第8話 頭領とロリ狐ン
誰かと思えば、依頼主は境界の街の領主様だ。正直驚いた。
領主は本来、俺様を取り締まる側の人間のはずだが、今回に限ってその気はないらしい。
依頼内容は人攫いだ。『正義の領主様』が頼むようなものではないだろう。冗談は腹の膨らみ具合だけにして欲しいものだ。
他言無用だが報酬は弾むし一定期間は俺様の行いに目を瞑る、とも言った。
攫ってこいというのがこれまた滑稽で、狐人族の特に金毛種の幼女だという。
正義の領主様が実は変態ペド野郎だとは思いもしなかった。今度、今回の依頼の話を酒場で酒の肴にでもしてやろうと思う。
領主に依頼を受けた俺様は偽造した身分証で商人になりすましてゲートを通過して、森のアジトへと馬車を走らせている。
どうしたものか、今日は空模様が怪しい。一雨来そうだ。
考えていると、雨が降り始める。結構な大雨だ。
着ていたローブのフードを深く被り、体が濡れないようにする。
急激に気温が下がり始め、馬の吐く息が白く見える。
街道をひた走り、途中で横の小道を進んでいく。お世辞にも整備されているとは言い難いが、馬車で走るには十二分だ。
今日はもう日が暮れるので一旦アジトで休息を取り、明朝日の出とともに狐人族が多く住む地方へ馬を走らせるつもりだ。
狐人族に恨みはないが、金になるなら話は別だ。
近場のアジトもたたみ、配下の者を連れてあちらのアジトへ移るとしよう。
行く先に大岩が見えてくる。
人が来ない場所なので、目印には丁度良い。あまり大きくはないが、我ながら良い場所にアジトを拵えたものだ。
小屋の陰に馬を止め、馬車を外しておく。馬はそんなに安いものでもないので、気を使っている。
餌入れに藁と──今日は機嫌がいいので、余っていたトウモロコシやニンジンなんかもくれてやる。こいつの大好物だ。
仕事道具の入ったカバンを肩にかけ、小屋のドアを目指す。
配下の2人が待機しているはずだ。相変わらず料理上手で、今日もすきっ腹に効きそうな良い匂いを漂わせていやがる。
コンココンとノックで合図してからドアを開ける。
すると──なんだこいつは。
原住民族めいた格好の幼狐娘が赤い木の実を頬張っていた。
「あっ、お頭! お早いお帰りで!」
「あっあのこいつは、その、俺らの趣味とかそういうんじゃなく!」
配下の二人は慌てふためいている。予定では今日はここに立ち寄るはずではなかったからな。
しかし、なんだこいつは?
泣く子もさらに声を上げて泣くと言われて恐れられる盗賊団『ウルフファング』が頭領、『隻眼のディーバ』を目の前にしても、動揺することもなく佇んでいる。いや、肝が据わり過ぎている。
笑顔でシャクシャクと木の実を齧りながら半目でこちらの様子を伺っている。こんな幼女いるわけがない。
警戒して思わず腰に携えていた獲物に手を伸ばす。
幼狐娘は警戒されているとわかると、木の実から口を離して俺のほうに向き直った。
「──頭領、依頼したい。我を三つ頭の狼の紋章がある家まで連れて行って欲しい」
驚いた。飛んで火に入るなんとやらだ。
領主からの依頼にピッタリな狐娘が、自らその依頼主の元へ連れて行けと言っている。
「ほう、俺に依頼したいと? そんな素っ裸の幼女が俺に何をくれるって言うんだ?」
問われた狐娘は考え込んだ後、半分くらい齧った木の実を差し出してきた。
「冗談が過ぎる」
「いやまぁ……しょうがない。だったら我の体を好きにしてくれてもいい」
「そっちのほうがもっと冗談が過ぎる。なめてるのかお前」
「至って普通」
年端もいかない真顔半目の幼女が体を好きにしてくれていいなんて言うわけがない。
こちらを見る目が据わっている。ガキの癖に何かの強い意志を持つ奴なんてそうそういない。
だが、なんの苦労もせずに大金が手に入るのだ。悪い話ではない。
「お前の依頼は断るが、お前の身柄は貰い受ける。丁度お前みたいなガキを欲しがってる変態貴族様がいてな。なぜだか知らんがあちら様は丁度三頭狼の紋章を背負ってやがる」
「──! 助かる」
俺が言うと狐娘は一瞬驚いたような顔をしたが深々と頭を下げた。
調子が狂う。
とても幼子の所作とは思えなかった。
「で、だ。いつ連れて行ってくれる? 早ければ早いほど助かる」
なぜだか狐娘は急いでいるらしいが、俺とて今ここに着いたばかりではあるし、馬も一晩休ませたほうがいいだろう。
「夜道は魔物が出る。明朝にしろ」
「わかった」
「俺は腹が減っている。お前たち、飯の時間だ」
「へい、お頭! 今日はおいらが二晩かけて煮込んで作った猪肉のスープで──」
納得したように見えた狐娘だったが、顔を見る限り何か焦っているようだ。口がへの字に曲がり、言わずとも不満が漏れ出していた。