
幼馴染の橘小春に告白した。
小春とは別々の高校に通うことが決まっていた。
これを逃したらきっと俺の初恋は思い出の産物になってしまうだろう、そう思って。
入学当初の俺たちは、周囲からは「お前らそれで付き合ってねーの!?」とバカにされるような仲だった。
思春期真っ只中の俺たちは──そのせいで意識して距離を取るようになって……
それでも俺は小春のことが好きで、中学三年生になってから再びアプローチをかけた。
文化祭を一緒に周ったり……遊園地へ遊びに誘ったり……。
それでも意気地なしの俺は告白することができなかった。
告白に失敗したらきっとこれまでのような関係でいられなくなる。
それが何よりも怖くて──
だけど俺は告白することを選んだ。
当たって砕けるつもりで、勇気を振り絞って。
そしたら俺に彼女が出来た。
初恋が成就した。
初めての彼女、大切にしようと……そう思っていたんだ。
「──ねえ、聞いてる?」
「ん? ああ」
気怠げな小春の言葉に俺は曖昧に返事をした。
「うそ、絶対聞いてない」
「聞いてたよ、キヨミの愚痴だろ?」
「そーなの、これは清美が悪いって颯真も思うでしょ?」
「そうだな、小春は悪くない」
「でしょ? は~、なんで女子高なんか選んじゃったのかなぁ」
「大変そうだな」
「いや、本当に大変なの。その点颯真はいいよね。共学だし」
「共学は共学で大変なところもあるんだよ……」
安さとドリンクバーの種類の豊富さが売りのファミレスで俺たちは他愛のない話に興じていた。
とは言っても話しているのは7割がた小春。
俺はただ無尽蔵に溢れ出てくる小春の愚痴を聞かされているだけだった。
──どうしてこうなったんだろうな。
そう思わずにはいられない。
傍から見てもそう見えるかは分からないが俺たちは今デートの真っ最中なのだ。
デートと言えばもっとラブラブでいじらしい雰囲気で、伸ばした手と手が触れ合って、どちらからともなく手を握ろうとしたり……そんな糖度高めの展開を予想するだろう。
俺たちもかつてはそうだった。
初めて手を繋いだのは夏の花火大会で、クリスマスには初めてのキスをして──
そんな甘々な時期もあった。
だが付き合い始めて二年目の今、ラブコメはもう起こらない。
健全な高校生のカップルがこなすようなイベントはもうやりつくして……いつからかこうして惰性で付き合うようになっていた。
週末が来たら何となくデートして、何となく話して、何となく次の予定を決めて。
そう、俺たちはいわゆる『倦怠期』に突入していた。
惰性で付き合い始めるようになったのはいつからだったか……。
小春の顔と同じくらい時計を見るようになったのはいつからだったか……。
時計の長針が6を指し示す。
俺はなおも愚痴をポンポンと放ち続ける小春の話を遮って、
「悪い、そろそろバイトいかないと」
と切り出した。
「あ~、そういえばこのあとバイトって言ってたっけ」
「そ、今繁忙期だから忙しいの」
「いーなー、うちバイト禁止だからなぁ」
だらりと小春がテーブルに体を投げ出す。
頭の上に黒い渦が巻いているのが見えた気がした。
「小春はどうする? まだ残るか?」
「いや、私も今日は帰るよ」
「そっか」
そう言って俺は流れるような仕草でレシートを掴む。
「ごちそーさまでーす」
スマホをいじりながら小春が定型文を言葉にする。
いつからか、デートの時は俺が奢ることが習慣になっていた。
バイトを始めて自由に使えるお金が増えて、見栄っ張りな男のカッコつけたがりな部分が顔を出したからだ。
──ここは俺が出すよ。
初めてそう言った時、小春は悪いよ……と言いながらもとても嬉しそうな顔をしたのを覚えている。
スマホをいじりっぱなしの今とは大違いだ。
会計を済ませて店を出る。
「それじゃ、俺行ってくるから」
「はーい、バイトがんばー」
「おう」
小春はスマホを弄るのに夢中らしく目が合わなかった。
俺はそんな小春に対して特に何も言わずに背中を向けて小走りで小春の元から立ち去った。
「どうやって時間つぶすかな……」
本当はバイトまでまだ少し時間があった。
※※ ※
「あれ? 佐伯先輩、今日早くないですか?」
少し早めにバイト先のファミレスに着くと、バックスペースで休憩していた一人の少女がふわりとカールしたミディアムカットの黒髪を揺らしながらパタパタと近づいてきた。
「お疲れ、楓。ちょっと時間に余裕があったからさ」
小さな嘘。
時間に余裕があったのではなく、暇をつぶし損ねただけ。
俺の微かな罪悪感を宮野楓の人懐っこい笑顔が吹き飛ばした。
その笑顔はとても無邪気で幼く見えて、一つしか年が変わらないのを忘れてしまいそうになる。
印象こそ幼く見える楓だが、見た目の方は細身でそれなりに上背もある。
最近女性らしさが顕著に──主に胸部に──現れ始めたこともあって見た目と印象のギャップが妖艶な魅力となっているように見えた。
「にしてはいい服着てますねぇ……もしかして彼女さんとのデートですか?」
「楓は鋭いな」
思わず苦笑する。
服装一つで見抜かれるとは思わなかった。
「だって、めっちゃオシャレじゃないですか! そのシャツ、今流行りのやつですよね!」
「おお、分かってくれるか!」
「はい! 分かりますとも!」
自然と話が弾む。
小春と付き合い始めてから少しでも彼氏として相応しい男になろうと、見た目にも気を遣うようになって見事高校デビューを果たした。
コミュ障陰キャだった中学生時代の俺とは見た目も中身も何もかも違う。
女子と二人で話すのだってもう慣れた。
変に意識したり緊張することもない。
俺は小春のおかげで変わることができた。
それに関しては本当に小春に感謝している。
だが……俺の変化に一番最初に気づいてくれるのは、いつも楓だ。
今日も新しい服を着ていったのに気づく様子も無かった。
さりげなく何度もアピールしたのに……。
「あ~、私も彼氏欲しいです。周りみんな彼氏持ちなんですもん」
「楓だったらすぐに出来るよ、実際モテるだろ?」
「まあそれなりにモテはするんですけど……皆先輩と比べたら微妙って言うかぁ」
「何で基準が俺なんだよ」
「だって一番身近な男の人ですもん。そりゃ比べちゃいますよ」
「そういうもんか?」
「そういうものです!」
楓が大きな目をこれでもかと見開いて頭をブンブンと振った。
まあ……褒められて悪い気はしないよな。
だからだろうか。
「先輩、来週の日曜空いてますか?」
「……今んとこ白紙だな」
「お願いします先輩! 一回だけでいいので遊びについてきてもらえませんか?」
「え?」
素っ頓狂な声を漏らすばかりで即座に断れなかったのは。
彼女が、小春がいるから、と真っ先に答えるべき場面だ。
でも楓の頼みならば……と思ってる自分がいた。
「いやですね……来週友達二人と遊園地に行くことになったんですけど、二人とも彼氏連れてくるって話になりまして」
「ダブルデートってやつか」
「そうなんです! このままだと私ボッチ確定なんですよぉ」
「それは……辛いな」
想像しただけで辛い。
ラブラブカップル二組の中で自分一人だけ相手がいないというのは心に来るものがあるだろう。
元陰キャだからハブられる側の気持ちは痛いほど分かる。
「なので先輩……一緒に来てくれませんか?」
「でもなぁ……」
「先輩の事情は分かってます。でも佐伯先輩の他に頼めそうな人がいないんですよぉ……」
瞳をうるうるさせて上目遣いで訴えかけてくる。
分かってやっているのか天然なのか。
どちらにせよ、非常にあざとい上に庇護欲をそそる。
──助けになってやりたい。
だが……俺には彼女がいる。
そのジレンマが俺にイエスと答えるのを躊躇わせた。
「なーんて、冗談です♪ さすがに彼女さんに悪いですよね。ごめんなさい、忘れてください」
そう言った楓はぎこちない笑みを浮かべていた。
こんなの誰が見たって強がってると分かる。
それがとても健気に思えて。
「いいよ」
俺は半ば反射的に答えてしまっていた。
答えさせられてしまっていた、のかもしれない。
でもそんなのは些細なことだ。
二人きりならともかく、今回は他に四人もいる。
男女のグループで遊びに行くなんて高校生にもなれば普通だろう。
それによく考えたら文化祭の打ち上げとかでクラスの女子と一緒に遊んだこともあったじゃないか。
今更何を躊躇うことがあったんだ。
「え? いいんですか?」
「まあ、そんなに束縛されてるわけじゃないし。それにカワイイ後輩のためだもんな。ひと肌脱ぐのも先輩の役割ってもんだろ」
自分に言い聞かせるように。
そう、これはバイト先の人間関係を円滑に進めるための付き合いなのだ。
「ほんっと先輩ありがとうございます! あーよかったぁ~、これでボッチにならずに済みます」
「辛いもんな、ボッチ」
「先輩には縁のない話じゃないですか?」
「いやいや、俺高校デビューだから。中学まではそりゃ酷かったんだぞ」
「え、嘘だぁ。先輩のボッチの姿とか想像できないんですけど」
「写真見るか?」
「え、めっちゃ見たいです」
高校デビュー話は俺の鉄板ネタだ。
そう言えば楓に話したことが無かったな、と思いこの機会に披露することにした。
楓は腹を抱えて瞳に軽く涙を浮かべながら笑ってくれた。
それこそ表にいた店長から怒られるくらいに。
※※ ※
「いや予想はしてましたけど……」
「見事にはぐれたな」
そして翌週の週末。
大人気遊園地のネズミーランドはとにかく人、人、人でごった返していた。
人の流れが川となり、うねるように俺たちを押し流す。
立ち止まることすら許されないような、そんな状況。
当然のように他の四人とははぐれてしまった。
「皆は何て言ってる?」
「合流してもすぐにまたはぐれるんで、一旦昼まではそれぞれ自由に動くって感じになりそうですね」
まあそうなるだろうな。
そもそもこんな混雑している所で六人組で動くこと自体無理があった。
きっと他の全員もこうなることが分かっていたはずだ。
単純にトリプルデートという響きに惹かれて、やってみたかっただけなのだろう。
「はぐれたものはしょうがないよ。せっかくだし楽しもうか」
「先輩、ほんっっとにごめんなさい!」
「いいって、何となく分かってたから」
楓は本当に申し訳なさそうに肩を丸めて小さくなっている。
しゅんとして花が萎れているように見えた。
「お詫びしないとなぁ……」
「だったらあの絶叫マシン、付き合ってもらうぞ」
「うぇ、あのグオーって落ちるやつですか!?」
「ちなみに拒否権は無しだ」
「酷いです、先輩!」
「お詫び、するんだろ?」
「うわ、弱みに付け込むなんて最低ですよ!」
そう言いながらも楓は笑顔を取り戻していた。
せっかく高い入園料を払っているんだし、楽しまないと損だ。
もちろん俺だけじゃなくて楓にも楽しんで欲しい。
聞こえてくる絶叫に二の足を踏んで頬を引きつらせた楓を引っ張って俺は楓とアトラクションの列に並んだ。
「うぅ……まだ体がブルブルします。絶対内臓の位置ズレました」
アトラクションをいくつか乗り終えた俺たちは園内にあるカフェで一旦休憩をすることにした。
楓はまだ絶叫アトラクションの余韻が抜けないのか、酸っぱいような苦いような顔をしてアイスティーを啜っていた。
「良い悲鳴だったぞ」
「……佐伯先輩って何気にSなところありますよね」
「いやいやそんなそんな」
「ほら、目を逸らした!」
結局アトラクションの行列の時間差の影響で他の四人とは合流することは叶わなかった。
もうこうなったらそれぞれ楽しもうという方向性に変わったようだ。
本当に楓についてきてよかった。
もし俺が断っていたら楓はボッチで一日を過ごすことになっていたわけで……その状況を考えると胃がキュッと痛くなる。
「じゃ、休憩もしたしそろそろ後半戦と行こうか」
いつものノリでサッと伝票を取って立ち上がる。
「あれ、私のいくらでしたっけ?」
「いいよ、ここは俺が持つから」
今日はデートではないとはいえ、二人でいる時に後輩の女子に払わせるわけにはいかない。
「え、悪いですよ先輩」
「ばーか、こういう所は男がカッコつけたくなるところなの」
「佐伯先輩ってそういう所ありますよね、なんていうか年上の余裕って言うんですか? そういうのバリバリ出してきますよね」
「カッコつけたがりなのは認めるよ」
「違います……褒めてるんですよ」
ぷくっとリンゴのように丸い頬を少しだけ紅潮させて、楓が背中を叩いてきた。
それにしても反応が何をしても新鮮でこっちも嬉しくなってしまう。
心のどこかで小春と楓を比べてしまう自分がいた。
正直今日、俺は……普通に楽しんでしまっている。
最近退屈に感じていたデートだったが、本当はこんなにも楽しいものだったはずだ。
──どこで間違えてしまったんだろうな
そう思わずににはいられない。
「ねえ、佐伯先輩」
俺の心にぽっかり空いた隙間に滑り込むように楓が甘い猫なで声を出してきた。
「先輩さえ良かったら……また一緒に遊びにいきませんか?」
「……」
「分かってます。もちろん彼女さんが一番なのは分かってます。でもずっと彼女さんとベッタリってわけじゃないですよね?」
「まあそれはそうなんだが……」
彼女と上手く言っていないんですよね?
暗にそう言っているように聞こえた。
というより楓は見透かしていたのだろう。
俺は小春について誰かに愚痴を言ったことがない。
彼女の愚痴を言うようなカッコ悪い彼氏にはなりたくなかったから。
でも……言葉尻や、態度、目線、そういう言外の所にもしかしたら表れていたのかもしれない。
正直完璧に隠しきれていたという自信はなかった。
「私……今日やっぱり思ったんですよね。彼氏欲しいなって。でも、恥ずかしいんですけど私誰とも付き合ったことがなくて……だから、色々手慣れてる佐伯先輩に教えて欲しいなって言うのはダメ、ですかね?」
恥じらいで顔を耳まで赤くしながら、純真さを演出した悪魔のささやき。
抗うことは……できなかった。
そうだ、これはカワイイ後輩のためなんだ。
彼氏ができた時のための練習という楓に付き合うくらい……別に構わないんじゃないか?
これはあくまでも楓のため。
だからこれはきっと浮気ではない。
そう自分を納得させて、
「分かったよ、俺に何か教えられることがあるとは思わないけど」
俺は小悪魔の手を取った。
※※ ※
楓と二人で遊びに行くようになってから、当然と言えば当然だが、小春と会う時間は減っていった。
会ったとしても素っ気ない小春の愚痴を延々と聞いて、遊園地とかに遊びにいってもアトラクションの待ち時間で会話が続かなくてお互いスマホを触ったりして。
嫌でも素直で、何事にも新鮮な反応を示してくれる楓と比べてしまう。
毎週のようにしていたデートが隔週になって、月一になって。
ライソの会話が一週間も二週間も簡単に遡れるようになって。
悲しかったのは多分小春も俺と同じで俺との付き合いに飽きていたのだろうということ。
会う頻度が減ったのはどちらからも誘わなくなったから。
俺たちの関係はほとんど自然消滅しかかっていた。
そんなある日、“珍しいことに”小春から通話がかかってきた。
去年までは一日中話していたりもしたが、今ではほとんど通話をしない。
ちょうど時間が空いていた俺はすぐに応答ボタンを押した。
『ねえ、今大丈夫?』
「ああ、大丈夫だぞ」
電話口でも分かる、素っ気ない声。
彼氏彼女の甘々しい感じはそこには無かった。
『……』
「……」
沈黙。
俺はこの時点で用件を察していた。
どうして、と聞かれても難しい。
幼馴染だからこそ通話越しでも分かる、分かってしまう独特な緊張感。
それが小春から滲み出ていたから。
『大事なことだから直接言おうと思って』
「うん」
『別れよっか、私たち』
「……ああ」
律儀なやつだと思った。
ライソのメッセージで言われても俺は怒らなかっただろう。
それは優しさじゃなくて、怒るほど小春に興味を持っていなかったから。
『やっぱりさ、私たちには向いてなかったんだよ』
「そうかもな」
『だから……今までありがとね』
「こっちこそな」
『それじゃ、また』
「ああ、またな」
電話が切れた。
俺も小春も分かってたはずだ。
また、なんてこないことを。
別れを切り出したのは小春からだった。
だけど、俺は心のどこかでそれを待っていた気さえする。
だって……。
俺から別れを切り出すのは、楓との関係が浮気だと認めてしまうことと同じだったから。
喪失感と、安心感のその狭間。
体がフワフワ浮くような奇妙な感覚。
その喪失感の部分を埋めるために俺は今度は自分から電話をかけた。
『こんばんは、佐伯先輩。どうしたんですか?』
「楓、今大丈夫だったか?」
『もちろん大丈夫ですよー』
「あのさ……」
『はい?』
「今度の週末、遊びにいかないか?」
『ふふっ』
「何が可笑しいんだよ」
『初めてですね』
「何が?」
──先輩の方から誘ってくれたの
──どこからが浮気になりますか?
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