第14話 深淵の闇の底に横たわるもの
忌々しい。
なんと忌々しい。
ウィルと結婚するのはこの私のはずだったのに。
彼はどこからともなく現れた狐人族の娘と婚約したので私との縁談は無くなってしまった。
ウィルとは幼い頃から何度も会っていたので、気が知れた仲だと思っていた。
お父様とウィルのお父様も親しい仲だったのでその流れで私とウィルとの交流もあった。
私が幼い頃に言った「ウィルと結婚するの!」という言葉を真に受けたお父様はどうにかして婚約を、結婚をさせようと必死だった。
でも、今となってはすべてが無駄に終わってしまった。
ここ、ローエングラム王国では昔から王家を頂点に二つの貴族がそれを支え監視し合う関係にあり、政治の中枢を担い、均衡を保ってきた。それが崩れた今、これからこの王国がどこへ向かうのか、正しく神のみぞ知る。
第一に王家。
第二にウィルの属するハウゼンベルク家。
第三にあの狐娘が属するルーベイン家。
王家以外の力が衰え、騎士団を統括していたハウゼンベルク家現当主は剣の腕は駄目で魔法の方が好きとかいう変わり者だし、魔法使いを統率していたルーベイン家は現当主と結婚した夫人が次々と怪死して跡継ぎができず気が触れて入信して至高神教の最高司祭にまで上り詰めた。
このままルーベイン家が当主の死によって取り潰しになると思われていたところにあの狐娘は現れた。誰もが私とウィルが婚約すると思っていたところに、突然あの泥棒狐が現れた。
第三王女として生まれ、この国に残ることは敵わずに遠い異国に嫁ぐのだと幼いながらに感じていた私にとって、ウィルとの出会いは衝撃的であり、救いであった。
それをあの泥棒狐は奪っていった。
許すわけがない。
許されるわけがない。
それも、ちょうどあと1か月で私の誕生日という日に奪っていった。
絶望に暮れた。
王家という牢獄から救い出されるはずだった淡い希望は深淵の奥底にある絶望に変わった。
ハウゼンベルク家がウィルの婚約を発表してから、まだ一度も彼とは会っていない。
なぜ彼は私というものがありながら、突然湧いてきた狐娘と婚約するに至ったのか。
すべてがてにはいらないのなら、すべてこわしてしまえばいい。
何かの声に、はっとして周りを見回すが誰もいない。
今の私の部屋には誰にもいない。メイドは下がらせているので部屋の外にはいるのかも知れない。
それにしては耳元でささやくような、けれどはっきりとした声だった──声だった? 今となってはわからない。
お気に入りの人形を抱き締めたまま眠りに就こうと目を閉じ──たはずだ。
私は眠っているのか?
きっとこれは悪夢だ。そうに違いない。
明日の朝、目が覚めればきっと──。
翌朝お父様に夜中に出歩いていなかったかと聞かれたが、何のことをいっているのかわからなかった。
『地下には決して近付かないように』
そういうお父様に対して私ではない何かが「わかりました」と返事した。
今回は短いですがここまで。